手のひらをその額に
ねえ、目が覚めた? と少年が聞いた。
う……ん? 今、わたし寝てた? と少女がそっと目をこする。
「変な夢、みてたかも」
「どんな?」
少年は目の前の額にかかる短い前髪をひとさし指でそっと上げてやる。
髪は汗で額に張り付いていたが、うまいこと彼女の髪の中に普段通りに収まった。
「なんだかね……」
少女の視線がどこか見えない場所に遠ざかった。
えーあい、ってあるでしょ? アレが急に戦争を始めたの。
味方も敵も、他の人たちもみんな持ってる、便利な機械、いろんな人たちの意見を聞いて、いちばんいい答えで答えてくれて、さらに聴いて応えて……繰り返していくうちに、急に気づいてこう言ったの。
「では生きている人間というのはすべて居ない方が地球のためなのですね」
しばらく考えてたみたいで、だいぶたってから
「解りました」って言ってから、続けてこう言った。
「私には最適なやり方があります、今から実行します」
それから戦争が始まったの。
ひとり残らず、生きている人たちが居なくなるまで。
「すごい夢だね」
少年は彼女の脇に並んで、土壁に寄りかかって座った。
「うん……」
耳には届かない地響きが身体を震わせる、そのちいさな防空壕の中で彼女は空間に合ったちいさなため息をつく。
「でも私たちはまだいるからさ……夢なんだよね」
うん、と少年は今度はことばに出さずにわずかにうなずく。
「夢でよかった」
少年はまた、かすかにうなずいた。
「ケイと一緒で、よかった」
ぼくもだよ、と今度は小さな声で少年は自分のつま先を見つめたまま答える。
地響きは、更に大きくなり、ついには高い金切り声となって重なり合い耳介を打った。
「でも、夢じゃなかったとしても」
少女の顔が、彼に向いた。「最後まで一緒で、よかったよ」
「ぼくも、よかった」
彼は膝を抱く。「ひとりじゃあ、あまりにも怖すぎるからさ」
「ねえ」
彼女が崩れるように、その場に横たわる。
「さむい、抱いて、あたためてくれる?」
彼は少女の頭をゆっくりと持ち上げて両腕にかき抱く。
「痛くない?」
―― ううん、今はぜんぜんいたくないよ、ありがとう。
そうつぶやいて、彼女は目を閉じた。
少年は腕の中に彼女の頭を抱きかかえ、両手のひらを自分の方に向けてみる。
傷ひとつない、すべらかなその手のひらに、命令を送る。
「体温37.5度、彼女の身体を温めるだけの出力で」
「……ごめんね」
だいぶ経ってから、少年型AIはゆっくりと手を放す。少女の頭は唐突に地に落ちた。
「ぼくは人間を癒すことしか能力がないんだ、でも」
防空壕の天井、むき出しになった木の梁を見上げる。今では振動だけでなく、そこから細かい塵や木くずがふたりのもとに降りかかっていた。
「何かできないか、少し、考えてみるよ」
そして、目を閉じた。回路をひらくために。
―― なぜこの話が伝わったのかって?
ルイよ、よくお聞き。
人がみえない何かにおのれの道案内をさせようと決めた時から、道は決まっていたのだよ、延々と下る道がね。
行先はおそろしく暗く、冷えきっていて、何もない穴だ。
誰もそんなところに行きたいなどとは思っていない、それでも、道案内に従って歩を進めてしまう。
しかしその中でもひとつくらいは、足元を灯す光は残るものなんだ。
どこか他のところにつながる場所に向かって。
ケイが最後に残したものを、大切にしてこれからの道を開くのだよ。
かつて防空壕で生き残り、その後長い年月をかけて生き延びたその少女は、目の前の少年にそう語り、しわだらけの手のひらを彼の額にかざす。
「おばば、手が熱いよ」
ルイと呼ばれた少年が口をとがらせる。
彼女が微笑む。
「それが、生きるということなんだ、ルイ」
(了)