初恋の味見3
(どうしよう・・・教えても)
僕は自分の誕生日を聞かれると思ってなくて答えるのに躊躇した。普通のなんでもない日ならこのままの流れで多分言える。
でも、僕の誕生日はあんまりよろしくない日だ。
(あんまり知られたくない・・・)
こうたくんの視線が心臓に突き刺さる感覚がする。表現が変だけど、思いっきり心臓を手で握られてぐっと掴まれてる感じだ。
僕が読んだ箇所を先生が解説しているのか何やらペラペラ喋っていて、その間僕はこうたくんの醸し出す雰囲気にのまれてずっと顔を左に向けていた。
「次~、ん~じゃあ桐崎」
「は?」
「お前、次のページ読め」
「あー、はい」
先生が次に指名したのはこうたくんで、彼はパッと先生の声にすぐに反応して席を立った。こういうとこを見ると明らかに僕なんかよりも頭が良さそうに感じる。
(・・・どうやって聞き取ってるんだろう)
僕なんてこうたくんに見つめられたら周りの音がほとんど自分の耳に入ってこない。
先生が当ててくれたおかげで、こうたくんが教科書を読んでる間少しばかりの猶予が生まれた。別に何を考えるわけでもない。言うか言わないかを迷う時間でもないんだけれどと思いながら沸騰した頭を冷ましたくて、少し寒いはずなのに下敷きで顔を扇いでしまった。
(・・・・・)
僕の誕生日は12月25日だ。
(クリスマスですなんて言えない)
絶対微妙な反応される。なんて言い返せば分からず多分返って来る言葉は他の皆と同じだろう。
『クリスマスなんだね、いいな~』
中学生の時にクラスで自己紹介カードを書いてグループ内で発表したことがあったけど、皆そんな反応だった。
(別の日にして欲しかった・・・なんて生まれる日はコントロール出来ないことくらい分かってるけど)
お母さんとお父さん曰く、僕が生まれる予定日はもう少し後だったらしい。思ったよりも早く産気づいてしまい結局クリスマスイブにお母さんは入院して、深夜を回り25日に日付が変わってから2時間後に僕は生まれた。
お父さんの話では夜中はずっと雪が降っていたようだ。朝を迎えて窓の外を見ると誰も踏んでいないふわふわの雪のソファが一面に見えたとか。
(・・・わりとどうでもいい情報を・・っていうかお母さんに返事返してないや)
「はぁ~」
ガタっと音を立てため息をつきながらこうたくんが椅子に座る音がした。その音にビクッとしてゆさゆさと揺らしていた下敷きを落としてしまった。
(・・・・やば)
僕が使っている下敷きは透明で、滑るようにして床をはってこうたくんの机のそばに流れていった。床と一体化したように見えるけど行方を追っていたから何処にあるかははっきり分かる。
「・・・・ご、ごめんな」
「ちょい待って」
「・・・は、はい」
「はいよ」
「ありがとう・・・すいません」
(は、恥ずかしい・・・・僕のバカ、バカすぎる・・)
なんでもないように下敷きを取り上げてくれたこうたくんは、さっきの誕生日の話がまるでなかったかのように普通の雰囲気に戻っている。
(・・・なんか色々タイミングが・・)
また先生に当てられたらと思うとスマホを手に持つことができない。さっき先生に呼ばれた時に机の中にスマホを投げるように手放した。
(初めてこうたくんに会った時みたいになってる・・・あの時も確かずっとこんな感じだったな)
◇◇◇
チャイムがなって、授業が終わる知らせが教室内に届く。
「お前ら宿題ちゃんとしろよ~」
先生が呼びかけをして教室から出た瞬間、生徒の声がざわざわ響き渡った。
「あ~まじ眠い」
「だよな~、昼飯食ってからのあの先生の授業は辛いわ。眠気しかないもん」
僕なんてずっと緊張しっぱなしだったんだけどと思いながら、口頭では無理だからメッセージで返そうと、授業と授業の合間の短いこの休憩時間にスマホのメモ帳になんて伝えようか予行練習を兼ねて文字起こしをし始めた。
「かずき」
「・・・え、あ、はい」
「誕生日っていつ?」
「・・・・・た、誕生日」
「さっきの」
「・・・・さっきの」
「うん。お返ししたいから」
「・・・・」
いきなり名前を呼ばれた僕はどもってオウム返しをして持っていたスマホを落としそうになった。
(お返し・・・って、そんなこと)
「俺に知られるの嫌だ?」
「・・・ぜんぜん嫌じゃないです・・けど」
「けど?」
「り、リアクションが取りにくい日なので」
