雨に降られて、さされた傘
はたから見ると確実にこうたくんが年上のようにしか見えないこのやり取りは、今の僕には笑えなかった。普段なら心の中で突っ込みをいれるかもしれないけど、こうたくんが話してる横顔をチラ見しては様子を伺う僕に生憎そんな余裕はない。
「じゃあまた後でな」
先に行く恭平先輩の背中に視界を奪われて、彼を見送りながらさっきの出来事がただ頭の中をぐるぐる回っていた。
「・・・・・」
(・・・大丈夫って何が大丈夫なんだろう)
また足を止めて俯きそうになった僕は、学校に何をしに来たんだと涙で赤くなったであろう目元を片手で覆う。
「あいつは朝から元気だな」
「・・・・そう・・だね」
そんな仕草をする僕に気付いてそうなこうたくんと僕との間には、微妙な空気が流れているのを感じた。
その空気を醸し出しているのは紛れもなく僕なんだけど、多分こうたくんもどうしていいか分かってないと思う。
「・・・・なぁ、」
「・・・はい」
「どっか行きたいとことかある?」
「え?」
(行きたいとこ?)
思いもよらない質問に手を離してこうたくんを見上げれば彼は僕の方を向かず前を見ている。
結局止まらずに、ただ歩く速度が異様にゆっくりになっただけの僕達を、何か楽しそうに喋って笑いながら歩く生徒達が追い越していった。
「どこでも良いけど」
「・・・・特には」
「そっか」
「・・・はい」
(強いて言うなら家に帰りたい・・・でもこのまま帰ったら・・・)
「じゃあさ、」
前を見ていたこうたくんは足を止めて、僕のことをしばらく見てから静まり返った廊下で首をかしげた。
「かずきの家に、行きたいって言ったら迷惑?」
(・・・え)
「嫌だ?」
感情が読み取れないその顔は伝わってくる雰囲気からして多分冗談ではない。
でも、それと同時に僕が家に帰りたがってるのをこうたくんは感じ取っているわけではなさそうだ。
「・・・・な、なんで」
視線を外さないその瞳は何かを僕に言いたげだけど、それと同時に声に出して伝えるのを躊躇してるように見える。
「ん?なんで?・・・なんとなく?」
「・・・な、なんとなく・・・?」
「うん」
(そんな意味不明な理由で・・・)
「僕と一緒にいた所で何も楽しいことなんて・・・ないですよ」
「なんで?」
「・・・え?」
「だからなんで?」
「・・・・な、なんで?」
「うん。楽しくないといけないの?」
「・・・・・え」
「別に楽しくなくてもいいじゃん」
そう言い放ったこうたくんはなぜか怒っているようだった。微妙に空気がピリピリしている。何か気に触るようなことを言ってしまったかもしれない。
(・・・な、なんか)
顔が怖い。
「こうたくん・・・・」
「・・・・はぁ、本当にお前は、」
ブブーっ
「えっ」
「わりぃ・・・恭平だ・・・・・もしもし?」
(電話・・・空いてるからすぐに来いって電話かな。朝だから空いてるとは思うけど・・・なんでわざわざ確認させに行ったんだろ)
すぐにスマホを出して画面をスライドさせて、耳に当てながら電話をしているこうたくんが僕のほうを見る。
僕は売店にほとんど、というか行ったことがないからあんまり事情を知らない。この学校に入って来たときなんて色々動くのが怖すぎて教室とトイレぐらいしか場所を把握しようとしなかった。
恭平先輩と電話越しに話しながら『売店のほうに行こう』と廊下の向こう側を指で指すこうたくんは少しだるそうな声だ。
「あぁ~分かった。今向かってる。ちゃんと欲しいもん確保しとけよ。はいはい・・・・じゃあ切るわ」
最後の言葉を言って耳からスマホを離したとき、先輩の大きな声がまだ聞こえてきた気がしたけど、こうたくんはそれに気付いてないのかそのまま電話を切ってポケットにしまい込んだ。
「行こう。恭平がお腹空いたって叫んでる」
「・・・・あ、うん」
(まだちょっとピリピリしてる・・・かも)
こうたくんの後に遅れてついて行くように足を一歩遅く踏み出す。
「・・・・さ、さっきの」
「かずき、」
「は、はい」
(また、何か言われる・・・?)
僕はさっきこうたくんが言おうとしていたことが気になって聞こうとした。だけど聞けなかった。




