5 孤児院は捕虜収容所みたいでした
「せっかくだけど、足下の明るいうちに出てった方が良いみたい。早くチェルシィまで帰りたいし。むこうのギルドで仲間も待ってるから」
「そうですか……」
名残惜しそうな受付のおねえさんに見送られながら、ボクらは建物を出てこの街で最も高級そうなホテルへ向かう。
比較的防犯システムがしっかりしていて、ゆっくりと体を休めることができる。
ここは早朝出発する予定だ。
すると目を覚ましていたらしく、師匠が話しかけてきた。
(『よい判断だ。〝三十六計逃げるにしかず〟といってな。あいつ等に義理立てする舎弟みたいな奴がギルドに生き残っていて、逆恨みで仇討ちの標的なんぞにされたら堪らん』)
「あれ、ホタカ起きてたんだ」
(『ああ。〝降りかかる火の粉は払わねばならぬ〟とも聞くけど、そもそも火の粉がかかる様な状況じたい避けたほうが良いからね。キミは相変わらず思慮深いな』)
「えへへへ。そう? ……なンか照れるなあ」
( 『しかも、俺たちがあいつらを殺したワケじゃないからね。ワイバーンと一緒に飛び去っていったのを、ただ見送っただけだ』)
師匠の言うとおり。
あの時点で死んだかは見届けてないし、ひょっとしたら万が一奇跡みたいなことが起きて、どこかで生きのびているかも知れない。
任務を終えたボクは過去をふり返らず、気持ちをポジティブに切り替えた。
(カイルたちのところへカエル。……か。な~んてね。クスクス……♪)
(『寒い駄洒落だ。凍りつくぞ』)
「あれれっ、聞こえてた?!」
(『うん。今のを聴いてたらアイツも他の連中も、寒くて凍え死ぬかも知れない』)
「え――――、そんなにひどかった!?」
(『うん。ひどいひどい』)
「まいったなぁ~~~~~~~~~~」
ボクが二つのころ、家族の住んでいた村は大きな天災に見舞われたそうだ。
突然3頭の皇帝龍が村を襲撃して、住民を食い尽くしてしまったのだという。
だから一人生き残ったボクは物心のついたとき、もうスコウネ市の教会が運営する孤児院にいた。
孤児院の経営は教会への寄付金でまかなわれていた。ただでさえ貧富の差が激しいところで、市自体の豊かさの度合いは低かった。
はじめから教会の予算がなかったのか、ウワサ通り材料費が横流しでもされていたのか?
ううん、やっぱり寄付の額がそれほど高くなかったんだろう。そう信じたいな――――。
ジャガイモがほとんど入っていない塩のスープとか、硬く乾燥したパンのかけらとか。成長にはなんの一助にもならなかったと思う。
でも孤児を路上放置したまま野たれ死させなかったのは、名目だけの養育とはいえマシな村だったというべきか。
ただ、貧すれば鈍す。
外面はともかく中で世話をする大人の心は、荒んでいた。
苦虫を噛み潰したような表情で喚き散し、やたらと孤児に折檻を加えたがる太ったおばさん修道女のことを、みんなは影で〝シスター・トロル〟と呼んでいた。
年長組の中には、年下の収容者をいじめるやつもいる。自身も虐待されるので、それを成長過程で反映するからだと思う。
その頃、北部大陸で大魔王が現れて周りの国々を侵食し、街中の人たちは騒然としていた。
程なくして、今度はこの中央大陸のグリムローディアスで勇者が地上へ降り、パーティーを率いてロッシィナまで遠征して、魔王軍との戦争を始めたという噂が立った。
街には吟遊詩人と呼ばれる語り部がしばしば現れる。
世界の裏側で起こった天災、大小の事件・戦争、庶民階層の関心や興味をそそるゴシップまで面白おかしく曲の調べに乗せ、歌い知らせてくれる。
「救済者はまだホンの小娘らしい」
「大丈夫なのかよ?! というか本当なのかね、それ」
「よりによって侵略国家グリムローディアス帝国の貴族階級から神の勇者が生まれるなんて」
「ロッシィナ公国よりはマシだろ。魔王の根拠地になっちまって、人間を殺しまくってるぞ」
とても驚いた様子で語りあう大人たちの声が聞こえてくる。
大昔から勇者として現れるのは、庶民階級の中から。しかも大人の男だけで、女で子供だったことはないためらしい。
ボクよりは年上みたいだけれど、まだ大人じゃない女の子。
そんな子供が大人の騎士団よりはるかに恐ろしい魔王やその手下と戦ってる。
関係ないボクまで胸が熱くなって、意味はわからないけどわくわくして興奮した。
それからはひそかに外へ抜け出して、自分の判断でボクは食料を調達した。
食べられる木の実や木の根(山芋類)キノコ・魚から昆虫まで、毒性を含むもの以外なんでも口にした。
のちのち気づいたのは、思考力の衰えこそまさに死神をよびこむきっかけになっているという現実だ。
飢えと虐待があたりまえの環境下で無気力におちいり、死を受け入れてしまった仲間もいた。
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