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ある出戻り配信者の顛末  作者: 九木圭人
インテリジェント・ワン
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インテリジェント・ワン15

 やっぱりこの人は凄い――その想いと同時に脳の片隅に少しだけ現れる、人間が発狂しないで良かったという思い。

「この奥でメガリスの研究が進められていた」

 それを彼の言葉でかき消して、そちらに進むその背中を追う。

 イージスは一時解除する。探索がどこまで続くか分からない以上、マナの消費量は抑えておくに越したことはないだろう。


「……なんですかね?これ」

「さて……」

 そんな俺の耳に聞こえてきたものは、どうやら俺だけに聞こえていた訳ではないようだった。

 お経というべきか、歌というべきか、何とも言い難い呪文のようなものが、奥から――というよりも昼間はシャッターで閉ざされていたこの区画全体から聞こえてくる。

 エルフたちがお互いのコミュニケーションに使っていた、エルフ語とでも言うべき言語ともまた違うという事は何となく俺にも分かる。

 独特の節回しとイントネーション、聞き取れそうで聞き取れず、無理矢理日本語の音に当てはめるのも難しいような、不思議な呪文。

 聞きようによってお経のようにも、民謡のようにも聞こえるそれは、一切の息継ぎが分からないぐらい絶え間なく一定のボリュームで聞こえてくる。内容が分からないからなんとも言えないが、録音したものをどこかでリピート再生しているのかもしれない。


「……この異常事態と関係があるのかもしれない」

「……ですね」

 喉を唾液が落ちていく。

 もしそうだとすれば、俺たちはこれからエルフたちが暴徒化し、村中にモンスターが溢れるきっかけとなった何かに近づくことになる。

「「ッ!!」」

 その俺たちの足は、廊下が緩やかな下り坂になる直前の右手側にある開いた扉を覗き込んだ瞬間に停まった。


「おい!」

「ソルテさん!」

 それぞれ声を上げ、その小部屋へと足を踏み入れる。

 薄暗く、六畳ぐらいしかないと思われる小さな空間。

 その一番奥の壁にもたれかかっているのは、そして夥しい血でその小部屋を染め上げているのは、間違いなく昼間には元気に動き回り、言葉を交わしていたソルテさんその人だった。


「ぁ……ぁ……」

「一体誰が――」

 言いかけて、しかし最初に浮かんだ可能性はないと即座に理解する。

 切り裂かれた彼の胸元。そこから噴き出したのだろう血液の中に沈んでいるナイフは、しっかりと肘までその血に染まった彼の手の中にあった。

 自らの手で胸を切り裂いた。

「ぁ……」

「なんで……」

 彼の目に俺が見えているのかは分からない。ただ生気のない双眸が俺に向けられている。

「ぃ……嫌……だ。嫌……」

 掠れて弱々しいその声に、俺と國井さんは顔を見合わせる。

「歌……聞こえる……や……狂い…たく、な……」

 歌。それが何を意味するのかは直感が教えてくれる。

 そして恐らく、この異常事態の元凶はこの歌で間違いないという事も。


「歌って……この声か?」

「恐らくは」

「メガリ……歌を……」

 多分、それが彼の命が絞り出した最後の言葉だったのだろう。

 既に呼吸すらままならなくなりつつあるその胸から、残っている空気を全て吐き出すようにして遺言か、或いはダイイングメッセージと言うべきものを発した。

「インテリジェント・ワンは……神様なんかじゃ……ない」

 インテリジェント・ワンは神様なんかじゃない。

 それが意味するところが一体何なのかは分からない――そしてその瞬間、その解説を求めることは永遠に出来なくなってしまったことを、俺たちは悟った。


 インテリジェント・ワンは神様なんかじゃない。

 俺は言語学者でも文学者でもないが、神様という言葉ほど曖昧で多義なものも少ないだろう。

 だから、ソルテさんがどういう意味でその言葉を使ったのか、正確な事はもう分からない。

 だがそれでも、彼が想定した用法におけるその言葉の対義語が何であるのかは、その恐怖に歪み切った表情が何より雄弁に物語っていた。


「……どの道」

 開いたままになっていた彼の瞼を降ろした後で、國井さんが呟く。

「ここを降りて行かなければ分からないという事だ」

 それが楽な道ではないだろうと言う事は容易に想像できる。

 俺たちはソルテさんを残して緩やかな下り坂を降りていく。

 幸いここには敵はいないようだ。左右の壁にも扉の類はなく、今日一日で見飽きるほど見た敵味方の死体や、それらから流れた血も見えない。

 気味の悪い声が延々と聞こえてくる以外は、全く普通の状態と言っていいだろう。

 その感想は、下り坂が終わって再び平坦な道に戻る時まで続いた。


「なんだこれ……」

 思わず漏らしたのは正直な感想。

 それは、余りに場違いな姿だった。

 この集落に、というよりホーソッグ島に不釣り合いな、文明の姿。

 エルフたちのそれとも、レテ城のそれとも明らかに異なる、より人類に近い――いや、もしかしたらそれ以上かもしれない文明の姿。

 この上にある洞窟も同じく高度な文明を感じるものだったが、それともまた異なる姿。

 無機質な金属製の壁と天井。何らかのケーブルやパイプが走っているのが見えるこれまた金属製の床。

 そしてどうやっているのか分からない、そうした壁や天井に設けられた溝が発する淡く、しかし十分な光量を確保している照明。

 近未来という言葉が一番近いだろうその世界が、奥へ奥へと続いていた。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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