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メガリス3

「……よし、行きましょう」

 小さく息を一つ吐いて森の方へと歩き出す。

 正面に広がっているその森の向こうには、島を東西に横断しているレテ山脈。

 今はまだあそこが人類側の北限だ。各地で配信者たちに敗れたゴブリン達や他のモンスターがあの山脈に結集して最後の防衛拠点として籠城を決め込んでいるらしい。

 だが、恐らくそれもいつかは破られるだろう。そうなれば、あの向こうに行くこともあるのだろうか。


 そんな事を頭の片隅に思い浮かべながら、足は小さな谷に――恐らく先駆者がかけたと思われる――丸太の橋を渡る。その橋の向こうにほんの僅かに残っている石壁の残骸のようなものの向こうは、鬱蒼とした木々が立ち並び、深緑の天井が――どこにあるのか分からないが――陽の光を遮っている森の中。


「……」

 左腕を改めて確認する。

 オープンフィンガー式の籠手を両手にはめているが、そのうち左腕の内側には小型の棒手裏剣を潜ませてある。

 有効射程は精々10mにも満たないが、それでも刀を振り回す十分なスペースを確保するのが難しい森の中では強力な飛び道具となるだろう。


「さあ、到着しましたけれども。今回ですね、この森のマナ濃度が高くなっているということでですね、ちょっとどうなっているのか、調査してみたいと思います」

 メガリスの事は伏せておく。

 どうせ編集するのだが、それでも確証がない以上は軽はずみな発言は避けるべきだ。視聴者から「あいつの動画は思わせぶりな事を言う割りに大した見どころもない」などと言われるのは避けたい。


 石壁の残骸に身を隠して進行方向へ目を向ける。

 この辺りは既に人手が入っているためにちょっとした道が奥へと伸びているが、それがどこまで続いているのかは分からない上に、陽の光を遮る枝や葉によって昼でも薄暗い。

 タクティカルベルトに提げたダガーに手を伸ばす。見立て通り狭いため、恐らく白兵戦になれば取り回しの良いこちらの方が役に立つだろう。


 その柄のひやりとする感触が手に伝わって来た時、秘匿回線にオペレーターの声。

「反応が複数。森の中に散っています。十分警戒して」

「了解」

 答えながら、一歩ずつ慎重に森へと足を踏み入れる。

 道――と言っても僅かに周囲より窪んでいるだけで、当然ながら整備等されていないそこは、細い木の根や段差が多くうかうかしていると足を取られそうになる。

「……」

 だが当然、そちらばかりに注意してもいられない。

 周囲を常に警戒しつつ、何か動きがあれば即応できるように身構えながら進んでいく。

 薄暗い森の中には時折何かの動物――或いはモンスターだろうか――の鳴き声が聞こえ、時折風に揺られた木々が音を立てる。


 そこにオペレーターの静かな声が混じったのは、入り口からしばらく進んだところだった。

「付近に反応多数。警戒して」

「付近だと?」

 周囲に目を凝らす。薄暗いとはいえ進行方向は開けているし、周囲も木々の隙間からではあるが視界が確保できないという訳ではない。

 だが、そのどこにもそれらしき姿は見えない。

「どこだ……?」

 森の音は続く。

 鳥なのか虫なのか、何かの声が遠くで響く。

 正面の道も、その先の森も、周囲に広がる森にも、何も見えない。


「反応さらに接近。ッ!すぐ近くです!」

 オペレーターの声。

 そして緊張が生み出した閃き=周囲ではないという事は?

