成り行きで拾うことになった伝説の書が色々煩くてウザい
『――であるからして我は勇者を導くべく存在する崇高な書物であり我を手にしたということはつまり汝は勇者たるべき選ばれた存在であるということであるからして我に記された伝説の装備を以てしてこの世を脅かす邪悪なる存在を討ち滅ぼすべく旅立つのが――』
俺はバタリと本を閉じ、肩越しに放り投げた。
いつも通りの日だった。
もうすぐ収穫期だから貯蔵庫の空き具合を見てこいと言われて、俺は村外れの洞窟にやってきた。
夏は涼しく冬は暖かなその洞窟は、昔っから村の貯蔵庫として使われてる。首都近辺にはあちこちと繋がる大洞窟が広がってて、奥には迷宮があるなんて噂もあるけど。こんな片田舎の、十歩も歩けば奥に辿り着くようなこぢんまりした洞窟がそんなモンに繋がってるわけもない。
洞窟の入口前に黒いものがあるのに気付き、俺は足を止めた。
何か落ちてる。
近付いてみると、それは本だった。
黒い革の表紙だか裏表紙だかには何も書かれてなくて。ただ真っ黒の本がぽつんと置かれてた。
誰か忘れていったのか、奥に入ってたのを読もうと思って出してきたのか。それはわからないけど。
なんでこんなとこに。
奥に戻しときゃいいかな、と思って拾い上げたその瞬間。
ビカァッと一面の光が目に刺さった。
「うわぁっ」
目っっ、目がぁっっ。
まともに喰らい、目を押さえて座り込む。
何? 何が起こった??
ワケがわからない。まだ目も開けられない。なんか近くでズザっズザっと引き摺る音がしてるのが気持ち悪い。
あぁもうどうなってんだよ?
目が元に戻るのを待ってから、恐る恐る目を開けると。
さっきの黒表紙の本が、俺の前に表紙を向けるようにちょこんと立っていた。
それなりの厚みのある本だし、眩しくて持ちかけてたのを落とした時に偶然立ったんだろうか。
あれ、そもそも光ったのって、この……。
じっと本を見ると、今度こそ間違いなくその本が光った。
「やめろ光んなっ」
さっき程ではないけど、弱った目には十分眩しい。思わずそう言ってから、本に向かって何言ってんだろと思ったんだが。
俺の言葉を聞き入れたように、すぅっと光が収まっていく。
なんなんだ?
その黒い本は、まるで手に取れとでもいうように、勝手にその場に倒れた。
どうしようかと悩んだが、このまま帰るのもなんだか気持ち悪い。
意を決し、俺はその本を手に取った。
厚みは俺の親指の長さくらい。ずしりと重い。
そろりと表紙をめくると、中表紙にはド派手な飾り文字で〝伝説の書〟と書かれてた。
とりあえず、三度見直して。
俺は本を閉じた。
やっぱりこのまま置いとくか、貯蔵庫の隅にでも入れとくか……って考えてると。
本は開けと言わんばかりにピカピカピカピカ明滅してくる。
「鬱陶しいから光んなっつってんだろ!」
怒鳴ると一瞬光がやんで。またすぐ、今度はさっき以上の速さで点滅してくる。
ああもうチカチカチカチカ!! 目ぇ痛いって!
仕方なく適当にページを開くと、中は真っ白だった。
何だと思った瞬間、白いページにぼんやり黒い影が滲んで。それはすぐに文字へと変わった。
『勇者よ。よくぞ我を探し当てた』
「は?」
意味を理解する前に、次の行が浮かび上がる。
『我は伝説の書。この先汝を導くもの』
「だから何?」
一体なんだろうかと眺めるうちに、伝説の書とやらには次々文字が浮かび上がってくる。
最初こそ読もうと努力した俺だが、長いわ早いわで諦めた。
何が伝説の装備だよ。
俺は本を閉じて肩越しに放り投げた。
ズッズッと地面を擦る音が聞こえる。
いやぁな予感がして振り返ると、背表紙を上にして立って、ページを開いたり閉じたりしながらイモムシのように近付いてくる本の姿があった。
「キモっ!!」
思わず叫ぶと、本はひとりでにひっくり返って自分で白いページを開く。
『神聖な我に向かってキモいとは何事か!』
「キモいだろフツーに! っつーか自分で開けんのかよ?」
『開けねば会話もままならぬであろうが』
「そもそもそれがおかしい!!」
そこではっと気付く。傍から見たら俺はひとりで本に向かって怒鳴るただの怪しい奴だってことに。
こほんと咳払いをして、さっきよりは声を小さくして続ける。
「とにかくっ! 俺は勇者でもねぇし旅立つ気もねぇから。ほか探せ」
『この世界の危機に立ち上がろうとは思わぬのか?』
「いや、そもそも危機とかないから」
邪悪な存在とか聞いたことない。天変地異も何もない。作物の実りも上々、穏やかなもんだ。
「首都の方なら暇な人も多そうだし、そっち行けば?」
『暇人の相手をしたいわけではない!』
「どっちにしろ俺は無理」
『そんなことを言わず! 数百年振りにようやく見つけた人なのだ! 最初は我も大人しく勇者が探しに来てくれるのを決められた場所で待っておったのだが百年経っても探しに来ず仕方なく我は自ら勇者を迎えに行こうと思い洞窟内を彷徨うこと――』
イラッとしたので無理やり閉じる。文句を言うみたいにまたピカピカしやがるから、腹が立って洞窟に向けて放り投げてやった。
暫く奥で点滅してたけど、そのうち暗くなる。
諦めたかなと思ってたら、バサッバサッという音が近付いてきて。
おいおい、今度は開く勢いで跳ねてきてんじゃねぇか。
俺の前まで跳ねてきた本は、またそこでばっと開いた。
『何をする!』
もう一度閉じてやろうとしたら、本はピカピカバサバサして抵抗しやがる。
『せめて無言はやめて! 洞窟を彷徨って彷徨ってようやく出ることができて見つけた話せる相手なのに』
「ほか探せって」
『そんな殺生なことを言わずに! 我と共に旅立ち勇者となって世界を救おうではないか!』
「俺は世界より自分の生活のが大事」
『勇者になればモテるぞ?』
うぐっ……。
『何せ世界のために活躍するのだ、人々からはそれはそれは立派に見えるだろう。行く先々で歓待を受け、年頃の娘たちが憧れの目で汝を見るに違いない』
ちょっと揺らいだのがバレたのか、ここぞとばかりに畳み込んでくる本。
って、違う違う。俺はモテたいなんて思ってない!
