インテリジェント・ワン16
「こんなものが……」
「研究者たちも驚いていたよ」
その空間を初めて見た俺の反応は、どうやら俺より遥かにこっちに詳しいだろう連中でも同じだったようだ。
その異質な通路は真っすぐに奥へと伸びていて、唐突に十字路に分岐していた。
「分岐ですか」
「実質一択だけどね」
國井さんがそう言う通り、正面と左手は固く閉ざされ、何らかの操作盤こそ据え付けられてはいるものの、それをどうやって起動するのか、そしてどうやって開くのかさえ分からない。
対して右手側の通路はそのままで、奥まで真っすぐに続いている――ただし、そこから先には飛び散った血がべっとりと壁や床を染め上げてはいるが。
「……」
否が応でも緊張が高まる。
倒れている人間も何人か。財団の研究者と、恐らく八島の警備スタッフ。
「……手遅れか」
自らの同僚の方に脈が無い事を確かめると、國井さんは立ち上がって奥へと進む。
俺も財団の研究者を同様に確かめ――第一印象通り――こちらも手遅れであると悟って後に続く。
通路の先は再び分岐だ。
ただし、そこに至る手前に山積みにされた財団のコンテナが並んで視界を塞いでいる。
「クソッ!」
そしてその向こう、徘徊騎士が先にこちらを見つけていた。
盾と剣をこちらに向けて突っ込んでくるその姿に、毒づきながらこちらも構える。
「天井にも注意だ。いるぞ」
そう言われて視界を僅かにずらす。
二方向に別れている分岐の上。天井に張り付くように黒いゲル状の何かが蠢いている。
ブラックスライム=実物を見るのは初めてだが、名前は知っているモンスターだ。
「ちぃっ……」
徘徊騎士に対抗しての前進を中止し、その場で刀を構えて奴が突っこんでくるのを待つ。
アレが天井で待ち伏せている以上、下手に踏み込むことは出来ない。
「そいつは二人でかかろう」
「了解」
盾を構えたまま突撃してくる徘徊騎士。対する俺は、奴に対して横に逃げる。
盾は武器だ。突入が出来ないからと言って、それを構えた突進を馬鹿正直に待っているのは自殺と同じだ。
奴と自分との間に遮蔽物を挟むように移動し、奴の突進の勢いを殺す。
「ッ!!」
奴の行動:突進の勢いを止めずに盾でコンテナへ突入。
180cmを越える巨体を包み込む甲冑と、それを隠す盾。それらの全速力での突進を受ければ、固定されている訳でもないコンテナなど容易く崩れていく。
「ッ!」
奴の勢いはそれで多少削がれただろうが、それだけだ。コンテナの雪崩の分こちらが踏み込めるスペースもなく、それ故にこちらからの攻撃が届かない。
――そう、こちらからは。
「カァッ!!!」
一喝。まるで瞬間移動の如き速さで、徘徊騎士の右側に回り込む國井さん。
慌てて振り向く騎士が、もう一人の敵をその剣で薙ぎ払おうとした瞬間、彼の大刀がその斬撃を受け止めている。
そしてそれを認識した時には、その大刀が徘徊騎士の盾のすぐ横をすり抜けるようにして、兜のバイザーの僅かな隙間を貫いている。
「……ッ!!?」
奴の動きが止まる。
突き飛ばそうとしたのだろう盾が床に向けられる。
「よし……」
大刀を引き抜き、それが唯一の支えだったように崩れ落ちていく徘徊騎士の剣を遠くに蹴り飛ばしてから、その兜を踏みつける國井さん――間違いなく死んでいる事を確かめると、今の攻防が何でもなかったかのように俺の方を振り向いた。
「よし次だ。あの天井の奴らをやっちまおう」
言うが早いが、彼は連中の真下に飛び出していく。
当然、獲物がのこのこやってきたことを知ったブラックスライムは飛び降りる――即座に退いた國井さんが、一秒前までいた場所に。
「そっちの奴は任せる」
「了解です」
彼の言うそっちの奴=彼の正面に落ちてきたスライムの隣で、つられたように落ちてきたもう一体。
そちらに向かって距離を詰め、同時に視界の隅=右手側に伸びている分岐の先に見えたエルフの弓兵を認め、咄嗟に左側にすっ飛ぶ。
「っと!」
「弓兵がいたか」
同じ物を認めたのだろう國井さんの声を背中に受け、同時にブラックスライムは目の前の敵を狙ったのだろう矢を背中――そんなものはないが便宜上――に受けた。
タールやヘドロを思わせるドロドロの塊。それらと異なり僅かに透明度のあるそのゲル状の体の中に見える、不気味な脈動を繰り返す肉塊が損傷しない限り、それが纏っているこのゲルはいくらでも再生する――当然、今は味方となったエルフの矢でもそれは同様だ。
「くっ……」
そしてそれ故か、ブラックスライムは全く友軍の誤射を意に介さず、そのタールを触手のように伸ばして俺に襲い掛かる。
「この野郎!」
その触手を切り落とす。
びちゃ、と水っぽい音を立てて床にタールが滴るが、当然それだけではブラックスライムには何のダメージもない。
もう一本伸びてきた触手状の部分を返す刀で同様に斬り捨て、それから自ら奴に取り込まれるように体ごとぶつかっていく――当然、その先頭は刀の切っ先だ。
「シャッ!」
タールのような体はずぶずぶと質量を持って刀身を飲み込む。
普通の刃物なら、その質量によって中枢に到達する前に停止するのだろう。
だが、俺の持っているのは残念ながら単純な切れ味で切りつける刃物ではない。
「おらっ!!」
斥力場が生成された刃は、その質量でもって刀身を取り込むように纏わりついたスライムを弾きながらするすると奥へと進んでいく。
一瞬、奴の表面が波打った。
目や耳のような感覚器官、或いは痛みを感じる神経の類があるようには到底見えないが、それでも自分の体に侵入した異物には無反応ではない。
ましてやその異物が、それらから守りかつ取り込んで殺すために自らが纏う攻防一帯の鎧を貫いているとなれば、その鈍重な体で逃げようとでもしたのだろう。
「どうだっ!」
そうはいかない。
鍔元まで十分に沈みこんだ斥力場生成ブレードの切っ先が、拳一つ分程脈動する肉塊に突き刺さった。
瞬間、それまで維持されていたタールが、初めて重力を思い出したように崩れていく――その中に、脈動を辞めた肉塊を沈めたまま。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




