好きです2
そんなふうに思ったのに、さっそくその平穏をぶち壊したのは他の誰でもない僕自身だった。
◇◇◇
「あ~、疲れたー」
「俺ほとんど寝てたわ」
「俺も。なんかずっと自習だったらいいのにな」
「それもう授業受ける気ないじゃん」
6限が終わって、ホームルームの前の僅かな自由時間。
生徒達はほとんど帰る準備をしている。
先生の話が終わったらいつでも帰れるようにカバンの中は準備万端の人が多い中、僕は既にプリントを終了した生徒の分を職員室に持っていくよう、担当の係の生徒になぜか手伝わされた。
「・・・・ごめんね、ちょっとたまたま目の前に居たから」
「・・い、いえ・・・お構いなく」
係の人には名前すら呼ばれない。
多分僕の名前を知ってるのは先生とこうたくんぐらいだ。
(それにしても・・・この量なら一人でも行けそうだけどなんで僕なんかに)
せっかく早く帰ろうと思ったのに。
こうたくんは部活だからきっと先生の話が終わったらすぐに教室を飛び出すだろう。
「・・・・はぁ・・・手伝ってって言われたけど・・・」
そしてそんな頼みごとをした係りの子は他の誰かに呼ばれたのか居なくなっている。先生がまだ来ないから準備できたカバンを机の上に置いたまま席を立っている人もいて空席もちらほら。
(こうたくん、部活の先輩に呼び出されてまたどっかに行ったけど、大丈夫かな)
彼の席にはまだ何も帰る準備がされていない。回収したプリントを並べ替えていると、「桐崎こうた」という名前が見えて少しだけ覗いてみた。
別に正解不正解を気にしているわけではなくて、ただ字が見たかっただけだ。
「・・・・職員室に持って行こう」
ストーカーみたいだなと思いながら、プリントを整えてからプラスアルファで予備に作られたほとんど使われてないプリントも一緒に職員室へ届けるため、僕は両脇に抱えて教室を後にした。
(ドアがオープンで良かった・・・)
◇◇◇
職員室は一階にある。
廊下を渡って、階段を下っていると踊り場にある窓の外になにかが見えた。
(・・・人?)
少し覗き込むと人が3人いるように見える。
何か言い合ってるわけでもないし、暴力的な行為を働いてるわけでもない。僕は少しだけ不思議に思いながらも、これ以上見てると多分向こうに気付かれるとヤバさを感じて足をまた階段へと向けた。
「やばっ・・・時間」
窓から見えた場所は、普通は立ち入らない。あんな場所には何もないからいても楽しくない。
そして、実はあそこは僕がいつもお昼ごはんを食べている場所だったりする。
(あ~、お昼にまであそこに人が来られたら嫌だな・・・本当に何してたんだろ)
ぐだぐだ考えていると一階についたから、あとは先生達が居る職員室に直行するだけ。時間もないし、廊下には他に生徒も居なかったから軽く走ろうと思って足を少し気持ち広めに踏み出した。
いや、踏み出そうとした。
「うわっ!!!」
声が無意識に出た瞬間、何故か目線はあっという間に床スレスレに到達。
自分の中だけだけど時が一瞬止まって、僕の頭の中も真っ白になった。
(・・・・・?!??)
何が起こったのかしばらく理解できず、そのまま廊下に這いつくばるような格好で固まってしまった僕。
辛うじて分かるのは何処から降ってきてるのか、床に紙がスーッと滑っていく目の前の光景だけだった。
(・・・・・)
「え、何してんの?」
「・・・・・・」
「かずき寝てんの?まさか廊下で?」
(ね、寝てる・・・え、え?)
吹き出しそうに少し声を抑えながら近づいてきているその声の主は、遠くにいると思っていたけど案外近かったらしい。
返事をする前に次の言葉を僕に向けて言った彼は手を伸ばせば届く距離に居た。
「大丈夫?」
足が見える。顔はこの体勢だと上げることが難しいから足首から下しか見えないけど、声でこうたくんだと分かった。それに僕の名前を下で呼ぶのはこの学校でこうたくんだけだ。
「立てる?」
「・・・・・」
「ほら、手・・・お前何処から転けたの?このプリントって6限のやつだよな?すげぇ散らばってるんだけど」
「・・・・す、すいません、えっと階段をおりた直後・・で」
「まじで?かなりダイブしたな。怪我ない?」
「大丈夫です、こんなの・・へいきで・・・・」
床に這いつくばってる僕に手を差し伸べてきてくれたこうたくん。
だから僕は迷いなくその手を握って起き上がった。
多分、それが悪かったのかもしれない。
起き上がって両足で立てば自然と視線は彼の顔に向く。
だけどすいませんと謝ろうとしたその言葉は行き場を失って喉の奥で止まっていた。
顔を向けた瞬間バチッとこうたくんと目が合って、僕は考える暇もなくただ感じてしまった。
まるでそれは初めて会った時のようなあの頃に近い感覚。
「「・・・・・」」
そして僕もこうたくんもお互いなぜか何も喋らず。
なんとも言えない空気だけが2人の間に今この瞬間漂ってしまった。
しばらくすると、彼を見つめる僕の顔が不愉快だったのか、少しだけ目を細めて怪訝な表情をしたけど、それでもなかなか僕から目を離してくれないこうたくんは、握っている手もなぜかそのまま。
僕もつられて目が離せなくて、その間ずっと心臓の音が体の中をとおって内側から耳に響いていた。
(・・・・・)
彼の瞳に見つめられ、自分の中で警告音がカンカンと鳴り響き、服の下に隠れた上半身から冷や汗が吹き出してくる。こうたくんはいったい何を考えているんだろう。
(ヤバいっ・・・)
昔のあの時のことを思い出してしまいこれ以上は耐えられそうになかった僕は、握ってくれていたこうたくんの手を不自然にわざと引き剥がし、ついでに視線もそらして下を向いた。
そして喉元に留まっていた言葉を、掠れた声で震えながら口にした。
「・・・す、すいません」
「・・・・・・」
それでもまだ何も言わないこうたくんがようやく次に発した言葉はいつかの聞き覚えがある言葉で、僕はそれを聞いて焦ってしまった。
「・・・・なぁ、かずきってやっぱり」
「ち、違います!!」
「は?」
こうたくんの「やっぱり」の言葉に僕は彼が最後まで言い終わらないうちに先に大きな声で否定した。
「・・・苦手とか、嫌いとかじゃないです」
「・・・・・」
「本当にそんなことありえないです」
「え、いや。そういうことじゃなくて、」
また思ってもないことを言われて、こうたくんと距離が離れるのは嫌だと思った僕は思わず言ってしまった。
「好きです、こうたくんのこと好きです!!」
「・・・・・」
(・・・・・あ、え?)
「違います!!違うんです!!色々違います!!」
「え?」
「そ、その・・・・好きっていうのは、苦手とか嫌いじゃないって意味で・・・」
「・・・・・」
「ごめんなさい・・・忘れて・・下さい」
床に散乱したプリントに目を泳がせながら、自分の声がだんだんと小さくなっていくのを感じたけど、そのかわりに尋常じゃないほどに服の下で汗をかいていた。
「かずき、とりあえず分かったから」
「・・・・・・」
「プリント拾うぞ。職員室に持っていけばいい?」