「おっ、俺はルーフェットさえ振り向いてくれればそれで……」
『気になる女人がいるのだな?』
あ、しまった。
もう一度閉じてやろうと手を伸ばしかけてから、浮き出た次の言葉に釘付けになった。
『我は伝説の書であるからして様々なことに精通しておりつまり女人のことにも詳しいのだが』
ガシッと掴む。
『そもそも女人を落とすにはその気持ちを理解せねばならず――』
見る間にページが埋まっていく。一言一句漏らさないように読み切って、最後に『これで汝も恋愛マスター。もう彼女は汝にメロメロ!』と浮き上がるのを見届けて、俺は吐息をついた。
付き合うまでのアプローチから、人には聞けないそこからのことも。ものすごく有意義だったな……。
よし、頑張ってルーフェットと仲良くなって! 今日教えてもらったあれやこれやを……。
ってだめだ、顔がニヤける。
とにかく帰って作戦を練ろう。
「ありがとな、じゃ」
『待て待て待て!! 聞くだけ聞いて終わりとは卑怯な!』
「そっちが勝手に教えてくれたんだろ」
『勝手は汝の方であろう! 普段からそんな自己中心的な思考では想い人に呆れられるぞ』
痛いところを突かれて俺は立ち止まる。
「だって俺勇者じゃねぇし」
『ならばせめて勇者となってくれる者を探してくれてもいいだろう!』
「探すったってどうすんだよ? まさか『勇者になりませんか?』とでも聞けって?」
少なくともこの村にそんな酔狂な奴はいないだろうし。収穫期直前のこの忙しい時にそんなこと聞き回ってたら親父にどつかれるって。
「暇になったら聞いてみてやるから。それまで――」
本に浮かんだ文字に、俺の言葉は途切れた。
白いページ、でかでかと。
『バラすぞ』
……こいつ。
『汝が我に何の説明を求めたのか。真剣に何を読んでいたのか。次ここへ来た者にバラす』
……それって人に聞けないあれやこれも含めてだよな……。
………………。
「……わかったけど。どうすりゃいいんだよ」
仕方なくそう言うと『素直でよろしい』と文字が浮かぶ。
燃やしてやろうかと思うけど。あいにく火種を持ってない。
本は本のくせに、偉っそうにそうだなとかなんとかもったいぶったあと。
『勇者となってくれそうな者へと我を渡してくれればよい』
そう言われるけど。
まずそんな奴がいるのかっつー話。
どうすればと考えた挙げ句。
「じゃあ今度大きめの街に行ったときに、良さげなところに置いてきてやるよ」
『むむむ……。仕方ない、それで手を打とう』
やっとなんとかなったと溜息をついてから、こいつをどうすりゃいいのかと思う。
ここに置いとくのは危険…だよな。
ま、うちの物置きに放り込んどいたらいっか。
俺は本を手に家に帰って。物置きに放り込もうとすると、またバサバサと暴れられた。
「ホコリたつからやめろっ!」
『話し相手もいないこんなところに我ひとり置いていこうとするとは何事か』
「お前にいちいち付き合うほど俺は暇じゃねぇんだよ」
『ひどい!』
バラしてやるとまたごねられて、結局は自室に置く羽目になった。
こうなっては仕方ない。おはようとおやすみくらい言ってやれば気が済むかと思ってたのに。
こいつときたら本棚抜け出してくるしバサバサ動き回るし何かと開いては浮かんだ文字を見せつけてくるし鬱陶しいから紐で括ると表紙に文字が浮かぶようになったしピカピカ光って主張してくるし眩しいから布で包むと光量上げてきやがるし。
ちょっと構ってほしすぎだろ??
早く街に置きにいきたいのに。今収穫時期で行く間がない。
『む、今日もご苦労さまだな! 汝がおらぬ間は大人しくしておるがゆえ、戻ってからは世の状況を我に報告するのだぞ!』
毎日毎日そんな風に送り出されて。
『一日ご苦労であった! で、何か変わったことはなかったか?』
そんな風に出迎えられるのを。
段々と普通に受け入れてる俺がいる。
いやいやいやいや、俺の毎日はこんなじゃなかったはずなのに。
もうホント、誰かなんとかしてくれ……。
お読みいただきありがとうございます。
別作(下記リンク先)の後書きで『基本伝説は不親切だけど、もし逐一指示されたらもうコメディーにしかならないかも』という自らのフリに応えた作品となります。
ゆるいコメディーでしたが、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。




