それでいいの?
「はい」
(・・・・・?)
「こうたくんって、本当にかずきくんのこと気付いてないの?」
「・・・・え」
「本人に直接聞いたことある?」
「・・いや、聞いたことはないです・・・けど」
聞くとか、そんなこと考えてなかった。
というか会えた喜びであの時はそれ以上何も考えることができなかった。しかも時間が経つと好きな気持ちに緊張してしまい、そんな軽いノリで「昔会ったけど僕のこと覚えてますか?」なんて聞けるわけがない。
「けど?」
それに入学式の日、自己紹介をお互いにした時に彼は僕に気付いていなかった。その時のこうたくんの様子に何もおかしいことはなくて、変な反応をしていたのは僕だけ。
「・・・入学式の日に、2人で少し話したんですけど、向こうは何も覚えてない様子でした。でもそんなの当たり前ですよ・・・・・こうたくんにとっては僕と最初に出会った日のことなんて、きっと何でもないただの日常の一コマにすぎませんでしたから」
(・・・もし覚えてくれていたら、もっと親密になっていたんだろうか)
「ん~・・・・」
きりゅうくんは、手持ちぶたさになったのか、考える素振りを見せながら腕を組み始めた。
「・・・・・」
「本人に聞いてみたらいいじゃん」
「・・・えっ、無理ですよ・・・絶対無理です」
「なんで?」
「だって・・・・なにそれとか言われたら心折れますし、それに・・・知らないとか言われたら立ち直れなくなります」
本当は聞きたいし、言いたいと心の何処かで思っている。でも、本人の口から本心を聞くのが怖い。それに知ってしまったら、多分もう最後。
もし知ってしまったら、こうたくんと一緒のクラスで授業を受けて、メッセージのやり取りを毎日じゃなくてもいいからするという、僕にとってのささやかな喜びが、当たり前になりかけている僕のこの日常から消え去ってしまう。
(知らないままのほうが・・・いいこともある)
知らなければ自分に都合の良いように解釈できる。真実に心をかき乱されたくない。
「かずきくん・・・」
「・・・・好きなんです」
泣きそうになった僕は、初めて自分以外の人に心に溜めていた気持ちを吐き出した。
「・・・・好きで好きで仕方ないんです」
高校生だから、我慢出来ないことがある。彼のことを思い浮かべながら1人で気持ちよくなることなんてこの半年はよくあったし、それに関してはあとから罪悪感も生まれていたから、決して綺麗な想いではないかもしれない。
「・・・そっか」
「もうなんか・・・好きすぎて・・・少しだけ、この高校生の間は夢見させてほしくて・・・」
「・・・・・」
「分かってるんです、ちゃんと・・・・そこに未来がないのは」
きりゅうくんの学校には、男の子同士で付き合っている人がいると言っていた。
でも、僕はそこまでの関係性に進むことは不可能だと思ってる。
「この気持ちも、この先いつか、思い出した時に少し心が痛む程度になってくれれば」
多分、ずっと彼の笑った顔が頭から消えてくれないんだと思う。彼の顔を思い出してはそれだけで泣けて、結局溢れた涙は頬を伝って流しきった涙の跡に心を痛めるんだろう。
「本当にそれでいいの?」
「・・・・」
いつの間にか半泣き状態の僕はきりゅうくんの問いかけにコクンと頷いた。
「あんまりそうは見えないけど」
「それは・・・・今はまだ好きですから」
望めない未来にまでストーカーをする気はない。
そう思いながら服の袖で涙をふこうとしたその時、テーブルの上に置きっぱなしだった僕のスマホが光った。
(・・・・)
チラッときりゅうくんを見れば、彼もスマホの光に気付いたらしい。少し口角を上げて微笑んだ。
「こうたくん?」
「・・・・そう・・・だと思います」
「見てみれば」
「はい・・・・すいません」
タップすると、やっぱりこうたくんからだった。朝からずっとラリーが続いてるのは、初歩的な理由たけど質問文を混ぜ込んでるからだと思う。
【ちょうど今来てる。特徴ないの?じゃあ俺と同じだわ。服とか適当だもん。動きやすければなんでもいい】
(・・・・・これ)
赤くなった目を袖で少し拭いてからまた画面に目をやった。
メッセージと一緒にスタンプがついている。
小動物が首を激しく動かしているスタンプだけど、見たことがないし文字付きスタンプでもない。どう捉えていいのか分からなくてとりあえず触れないようにしておいた。
(・・・・・なんて返そう・・・っていうか、これ返事しないほうがいいやつかな)
いったんここで切れるようなメッセージに読み取れてしまう。話題を広げて返そうにも広げ方が分からない。
「・・・・・」
「どうかした?」
「・・・いえ、ちょっと・・・話題というか、なんか話の幅を広げたくて」
「話の幅?・・・・それならもう少ししてから返す?」
「え?」
「すぐに返そうとするからネタが尽きるんだよ。ちょっと時間開けてからでもいいと思うよ」
「・・・でも」
きりゅうくんは時計を見て時間を確認してから、僕に視線を投げかけた。
「・・・・かずきくん、」
「・・・はい」
「少し落ち着いたら、服買いに行こうか」