我慢した痛みに、溢れた涙
「橋本くん、君のことだけど、聞こえてる?」
「普通に階段から突き落とせばよかった、まじムカつくんだよね、お前みたいになよなよしてるやつ」
彼らのターゲットは僕だった。
入学してから何回かぶつかられたり、後ろから押されたことはあったけどそれもエスカレートしなかったからずっと黙って耐えていた。
耐えられる行為だったから、身体に痣ができても薄っすらできる程度でこれなら大丈夫かなと思っていた僕は、誰にも何にも言わなかった。
結局途中からこうたくんにバレて、その後は一人で行動することが少なくなったから身体にできていた痣も無くなったけど・・・。
(きりゅうくん・・・・)
恭平先輩ときりゅうくんの言葉が頭に反芻する。実際に目を付けられやすいと言われても、僕は目立つことを何かしているわけではない。
(・・・・なんで僕が)
唇を噛んで少し目元が熱くなったけど、それは一瞬のことで、次にわいてきた感情は怒りだった。
何に勇気づけられてるのか、何に後押しされてるのか分からないのに、勝手にわいてくるこの怒りの感情に逆らえない。
多分今までの僕ならまた前みたいに泣いて走ってこの場から逃げ出していた。
(何にもしてないのに・・・・)
僕は誰かのストレスのはけ口になるために高校に通ってるんじゃない。
「っ・・・・」
誰かにぶたれるために制服を着て毎日登校してるわけでもない。
こうたくんが優しくしてくれるから、普通に接してくれる人達が身近にいるから、そんな当たり前になった日常が僕には嬉しくて、だからもっと頑張って生きようと思ってるのに。
「・・・」
「おい、あいつらのことなんか無視しとけよ」
恭平先輩の後ろにいた僕は握っていたカバンの紐から手を離して、握りこぶしを作った。彼の横に立った僕に「あんなの気にすんな」と声をかけてくれるその声色は僕と同じように怒りを含んでいるように聞こえる。
「なにその顔」
「怒ってんの?」
「ウケる・・・・1人だとどうせ何もできないんだろ、チビのくせして。気持ち悪いんだよ」
「・・・・関係ないじゃないですか」
僕は、今なら恭平先輩があの時校門で『ムカつく』と言っていたことになんとなく共感できる。それでも勇気を持って振り絞って出した声は、やっぱり小さくて喋りだしは震えていた。
「は?」
「あなた達に関係ないじゃないですか」
「何が?」
「ぼ、僕が・・・誰を好きだろうとあなた達に関係ないでしょ」
小さくて、震えて息がうまく続かない。こんな言い合いをしたことがない僕は目線をどこに向ければいいか分からなくて、最後のほうは結局また床とお喋り。
(だめだ・・・怖い・・・・っ)
相手を見ずに言い返して終わったそんな僕の背中をポンポンと軽く叩いてくれた先輩に、びっくりして思わず首を横に向けたけど、もっとびっくりしたのは恭平先輩が突然誰かに向かって手をあげたその仕草だった。
(・・・・なにして)
最初に恭平先輩の視線の先を追った時よりも心臓が飛び跳ねて、僕は今この瞬間自分の目に写った人物に呼吸が止まりそうになった。
「・・・・いや、だからさ、お前が好きなのは男なんだよ?その意味分かってる?」
自分達の後ろに人がいるなんて思ってもないのかベラベラと得意げに口から吐き出すその言葉は当然に僕に向けられたもので、自分で言い返しておいて心の中で勝手に『僕の名前を言わないで』と弱気な僕が微かに訴える。
「お前がゲイだって桐崎に知られたらどうすんの」
「・・・・・」
「ね~、橋本くん」
「っ・・・」
(・・・・・やめ)
そしてタイミングは最悪中の最悪。
一番避けたかったことが目の前で現実になってしまった。
(なんで・・・僕ばっかり)
外せない視線の先には、一番居て欲しかったはずの人が居る。
思考が停止して、息をするのも忘れてたった一瞬熱くなっただけだと思っていた目頭がまた勝手に熱を持つ。
「かずきくん、行こう」
隣から聞こえる声に体が反応しなくて、僕はずっと同じ方向を無意識に見つめていた。その人と目が合った気がしたけど、熱くなった目頭のせいで視界がぼやける。
せっかく大丈夫だったのに、また自分で起こした行動のせいで自分の首を絞めている。そして、今回ばかりは言い訳も誤魔化しも通用しない。
(もう・・・だめだ・・終わった)
握りしめていた拳から力が抜けて、視界を遮っていた涙は受け皿の限界値を超えて頬を伝った。




