19 ニコラシカ村のオハラさん
――いけない! まずいまずいっ
ボクはおしりを地面につけたまま、足をバタつかせ後へ飛び退いた。
(今朝はたまたま優しそうな女の人だったけど、凶暴な男だったらいきなり寝込みを襲われ、振り上げた石なんかで頭を砕かれても不思議じゃない!)
(『 ウル、大丈夫か? 』)
(「ホタカ! ……ボ、ボク教会の孤児院を出て以来、こんな油断は初めて。殺されていたかも知れない」)
小さな心臓がトクトク鼓動している。
昨晩中も彼女の心臓はトクントクンと興奮していて眠ることができず、まんじりともせず夜が明けた。
そのはずだったが、さすがに日の出直前は意識が途切れたらしい。
(『落ちついて。キミが寝落ちしていても、俺は辺りを警戒しているから。
万一ヤバイ奴が近づいて来ても、滅多に遅れは取らない。その点は信用してくれ』)
ウルと俺の会話は内心でのことだから、それを知らない夫人はこちらの素性をたずねた。
「お耳の形を見て分ったわ。あなたはハーフリングさんだと思うけど、まだ子供よね?」
ボクはぺたん座りのまま、脇に置いてある火花杖の入った革ケースを引き寄せて胸に抱くと同時に、今さらながら両手で耳を覆い隠した。
ボクら小人族はヒト族の耳と比べるとやや尖っているのが特徴だって知られてる。
女の人は柔らかな微笑みを浮かべて言った。
「驚かせてしまった? ごめんなさいね……」
女性はニコラシカ村のオハラと名乗り、自分の家に寄らないかと聞いた。
簡単なものでよければ、お昼ごはんを振る舞いたいという。
(「大丈夫かな、ホタカ。……うまい話だけど騙そうとしてるんじゃない?」)
(『人は見かけによらないと言うからね。でも悪意があるにしろ目的がわからないし、慎重に行ってみようか』)
ウルは乗り気でない風だったが、俺は自分がついているから大丈夫だと説得し、納得してもらった。
「ボクの名前はウォルフェ。……お言葉に甘えて寄らせてもらいます」
「やあ、オハラ」
「こんにちは」
前方から歩いてきた髭面の大男と彼女は挨拶を交わしたが、大人の視線から逃れる様にウルは(当然俺も一緒に)オハラの影に隠れ通りすぎる。
大人の男が恐ろしいのだ。
今のヤツは村人の一人で俺から見ても特に危険な雰囲気は感じ取れなかったが、よそ者に違いないハーフリングの少女を、目で追っていた。
俺たちの外見はくたびれていて、決して身ギレイとはいえない。
そのクセ、見慣れぬ持ち物は多い。
(いったいどこの子供だろう?)くらいの疑問を抱くのは当然なんだが。
だがすれ違うとき、少女はいきなり男が自分の襟首をつかんで放り投げるさまを連想し、首をすくめて恐怖していた。その場面をはっきりと俺も見てしまった。
――ウル……心底ブルッているな。
でもこればかりは仕方ない。
――……ウルは俺に会うまで野盗や大人を怖れて人目を避け旅を続けて来た。
警察みたいな治安維持組織が存在せず、無法地帯なので相手の底意によっては何をされるか分らない。
以前までの俺ならガタイが良く威圧感もあったせいかチョッカイを出されるなんて経験は無かったが、今の外見は幼い女の子だ。
なのに俺はその自覚が足りず、大胆かつ無神経な行動を取っちまったらしい。
村の入り口らしき場所まで達すると、今度は会話中の若いファーマーらしい者たちがいた。
互いに声こそ発しなかったが、オハラはその若者4人とも笑みをたたえながら目顔で挨拶を交わし合い、通りすぎる。
彼らもウル(俺)の姿を目で追っていた。
背後に残した若者4人のことが気になった俺は、さりげなくちら見した。すると連中の一人がその場を離れてどこかへ向かうのが見えた。
――どうも気になる動きだ。
(「師匠、あのヒトたち、どういうヒトたちだろう? 何してたのかな」)
(『さあ。……仕事もしないでたむろしてる不良にも見えないし、たまたま昼休みで世間話でもしていたんだろう』)
疑い深くなっていたウルも彼らの正体を見定め安心したいらしい。
まさか自警団ではないだろう。
だが俺の世界(日本)でも町村の集まりはあるし、自治体の消防団みたいのもあった。
そういうのに属している若者がいても不思議はない。
おそらくこの村には民宿の様な簡易宿泊施設もないのだろう。
そういう所ではよそ者を警戒し、歓迎しない傾向にある。
通り過ぎるくらいならどうと言うことは無いが、意味もなく留まろうとする者がいるとしばしば誰何されたり、下手をすると小部屋へ連行され来訪の目的を訊問されたり……なんて事にも発展しかねない。
小道に沿ってさらに歩いてゆくと、大木の向こうにこじんまりとした家があらわれた。
レンガ造りで屋根は茅葺きだ。
周辺は色とりどりの草花が咲き、俺たちの世界におけるイングリッシュ・ガーデンといった風の庭で囲われている。自然に見えるが雑草は目立たないので、きちんと手入れが行き届いているんだろう。
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