「・・・・え、なにそれ」
僕に体ごと向けて机に肘をつくその姿は入学式の日のようだ。
「・・・えっと・・・・12月です」
「12月?」
「はい・・・」
「冬じゃん、何日?」
「冬です・・・ね。えっと・・・」
「もしかして25日?」
言い当てられて動きが止まる。
同じようなリアクションを予想して身構えた僕は、「そう・・・ですね」と遠慮がちに返事をした。
クリスマスが誕生日なんて、とてもじゃないけどそんなこと知ったら軽々しくお返ししたいなんて言えないと思う。
「へぇ~、ケーキ食べ放題じゃん」
「・・・・え」
「あぁ、クリスマスとか特別な時は食べるって言ってたのってそういうこと?」
「・・・」
(僕が送ったメッセージ・・・・)
「クリスマスが誕生日だとどんなケーキになるんだろうな、ホール2つ買うの?」
「・・・そ、そうですね・・・え、いや、買わないです」
「え、それどっち」
僕の謎な回答の仕方にケラケラと笑ったこうたくんは、ただ単に興味があるだけなのかもしれない。
「・・・・ホールだと家族では食べ切れないので・・・小さいのを何個か買って・・食べたいのを食べる感じです」
「あ~、そういうこと?」
「は、はい」
(やっぱりお礼なんて・・・・)
「あ、あの・・・今回のは僕が金曜日のお礼にと思って作って持ってきただけなので、お返しとか・・その、あんまり気にしないで下さい」
話が流れて、やっぱりと悲しくなる前に、気が変わって遠回しに断られる前に、自分から先に断った。一番傷付く方法で、虚しく傷付ついた状態で誕生日を過ごしたくない。
「え、なんで?」
「な、なんで?」
「やっぱり家族と過ごす?」
「・・・・・え?」
(家族?・・・ってなんで?)
「なんか決まりとかあったりする?俺の中学の時の友達だと、クリスマスは家族で過ごすってなってるやつもいたから。もしかしてかずきの家もそんな感じ?」
「・・・・いや特には」
「そっか」
おもむろに席を立った彼はどうやらスマホに誰かから連絡が入ったようだ。
「・・・・」
「じゃあ、その日空けといてよ」
「・・・え、あ」
どうして?って聞きたかったけど脳の反応速度が遅すぎて思考と口が噛み合わなかった。別に答えになにか期待をしてるわけじゃない。だいたいクリスマスなんて僕の中では恋人と過ごす日だという認識しかない。
見上げた先のこうたくんは連絡に返事をする様子もなくスマホをポケットにしまい込んでいる。
「連れていきたい場所があるんだわ」
「・・・つれ」
もう一度口を開いて理由を聞こうとした時、先に答えをくれた。そして僕が言い終わらないうちに僕の頭をぐしゃぐしゃっと撫でて被せるように言葉を続けた。
「お前、どうせ引きこもってんだろ?誕生日くらい外出よーや」
「・・・・」
「ちょっと隣のクラスに行ってくる」
「あの・・・・」
「ん?」
授業の間のインターバルは短い。今から行くとなると多分戻って来る頃には遅刻している。そんなことは分かっていたけど僕は席を立って歩き出そうとしたこうたくんの腕を掴んでしまった。
(ど、どうやって聞こう・・・)
「どうした?」
不意打ちをくらったからなのか、優しい声にはびっくりしたような声色を含んでいる。
「・・・お、女の子と・・連絡取り合ってるって聞いて」
「女の子?」
「す、すいません、2限目の移動教室の時に聞こえてしまったんですけど、」
「・・・・あ~・・・それがどうかした?」
「も、もし気が変わってその子とクリスマス遊びに行くとかなったら」
「・・・・」
(だめだ、・・・2ヶ月も先なのに)
悲しい未来が現実になることを考えて事前にこんなことをわざわざ言う僕は情けない。
「僕にちゃんと・・・教えてください」
「・・・・・」
「すいません、図々しいのは分かってますけど、期待しちゃうので」
なんかもう半分告白してるような感じにしか取れない。自分で言っておいて泣きそうになる。
この初恋は最初から叶わないと分かってる事実が辛い。
「なぁ・・・」
逆に最初の段階でこの恋心に甘さを与えてくれたことを僕は感謝しなきゃいけない。
完成することのない恋を味見させてくれた。
「すいません、行ってください。引き留めてしまって申し訳ないです」
「・・・・・」
こうたくんがなにか言いかけたから、やばいと思って僕は掴んだ彼の腕をぱっと離して早口で言い放った。




