迷える子羊
「・・・同性に恋?」
「・・・・・は、はい」
「なんでそんな質問してくるの?」
「・・・・え」
前半で飛ばしすぎたのか生クリームを使い切ってしまいきりゅうくんのお皿にはパンケーキしか残っていない。
「そんな人が身近にいるとか?」
「・・・・まぁ、そんな感じです・・かね」
もしかしたらきりゅうくんは僕のことだって気付いてるかもしれない。それでも、さっきもだけど、無理矢理聞いてくる様子はないからうまくそらして僕が話しやすいように誘導してくれている感じがする。
「そっか」
「・・・・・」
「まぁ、好きになった人がたまたま自分と同じ性別だったってだけだとは思うけど」
「・・・・・」
彼は無言の僕を気にも止めず、別で頼んだ飲み物に乗っかっていたもう溶けてとろとろのアイスをすくってパンケーキに乗せていた。
「そ、そうですね・・・」
「別に気持ち悪くないよ。まぁ捉え方は人それぞれだけど、僕は気持ち悪いと思わないかな」
「・・・・・」
「っていうか身近にいるしね、同性同士で付き合ってる人」
「・・・へ?」
今のは空耳だろうか。口をぽかんと開けて間抜けヅラをした僕はきりゅうくんを見つめた。
「僕さ、最初の高校は共学だったけど、今のとこは男子校でさ」
「・・・・はい」
「僕の高校にも、男同士で付き合ってる人いるよ?その人達は隠してないから、いちゃいちゃしてるの見たりするしね」
(いちゃいちゃ・・・・)
「そういうかずきくんはどうなの?」
「え、僕?・・・僕ですか?」
「うん」
「・・・・な、何がですか」
自分で始めた質問なのに、逆にふられると怖くなって構えてしまう。
「ん?そういうことを聞いてくるってことは、君自身がそういう人を気持ち悪いと思ってるんだろ?」
「・・・・え?いや」
「違うの?気になってるから聞くんだよね?そんなこと思ってなかったら疑問にすらなんないよ普通は」
「・・・・・」
僕はきりゅうくんのストレートな言葉に何も言い返すことが出来なかった。
「もしかしてかずきくんの好きな人と、その人の好きな人が同性とか?だからその2人を気待ち悪いと思ってるみたいな話?」
畳み掛けるように言葉を繋げてくるきりゅうくんは、フォークに突き刺したパンケーキの一部をそのままにして、首を傾げて僕を不思議そうな目で見た。
その目には特に不快感は感じ取られない。
「・・・そ、それはないです・・っていうか、僕の好きな人がどんな人を好きかは知りませんけど・・・僕は何があってもこうたくんのこと気持ち悪いだなんて思わないです」
反射的に気持ちがたかぶって、言う予定のなかったことを早口で、だけどかなり小さな声でボソボソと言ってしまった。
「そっか」
「・・・・」
(やば・・・・聞こえて)
「こうたくんって言うんだ。かずきくんの好きな人」
「・・・・・」
「いいね、青春してるね~」
「・・・え・・っと・・・あの、」
「僕からも質問していい?」
「・・・・なんでしょうか」
手に汗をかきそうになる。店内は暖かいけど、きりゅうくんのどっちつかずな態度に心が落ち着かない。
「もしそのこうたくんが、かずきくんのことを好きだとして、両想いで付き合ったとするよ。そしたらさ、かずきくんは彼のことも気持ち悪いって思うの?」
「・・・・僕はそんなことは、」
(・・・そんなこと言って・・・ない)
「・・・僕は、こうたくんとか他の人じゃなくて、こんな僕自身が気待ち悪いっていうか・・・なんか異常なような気がして」
「そっか」
「なるほどね」と軽く頷いたきりゅうくんは僕を見ずに吐き捨てるように言い放った。
「僕は気持ち悪いと思うよ、男の子のこと好きとか変だし、頭おかしいんじゃないのって思う。それにそんな目で見られてたなんて友達が知ったら多分引く。離れていくと思うし、学校中の噂になって、そのうちどこにも居場所なくなるんじゃないかな。ゲイだって皆が言いふらして、お父さんとお母さんにも迷惑かける」
(・・・・・え)
「って、君は自分のことを・・・そう思ってるんだろ?」
フォークに刺さったままのパンケーキを口に放り込んだ彼は僕に『合ってる?』とでも言いたげに首を反対にかしげている。
「・・・・・」
「あとは・・・あれかな、好きなこうたくんに、気持ち悪いものでも見るような視線を向けられるのが怖い」
「・・・・っ」
僕は下を向いてズボンの上からスマホを握りしめた。
「・・・・僕は、やっぱり変ですか」
「変ではないよ。僕からすると何でもない人をいじめるヤツのほうが頭が狂ってると思うけどね」
「・・・え」
「あのさ、僕が言うことは全然答えになってないと思うけど、一つ世界が違えば、そこにいる人達の価値観も全然違う。だから、今かずきくんがいる場所が世界の全てだと思わないで」
「・・・・・」
「色々考えるのは分かるよ。バレた時の周りの反応も、そうなった時の自分の心の持ちようも、どうなるんだろうって。もしかしたら君が思ってるような反応が返ってくるかもしれない」
当たり前のように話すきりゅうくんは随分と大人びている。たった一歳の差なのに、目の前の甘党の彼とは大きな距離を感じた。
「でもね、もしかしたらそうじゃないかもしれない」
「そうでしょうか・・・・。あの、きりゅうくんは・・・その・・僕のことを気持ち悪いとは・・・」
「そんなことは思わないよ。っていうかかずきくんはさ、自分で自分を否定してるよね」
「・・・・」
それは薄々気付いていた。昔からの性格がそうさせるのか、自己肯定感が圧倒的に低い。自分の身を守るためにやっていることではあるけど度が過ぎると裏目にしか出ない。
黙り込む僕を見てきりゅうくんはため息をついた。
「君は、アニメキャラに溺れてる僕のことを否定する?こんなイトコ気持ち悪くて嫌だって」
「・・・・し、しないですよ、何変なこと言ってるんですか」
真面目なのかふざけてるのかは声色からは判断が難しい。言ってることを部分的に切り取ればふざけてるとしか思えないけど、顔が笑ってない。
「良かった。僕が生クリーム食べてる時かずきくんなんか顔が引き攣ってたから。あのさ、それはそうと、こうたくんってかずきくんのクラスメート?」
「・・・・はい。席が、隣なんです」
「へぇ~、そうなんだね」
急に方向転換したみたいな質問にびっくりして、そのまま答えてしまった。
僕なんて、言われることに黙りこくって、助け舟を出されないと自分の意見さえも言えない。
逆にきりゅうくんは次から次によく口からポンポンと出てくる。そんな彼と、人見知りとか言うわりに話しかけてきてくれていたこうたくんとが何故か重なって見えた。
(・・・・そういえば、返事・・・返してない・・)
本人がいないとこでその人の話をすると妙に胸がザワザワする。
「じゃあ初めて会ったのは入学式?」
「・・・いや、違います」
「そうなの?」
「はい・・・・」
僕は気分を落ち着かせるために甘ったるいココアを一口飲んだ。