36 蝶のように舞い、蜂の如く(撫ぐ)刺す
(「ホタカ、今のはコボルト?!」)
(『そうだ。いつも腹を空かせているんだろうさ』)
――一発くらいぶっ放して、威嚇した方が良かったのか? ……相手は大きな魔物やモンスターでもないし、暗闇の中へ追ってゆくつもりも無いしな。
時刻は払暁。再襲撃を警戒して油断なく見張り続け、日の出を待ち打って出ることを決めた。連中相手に火花杖は不必要なので、ナイフでもって追い払うことにした。
「弱い者イジメみたいでどうも気が引けるニャ~~~」
『なめたものじゃないぜ、今のあいつらはな。原因は分らんがいつものとは様子が違うし、数の力も馬鹿に出来ん。連中には牙もあれば鋭い爪もある。気を引き締めていけよ』
(「一斉に襲いかかってきたら怖そう。ホタカもじゅうぶん注意してね」)
外を覗くと二十頭以上が遠巻きにしながらうろついている。仲間内での躊躇や葛藤は窺えるが、立ち去りがたい何かがあるかのようだ。
ところが小屋の入り口から数メートルしか離れていない場所へ、左右から更に十頭あまりがゾロゾロ歩み出てきた。
「あらあら、どーした風の吹き回しニャんだろう?」
『やはりおかしいよな。やたら活性が上がってるみたいじゃないか』
理由は不明だが、やはりスタンピードってやつが起ってるのか? 前のトロル出現と関連がないとすれば後の可能性としては…………。
(「ねえ師匠。普段の習性と違う行動を取ってる場合……あのコボルトの場合なんかは、どんな理由が考えられるの?」)
(『コボルトキング率いるグループに、目を付けられた可能性はある』)
(「それってマズイ状況なの?」)
(『……良くはないな。普段は臆病なコボルトたちだが、凶暴性が増して人肉を捕食することへのハードルも、下がる傾向にあるらしい』)
(「小さい女の子にも撃退されるほど弱いコボルトなのに?」)
(『そうだ』)
聞くところでは、キングを得たヤツラはリーダーの指示のもと、獲物と認識した対象を執拗に追跡をしてくるらしい。俺の外見って今や9歳の少女だから、マジで軟らかいうえ旨そうに見えたのかも知れない。
「ほんじゃあ、まあひとつ行ってみますかニャ」
『オイ、待て!』
俺の声を無視したパメラは、愛用のダガーを逆手に構えて踊り出し、速攻で複数の相手に挑みかかる。彼女の動きは円を基調としたもので、攻撃と防御を一体化させた合理的なものだ。
軽々と身を躍らせダガーをきらめかせ、矢のような速さでコボルトが伸ばす手をすり抜けてその腕に切りつけ、破綻のない流れるような身ごなしで攻防を続けた。パメラの腕前については投げナイフで獲物を仕留める正確な狙いを見た時から、おおよその力量は判断できていたが、大したものだ。
(「うわあ、動きがすごいね。ナイフを扱うときは目付きも違うし、冒険者だっていうのも本当なんじゃない?」)
(『うん。腕しか傷つけないのは、そうするだけで連中が怯み、退くのを知っているからだろう。本気で倒そうとすれば心臓を一突きしたり、頚動脈を切断するとかも、彼女はたやすくできそうだな』)
――もし冒険者としてチームを組めれば、ショートレンジに強いパメラみたいのは大いに役にたつ。俺たちは対象を狙うとき前方に集中するから、どうしても周囲の脅威や背後から接近する敵の奇襲に対しては無防備になる。
撃ちもらしで接近してくるヤツは弓手二名ほどの配置で倒し、それすらもかいくぐり身近に肉迫してきた者は、パメラが仕留める。
これこそ理想的じゃないか。
以前からウルに借りているこの体を守るため、仕留めた獲物の回収も他人を雇って差し向けた方がよいかという腹積もりはあった。対象の知能によっては待ち伏せされ、最も無防備な回収時に襲われる危険もあるためだ。
ご用心ご用心。なにしろウルと俺は一蓮托生なんだから。
俺も片刃のナイフを抜いた。
(「師匠。大丈夫なの?」)
(『俺はダガーを用いた近接戦闘に不慣れだ。できれば避けたい場面だが、傍観を決め込み女ひとりに戦わせるわけにはいくまい』)
なにせミスリル級冒険者で、今は曲がりなりにもパーティーを組んでいる。
パメラが何者であろうと、こちらから仁義に欠けた振る舞いはできない。
(「さすがに火花杖の使えない(オーバーキルな)相手ではあるけど…………」)
(『まあ小さい女の子にも撃退されるほど弱いコボルトだからな。どうにかなるだろう』)
実際、パメラほどの手練にとってはサンドバックにも等しい連中みたいだ。俺も茂みの中にサコーを隠し、おっとり刀で参戦した。
「ウルちん。見てるだけでいいニャ! ウォーミングアップにちょうどイイ相手だニャ♪」
弾むような明るいパメラの声が飛ぶ。
武道を学んだ俺には、もともと円を描く動きで相手の攻撃を避わし、間断なく自らの攻撃へとつなげる攻防一体の動きが染み付いている。
パメラと一緒だ。誰かに習わず自得したのであれば、大した才能の持ち主だ。
身体の小さな俺たちは、コボルト共にとっても掴みどころがないようで、伸びてくる毛むくじゃらの手を泳ぐみたいな動作でかわしながら、相手のひざ上あたりを斬りつけて回った。
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