「ッ!!」

 その仮説に辿り着いた瞬間、俺は後ろに跳び下がっていた。

 そしてその考えの正しさは、まさしくその直前まで俺がいた空間を、鞭のようにしなる何かが樹上から切り裂くことで証明された。


「上かッ!!」

 叫びながら、右手は反射的に左腕の籠手から棒手裏剣を引き出して、ターゲットを捉え損ねた鞭の伸びている枝に向かってそれを打つ。

「よしっ!」

 がさっ、と一際大きな音がして、垂れていた鞭状のものがU字状に曲がって天を仰ぎ、その延長上から何かが落下した。


「ちぃっ!」

 同時に他の枝からも同じような鞭が迫る。

 ギリギリのタイミングでそれを見つけて身を屈め、反射的にダガーを引き抜いて空を切った鞭を迎撃する。

 僅かな手応えと共にシュルシュルと樹上に巻き取られていく鞭の姿。その半分から先を残して木の上に消え、代わりに別の木から同じように――これを再び躱して伸びきった瞬間を切り落とすと、そのまま最初の奴の方へと踏み込む。


「こいつかっ!」

 そこに転がっていた、襲撃者の正体=小型犬ぐらいあるワームを、金属の入った爪先で思い切り蹴り飛ばす。

 リックワーム。巨大な芋虫のようなそのモンスターは、生理的嫌悪感を掻き立てるその体の半分ぐらいを異様に長く、瞬時に硬化する特性を持つ舌の収納に割いている。

「チッ……!」

 爪先に着いた緑色の体液は気色悪いが、毒はない。それに恐らく今の一撃で致命傷を与えたはずだ。遠くに吹き飛んだワームはひっくり返ってのたうっている。


「ッ!?」

 それを確認した瞬間視界の隅にもう一つの影を認め、即座に前に飛び込むと目の前の木に飛びついて太い枝の根元に手を伸ばす。

「よし!」

 左手で掴んだそれをガイドに、体を更に上に引き上げてもう一つ上の枝に目を向ける。

「捉えた」

 ダガーを引き抜く。鈍重な体を、何対もの足でなんとか背後に回った標的に向けようとしているワームに、その切っ先を突き立て、そいつごと飛び降りる。

 仲間がいた枝に放った舌が一本の空中線になった対面の木の枝にもう一本の棒手裏剣を放つと、肉体を抉られたワームがターザンみたいに巻き付いた舌でぶら下がった。


「きもいな……」

 まだ息があるのか宙づりで蠢いているそれに止めを刺してから手裏剣を引き抜き、先程舌を切断した奴に向かって再利用。

 どさりと落ちたそいつを踏みつぶすと、腐ったような臭いを放つ体液が辺りに飛び散った。


「周囲に更に反応多数!後方からもです!」

 オペレーターの声に辺りを見回す。

 やはり姿はない。つまり、上だ。

「ちぃっ!」

 同時に複数方向から舌が飛ぶ。

 危うく飛び退いたが、流石に数が多すぎる。


「くっ……」

 一瞬の思考:切り札を使うべきか?

「やめだっ!」

 降り注ぐ舌の雨に思考を打ち切る。答えはノーだ。

 代わりにベルトに取り付けたポーチに手を伸ばす。連中、舌を伸ばしてくるが巻き取るのは苦手なようで、伸びきったそれがしばらくぶらぶらと空中に浮いている。

 それによって、切り札を使わずとも位置と数は分かる。


「ならこれでいい」

 隠れていた他の個体の舌も躱しつつ、取り出した手榴弾型のそれを空に向かって放り投げ、同時にその場に伏せる。

 舌の攻撃に対して回避することは出来なくなるが、それでも「あれ」を浴びた方が被害が大きいだろう。


「ッ!」

 バンと耳の奥に破裂音が響く。

 同時に背中に叩きつける凄まじい加圧。

「ぐっ……」

 そして後に続く大きな質量が雪崩のように崩れていく音。

 ショックウェーブ弾。マナを利用して炸裂と同時に周囲に衝撃波を叩きつけるこの武器が、しっかりと仕事を果たしたことはすぐに分かった。

 衝撃波に吹き飛ばされたワームたちの肉片が体液と一緒に辺りに散らばり、ちぎられなかった個体もまた叩きつけられたそれによって木から振り落とされ、恐らく衝撃で体内が破壊されたのだろう、無数に切れた表皮から体液を垂れ流しながら動かなくなっていた。


「周囲の反応、消失しました」

 オペレーターの声に、俺はようやく安心して立ち上がり、それから安くない消耗品の値段を頭の中で勘定するのだった。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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