すごい好き
「さむっ」
何度目だろうか。家を出る時はもうこの言葉が口癖になっている。
「恭平先輩もいるかな。いつも僕が遅いからやっぱりいるよね」
学校までの道のりはいつもと違って足取りがかなり軽い。結果的にいい方向には行った。
でもまだ全部拭い切れない不安要素があるのは確かだ。
そしてそれは僕のせいで話すタイミングを間違えるときっと微妙な空気になるから、話す時を見計らう必要がある。
「クリスマス・・・何時くらいに待ち合わせとかあるのかな」
(その日空けといてって言われたけど)
学校について、校門を通り過ぎるとまだ誰もいない。
いつも思うけど、このあたりで偶然に会ったことがないから2人とも少し早めに来てるのだろうか。
(恭平先輩は・・・多分凄い早く来てると思うけど、家にいたくないのかな)
「おいっしょ」
下駄箱から上履きを取り出して履き替えると他にも生徒がちらほらいる。今日なんかあったっけ?と思いながら足を進めると、視界に入ったのはこうたくんだった。
(・・・いる・・・けど、先輩がいない)
「・・・・お、おはようございます」
「はよ」
スマホを見ていたから僕が声をかけるまで気が付いていなかったこうたくんは少し笑って返してくれた。
(今日は音楽聞いてないんだ・・・)
「恭平先輩は・・・」
「寝坊したって」
見上げるその顔はなんだかいつもと違って見える。
(・・・かっこいい)
好きだと言って気持ちを伝えたら楽になった。
好きだと言って気持ちを伝えてもそばに居てくれるから安心した。
自分の心の持ちようが大きく変わったから、普段よりも素直にこうたくんのことを直視できる。
(・・・・)
『ずっと我慢させてた、ごめんな』
こんなことを言わせてしまったのは少なからず僕にも原因があった。ちゃんともっと話せばよかった。差し伸べられた手をもっと素直に掴めばよかった。
(・・・こうたくん)
お父さんの言葉とこうたくんの言葉がリンクしすぎて、僕は胸が苦しくなった。話をしたあとのこうたくんも、お父さんも普段どおりで、なんてことない様子だったけど、内心はまだ続きがあったりするのだろうか。
「寝坊ですか?珍しいですね」
「ん~そうでもないよ。アイツ基本的に夜型だし」
「・・・え」
想いを言葉にするのは難しい。
あやふやな感情を的確にかたどってそれを言葉に置き換えて、口から声を出して相手に伝える。
「ここ最近は頑張ってたみたいだな」
「そう・・・・なんですね」
表現の仕方を間違えたら伝わるものも伝わらない。自分の言いたいことを苦し紛れに泣き叫んだって、相手の心に残るのは言葉じゃなくてその言葉に乗った感情だ。
「まぁ、今走って来てるらしいけど」
「・・・・・」
僕はそんなことでさえ、親にも隣りにいてくれたこうたくんにもできたためしがない。
朝の廊下はもう寒くて、外から入ってくる風のせいで、校内だけど体感温度が外と同じに感じる。
「なんでそんなに頑張るんでしょうかね」
「さぁ・・・・。でも理由は何かしらあるんじゃねえの。恭平は無意味に色々するやつじゃないからな」
「・・・・そうなんですね・・・・多分良い人だなとは思ってますけど」
「・・・・ふっ」
(え?)
「良い人?」
「え・・・・え?」
「なんかその表現いいな」
何が面白かったのか笑い出したこうたくんはいつもと変わらない。今朝は恭平先輩がいなくてよかった。
(寝坊してくれてありがたい・・・・って思う僕は心が狭い・・・かな)
こうたくんがそんなこと言うもんだから、もしかして今日遅れてるのも僕とこうたくんがふたりっきりになれるように?って思ってしまう。
(こういうときだけは都合のいいことを・・・)
二人して歩いているとあっという間に教室に着いた。ドアを開けて中に入り自分達の席まで足を進める。
「やっぱり教室もさみいな」
「ですね・・・・まだ誰も居ないから」
教室について、運良くまだ誰もいないこの空間。前にも似たような時があった気がする。
普段は小さな僕の声が普通にちゃんと聞こえそうで、喋ろうとした言葉はいつもよりも小さくなった。
(こうたくん・・・・)
選んだ言葉を組み合わせて、気持ちを伝えることはコミュ障の僕には難しすぎて、こんな表現でしか伝えられないけど、こんな言葉を伝えられることに僕は周りの環境に感謝しなければいけないと思う。
「どうかした?」
「・・・・・」
「かずき?」
席に着いて、こうたくんが座ろうとカバンを肩から下ろすその瞬間、僕が握ったのは彼のカバンの紐だった。
「好き・・・・です」
「・・・・・」
気持ちが感情に流れていきそうで、もう一回だけ言いたくなって続けて絞り出したのは、誰もがよく使う珍しくない形容詞。それでもこの言葉の前につけるにはとても勇気がいる言葉だった。
「すごい・・・・好き・・・です」
言い終わって、空気がピタリと止まる。
それから一瞬こうたくんの笑い声が聞こえてきた気がして、僕は顔があげられなかった。でも頭の上に温かい手のひらの感触が触れた気がして、僕は少しだけ目線を上に向けた。
「知ってる」
「・・・・・」
目を細めて眩しそうに笑うその表情は、今の僕にとってはとても幸せな瞬間で、今日も1日頑張れると思う瞬間でもあった。
「・・・・んっ」
「あ、そうだ。金曜日の電話、言おうと思ってたことなんだけど、」
「・・・・うん」
(嬉しい・・・・撫でてもらって喜ぶとか、猫みたい・・・気持ちい)
「かずきの誕生日、お前の家にむかえに行くわ」
「え?」
「3時くらい?」
「・・・え」
「連れて行きたい場所は夕方からのほうが見映えがいいから」
「・・・・・」
「それに朝寝坊しても良いように。な?」




