不吉な足音3
「・・・・え、」
前を見たままためらいなく言ったこうたくんは、僕を一切見なかった。
あの時は女の子のほうが気になって、あんまり気に留めてなかった・・・というか信じ難くて気にしていなかったという方が正しいけどあらためて直接聞くとガツンと来る。
「・・・・そ、そうなんだ・・・」
本人の口から冗談まじりでもなんでもないストレートな表現に、僕は心の準備ができていなかったから自分にしか聞こえない声でボソッと呟いた。
結局こうたくんの強烈な一言を最後にまた無言になって、玄関までそれ以上喋ることはなかった。
◇◇◇
「・・・あ、あの」
「ん?」
生徒がまばらに居る玄関口で、靴を履きながら何か話さないとと思った僕は何も話題がない。やらかしたミスを謝ることぐらいしか浮かばなくて「すいませんでした」とお決まりのように口を開こうとした。
「今日は・・・・・ありがとうございました」
「お~、・・・何が?」
(え、な、何が?)
急展開した僕の思考に口が合わなくて不自然な言い方になってしまったからなのか、こうたくんからの返事はまさかのクエスチョンマーク。
「え?・・・い、いや、色々と」
「色々?そっか、まあいいけど」
「・・・・・・」
「ちゃんと前見て歩けよ」
「・・・は、はい」
「またコケんな、いつも一緒にいるわけじゃないからフォロー出来ないときもあるし」
「気を付けます・・・」
(・・・・誕生日の約束・・やっぱり)
靴を履いて一緒に外に出ようとドアを開けた瞬間、風がブワッと入り込んできたから僕は条件反射で目を閉じてしまった。
(っ・・・・さむ、)
「風つめた」
隣から小さな声で言ったこうたくんの言葉は僕に届いていて、同じことを思っているという事実にいつもなら嬉しさが込み上げてくるはずだったけど、今の心は沈んだまま。
やっぱり最初から無茶があった。
自分が女の子なら気持ちを伝えても良かったかもしれないと、何かあるたびに同じことを思ってしまう。
それに、こうたくんは友達だと僕が他の人に言っても、多分今のこの関係じゃあ信じてもらえない。この今の良くわからない微妙な立ち位置が色々と僕にとっては一番都合が良いのかもしれないけど、それもそれで虚しい。
(スタートラインが・・・・最初から違うもんな)
僕は何もかもが中途半端だ。
「もう冬になりますね・・・」
「ん?あぁ」
天候なんて知り合いじゃなくても、誰でもできる話。そんな話だけして今日このままお別れを言うのは友達なんて呼ばない。
敬語が中々なくならないクラスメイトを、普通は友達なんて呼べない。なんで敬語?本当に友達?って不思議に思えて仕方がないと思う。
「雪降んのかね」
「・・・・どうでしょうか、僕は雪好きなので・・降ってほしいとは思ってますけど」
「・・・去年のクリスマス雪降ってたよな」
「・・・・・」
「覚えてない?」
「・・・えっ・・と」
(去年・・・多分寝てたかも。寒いからコタツに入ってずっとゴロゴロしてたかも)
「何?引きこもってた?」
「・・・ね・・・寝てて、家に・・・ずっと居ました」
「だろうな、そう言うと思ったわ」
もうそろそろこうたくんは部活に急いだほうがいい時間だ。せっかくの2人っきりの時間で、言葉をちゃんと交わしたかったけど僕には到底無理な話だった。
天候なんかじゃなくて、他に言ったほうがもっと良い言葉もあったかもしれないとは思ったけど、これが僕の精一杯。
「っていうかさ、クリスマスって日曜日が多いよな」
「・・・そお・・ですね」
外に出ても話が終わらないのを不思議に思いながら、歩いて向かう先にもっと首を傾げたくなった僕はこうたくんの腕を掴んで彼を止めた。
「・・・・あの、部活行かないんですか?」
「部活?行くよ?」
「・・・・・え?でも、こっちって方向違うんじゃ」
「うん」
(・・・・う、うん?)
「え、こうたくん・・・玄関までって」
「なに?俺と一緒に居るの嫌?」
「・・・いや・・じゃないです・・ぜんぜんいやじゃないです・・けど」
「じゃあいいじゃん。かずきは俺のこと心配し過ぎ」
女の子のことも、こうたくんが気になる人のことも気になって落ち着かないけど、僕には今のこの友達とは呼べないこうたくんとの関係が限界だと思った。あんな真剣な目つきで、声色で、ストレートに告げた彼の横顔を見てしまったらもうどうしようもない。
(もうこれ以上は・・・・好きになっちゃだめだ)
でもせめて同じクラスの間は、不自然さがないようにと敬語から脱却して同じ目線で言葉を交わしたい。
そんなことをなんとなく思ってしまった僕は、無邪気に笑いながら言ったこうたくんにつられて同じように笑った。
「そうかな」
笑いながら言ったはずの喉から出てきた声は、思ったよりも線が細くて、なんだか冷たい風が余計に切なさを後押しする。
(気持ちの切り替えなんて・・・・)
「・・・・・なぁ、かずき」
「はい」
止まっていた足をまた動かしたけどまたすぐに止まった。
(・・・・校門)
「なに考えてるか知らないけどさ、12月25日の約束、忘れんなよ」
「・・・・・え」
「勝手に他の予定いれんなよ」
「え、あ」
「じゃあな、また明日」
どうやら僕がわざわざ引き留めなくても、その後すぐに足を止めていたようだ。玄関じゃなくて校門まで僕を送ってくれたこうたくんは、矢継ぎ早に言ったあとそのまま引き返して部活へと行ってしまった。
「・・・・こうたくん」
だんだんと小さくなる彼の背中を見ながら、ぎゅっと握りしめた拳を自分の顔に近付ける。
強くはないけど、首元から服の中まで入ってくるその風は顔も一緒に冷やした。もう全部ぐちゃぐちゃで、頭の中にある緩衝材は使い物にならない。
「・・・・・」
嘘に矛盾を重ねて、言うことのできない押し殺した本音のかわりに溢れ出てきそうだったのは涙で、なんとか我慢してせっかく作った握り拳をまた広げると、自分の目をその手のひらで覆い隠した。
もう、彼をずっと探していたあの頃になんて戻れるわけがない。
「っ・・・・・」
脳裏に焼き付いたこうたくんのあの横顔が、家に帰ってからも、ベッドに入ってからもずっと頭から離れてくれなくて、いろんな事があって疲れていたはずなのに、僕はその晩中々寝つくことができなかった。




