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ある出戻り配信者の顛末  作者: 九木圭人
インテリジェント・ワン
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インテリジェント・ワン12

「くっ!」

 既に弓は引き絞られている。

 咄嗟の判断:開いている真横の扉に飛び込む。

 即座に背後に響く、空気が抜けるような音。


「ちぃ……」

 扉から最小限だけ顔を出して確認する。エルフの弓兵は即座に次の矢を取り出し、その小型の弓に次の矢をつがえているところだった。

「ッ!!」

 即座に放たれる第二射。出していた頭を引っ込めると、矢がそのすぐ横を通り抜けて消える。

「ここだ!」

 そのタイミングで飛び出し、駆け出す。

 目指すは斜め前の、同様に開いている扉。

「ッ!」

 その意味を理解した相手は即座に矢筒に手を伸ばして次の矢を掴む。

 取り出されたそれを弓に掛け、僅かに引いただけで放たれる第三射。

「ッ!?」

 間一髪飛び込んだ空室の扉から見えたそれは、明確に途中から加速して廊下を飛び去っていく。

「なんだと――」

 そこで初めて気づく奴の左手。

 弓を持つその手首に巻き付けられている数珠のようなものが、天井の淡い照明よりも弱くではあるが、微かに紫色の光を纏っている。


 直感:あれはマナの技術によるものだ。

 ああした道具はエルフの十八番だ。特に速射性を重んじるエルフの弓術において、弓を完全に引き切らずとも射出した矢に十分な加速を行うための装備が生み出されていても何も不思議ではない。

 だがだとすると、考えていたものよりずっと厄介だ。

 矢をつがえる隙をついて距離を詰めようと考え、そして一度は実行してこのように成功したが、思っているよりも遥かに余裕がない。


「……ッ!」

 もう一度放たれる矢。戸口にしっかりと命中したそれが、硬質な壁と当たって乾いた音を立てる。

 もしかしたら精度も上がっているのか――もしアウロスの有馬さんのような誘導機能を備えていればお手上げだ。

「仕方ないか……」

 もしそうなら、危険だが短期決戦を挑むしかない。奴に完全に捕捉されない内に肉薄して――そう考えて再度顔を出した時、俺はその考えさえも否定されている事を知った。


「なっ――」

 それまで弓兵に付き添っていただけの宝石を構えた方のエルフ。

 それがその宝石を、パートナーが弓をそうするようにこちらに向けている。

 そしてその手の中の宝石を中心とするように広がる、薄いクリーム色をした光の壁。

「オペレーター、アレが何だかわかるか?」

 ほぼ直感的に理解しながら、同じものを見ているはずの彼女に問い合わせる。その直感を否定してくれる言葉を内心で求めながら。

 だが、返って来た答えはその希望をあっさりと打ち砕くもの。

「あの宝石からあなたのブレードと同じマナと斥力場を検知しました。斥力場を壁状に展開している、つまりバリアよ」


 俺の直感は当たっていた。

 こちらを一方的に撃てる弓と、それに対する肉迫も反撃も封じるバリア。

 そしてそれを回避するほどの広さも、十分の遮蔽物も存在しない通路。

 つまり?ほぼ詰み。


「どうする……」

 自分に問いただす。どう見ても相手は降伏を受け入れてくれるようには思えない。

「ッ!?」

 もう一度顔を出すと、不意にバリアが消える瞬間に立ち会うことになった。

 エネルギー切れ?故障?そんな希望的観測は当然ながら意味をなさない。

 その向こうから現れた引き絞られた弓に気付いて慌てて引っ込める。

 即座に飛んでくる矢が、今度は入口=人一人分ぐらいの幅を正確に通過して室内の壁に突っ込む。

 間違いなく精度は上がってきている。


「クソッ……」

 もう一度、ぎりぎり最小限の視野で確認。

 既にこちらに抵抗する能力が無いと踏んだのか、再度バリアを張った状態で、二人はこっちに近づいてくる。

「……ッ!」

 どうするべきだ?

 どうすればいい?

 その文言だけが頭の中をぐるぐる、ぐるぐる。

 だが、有効な手はない。

 ――いや、一個だけある。とんでもないギャンブルが。


「……」

 保護デバイスが働いているのだろう、その一瞬で俺の頭はその狂った案を了承した。

「えっ!?ちょっ、一条君!?」

 オペレーターが狼狽(うろた)える――ごく当たり前の感想。

 彼女にも俺の行動は見えている。即ち、納刀し、廊下の真ん中に飛び出した俺の、その無謀過ぎる行動は。


「……イージス起動」

 口内で発動を宣言。

 それが聞こえたのかは不明だが、斥力場が一瞬だけ解除されるのはそれと同時だった。

 つまり、その向こうでこちらを狙っていた矢が放たれるのは。

「ッ!!」

 弓を離れた俺を狙う矢。

 イージスにより限界以上に引き上げられた身体能力と動体視力がそれに合わせて体を動かし、頭の中には即座に矢の未来位置が表示される。


「そこだっ!」

 その場所を狙って籠手の中に隠した棒手裏剣を一本放る。

 同時に踏み込む二歩目。それが地面に着く時には、俺は自分の投擲が、おれよりほんの1m程前を、正確な場所に向かって飛んでいるのを悟る。

「ッ!!」

 一つ一つの粒まで見える程間近な鏃と手裏剣の火花=迎撃成功。


「シャァッ!!」

 その火花の中を二投目の手裏剣が飛んでいく。

「ッ!!」

 狙うは、この自殺行為に慌ててもう一度宝石を突き出そうとしている方のエルフ。

 だが、バリアの展開は一瞬ではない。

「よしっ!」

 形成されかけた光の壁が、宝石を中心にしたその拡大を一瞬止める。

 手裏剣は命中せず。しかし奴らの後ろに落ちる。

 つまり、バリアの生成は止まったという事だ。

「おおおっ!!」

 そしてその一瞬が、イージス発動中の俺には十分な時間だ。

「ッ!!」

 バリアの方のエルフが慌てて展開を再開。広がっていく光の壁――まだ隙間は十分。


「シャァッ!!!」

 その隙間をこじ開けるように突っ込んだダガー。

 それを握る右手に感じた確かな手応えは、バリアの消滅と、エルフの右手から零れ落ちる宝石、そしてそれに絡みついたままの奴の指先が錯覚ではないと物語っていた。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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