善は急ぐべし
ふっと目を開けると知らない天井。
(・・・ああ、そうだ。私、奏さんと・・・。)
何時かな、と思いスマホを見ると鎮痛剤を貰ってから2時間ほど眠っていたようだった。
肝心の彼の姿は寝室にはなく、シーツや最低限のインテリアなどは高級そうなものばかりだった。
「なんだか、生活感のない部屋。」
そんな風に思った。
のどの渇きを覚え寝室のドアを開けると、そこには50平米はありそうな大きな窓の部屋に
デスクに向かってカタカタとPCで仕事をしているらしい奏さんの姿があった。
(うわ、ひっろ・・・ていうか東京タワー見える。家賃いくらよ・・・。)
『おはよう。もう体調大丈夫?』
そう言って画面から目線を外しこちらに問いかける彼は眼鏡をしている。
「はい、もう大丈夫です。ご迷惑おかけしました・・・。普段は眼鏡なんですね。」
人の家で泥酔してしまったという罪悪感から振らなくていい話題まで口をついて出てしまった。
『ううん、いつもはコンタクト。家で仕事するときだけね。』
なんてことない眼鏡をかけているのにまるでモデルのように見える彼の風貌は全くうらやましい限りだ・・・あ、よく見たらグッチの眼鏡だ、あれ。前言撤回。
『もう結構いい時間だけど、予定とか平気?』
「はい、無職ですし恋人もいませんから。」
自分の紡いだ言葉に自分が情けなくなる。
『じゃあ、昨日話した件は今日からお願いできる?』
昨日、話した件・・・。
昨日話した件・・・?
きのうはなしたけん・・・?
”就職口ください”
自分の醜態と共に思い出された昨日のやり取り。
「えっっっ、ご、ご冗談を」
『え~、契約破棄は困るなあ。』
そう言ってカタカタ、とPCに何やら打ち込んでいる奏さん。
『サインバック、貰っちゃってるし。』
モニターをくるっとこちらに向けて映し出された画面には
電子契約書に印された、確かに私の筆跡のサインだった。ご丁寧に署名の後にハートまでつけて・・・この酔っ払いが。
「・・・ふつつかものですがどうぞよろしくお願いいたします。」
そういう私に満足げな笑みを浮かべ、じゃあこれよろしくね。と本日のタスクと
書かれたメモ書きを渡された。
ふんふん・・・と上から確認していると
『あ、ちなみに①に書いてあるのは11時までに頼むね。』
今の時間は10時35分。えーっと内容は・・・?
ーーーークリーニング店でスーツの引き取り。
「えっ、ちょ、今何時だと思ってるんですか!?早く言ってくださいよ!!!!!!!」
バタバタと身支度をする私をエスプレッソを啜りながら楽しそうに見つめる奏さん。
「いってくるので、何か追加で必要なことあればスマホに連絡ください!!!!」
そう言い残し私は奏邸を後にし、なんとか無事、復職初日を迎えるのであった。
『・・・連絡先、知らないけどねえ。』