09『vs暁ヒナにむけて、作戦を考える』
模擬戦は、配信しながら行うとのことだった。
「あんたって、本当に馬鹿なんじゃないの!」
あれから一時間後の話、僕は絶壁勇者に怒鳴られていた。うう……そこまで怒らなくてもいいじゃないか。
そう思いながら萎縮する僕など気にも留めず、彼女はずっと鬼の形相をしていた。
「そう怒るなよ。それに良いじゃないか。これは僕自身の話だぜ?」
「そうだけど……!」
「まず、なんでアンタが怒ってるわけさ」
ヒナは、僕が提案を飲んだあと、『明日の夕方にまた此処に来るから、それまでに準備しておいてね。戦う場所とか諸々は君が決めていいよ〜』と言って去っていってしまったのだ。
それから僕はまだ、彼女の家にいた。
「だって、貴方が負ければ……最初の配信で一緒にいた私の風評も落ちちゃうじゃないの」
「いやいや、負けないって」
「冒険者なりたての初心者が何を言ってるの──? 貴方、アイツがどれくらい強いのか知ってるの?」
「じゃあ逆に聞くけど、お前は僕がどれだけ強いのか知ってるのか?」
最も、僕自身がソレを把握してないんだけどな。彼女は別にそういうことを言いたい訳じゃない! と不服そうな表情を露わにしていた。
「ヒナ。暁ヒナ──それが彼女の冒険者名よ」
「はあ」
しかし、彼女は違うアプローチの仕方をとる事に決めたらしい。僕の対戦相手について説明してきた。
「彼女の武器はなんといっても、あの華麗なスピードと……リーチのある鎌」
「ああ、僕を殺しかけたやつか」
「そう」
そう。数時間前に僕は首を斬られかけたんだったな。
本物の鎌で。
……あれ、これって何かしらの犯罪が成立したりすんじゃないだろうか?
「ダンジョン攻略においてなら、彼女は確かに心強い味方になるかもね。──でも今回の場合は敵よ、しかも一対一のね。手強いのよ?」
「戦ったことあるのか、秋元は」
「まあ、過去に模擬戦で三回ぐらいね」
なんというか、彼女はよく暁ヒナとの過去を濁しながら語ってくる。なんだかモヤモヤする。心に引っかかるのだ。
「へえ、じゃあやっぱりあの人の強さは理解しているのか」
「まあ私の方が、正直な話強いけどね。ただ彼女の《スキル》は結構危険だから、気を付けないと、油断してると私でも負ける。まあそんなレベルね」
そこまでで聞き慣れない単語を、僕は一つ見つけた。
「はあ、ところで。スキルってなんだ?」
僕がそう聞くと、彼女は睨むかのように、驚くかのように、呆れるかのように……様々な感情が入り乱れながらもコチラを見た。
「……アンタ、もしかしてスキルのことさえ知らないっていうの?」
「それが、ええ、そうなんだよ」
「呆れた。あんた、スキルを知らないで……本当にどうやって、今までダンジョンで生き残っていたの?」
分からないよ、それは自分自身でも。だから奇跡みたいなもんなんじゃないだろうと、僕個人としては勝手に解釈している。
「つまり、奇跡なんだろうな」
一応、僕はダンジョン攻略を頑張ってはいたし、それなりの技術は持っているんじゃないか──そう自負している。
鈍感系主人公という言葉があるが、僕はどちらかと言うと敏感系なのだ。
敏感とはいっても、服が地肌に擦れただけで絶頂してしまうような……変態的な意味ではないが!
「じゃあ貴方はスキルというものを知らない? 持っていないの?」
「えーと、多分な。持ってない。少なくとも持っていたとしても、今まで使ったことはないと思う」
「本当に貴方って何者なのかしらね! 幼馴染のくせに、なんっも分からない!」
そう怒るなよ、カッカするなよ勇者さん。
「……因みにスキルって、どういうもんなんだ。詳しく説明してくれよ」
「スキルっていうのは、普通ならば──基本的に5歳児の時に開花する、魔素を利用した、その人専用の特殊技ってところね」
彼女は続けて言った。
「まあ、私が5歳になった時には……勇者の力が開花したんだけどね。細かく話すと長くなるから、省くけど」
「はーん、なるほど。じゃあつまりだ。生まれてこの方、今まで特に変化のなかった僕はスキルを持ち合わせていないということか」
「……まあ、そういうことになるわね」
僕も欲しかったな。スキル。……だってカッコいいじゃないか。火が吹けたりしたら! スキルを貰えたところで、それが『火を吹く』力とは限らないわけだが。
取り敢えず、何かしらの力は欲しかったとしみじみ、今感じた。
「でさ、じゃあ一応コレも聞いとくけど。なんだっけ、暁ヒナのスキルは──《魅力》、だっけ?」
「違う、《魅了》よ」
「えーっと? で、そのマリオネットっていうのは──具体的にどういう技なんだ」
「書いて字の如く、読んで字の如く。人を魅了し、操り人形みたいにしてしまうというスキルよ。勿論、人に限定するものじゃないけどね」
魅了、魅了か。
まぁそうだろうな、というのが正直な感想だった。あの性格に、そのスキルは合いすぎている。
イメージ通りだな。
そういえば因みにだが、勇者のスキルはなんなんだろうか?
「そういえばさ」
「?」
「お前のスキルはなんなんだ?」
「ああ、私?」
すると別に即答せずに、彼女は数秒間考えてから僕の目を見た。
「そうね。私のスキルは──いいえ、ユニークスキルは《勇者》」
「ブレイバー……は、"勇者"か」
「まあ野球と勘違いする人がいるかもしれないけどね」
「?」
「分からないのなら良いわ、別に」
「因みにだが、そりゃあどういう──技というか、力なんだ?」
「それは企業秘密よ(はーと)」
「カッコを付けて、それでいて『はーと』っ平仮名で言うな!」
どうやら、彼女は《勇者》について説明してくれないらしい。柄ではないのに、無理をして冗談言う勇者。
僕はそんなまな板勇者を、痛ましく思った。
このままでも仕方がないと思い、席から立ち上がる。
「急に何よ」
「流石に無策のまま戦ったら、恥を晒すだけだろう? 全世界にさ。流石にそれは僕でもわかってる」
だから。
「だから、ちょっとは作戦でも考えておこうと思ってね。この家にはルーフバルコニーがあるかい?」
だから、僕はそう尋ねた。
◇◇◇
屋敷の3階。
つまるところ、最上階のバルコニーに僕はいた。夜風がとても心地良く、僕の髪を靡かせる。
間接照明のように、床の端にずらりと敷かれたライトはオシャレだった。
いわゆる、"ラインライト"と呼ばれる照明であった。
エモい。
「はあ、どうするか」
そして僕は見ていた。一番上。
秋元家の敷地なら全てを見渡せるような、見下ろせるような場所で。
この屋敷の広い庭園を見ていた。
「暁ヒナの《魅了》は対象を操るために、特殊な粉塵を飛ばすのよ」
背後から秋元が近付いてきた。
「粉塵?」
「そう、粉よ。それを吸ってしまったら最後、彼女の言いなりにされてしまう。少なくともその粉が排泄されるまではね」
「──そりゃ確かに、随分と強いし、厄介だな」
ヘタをすると、僕が今まで戦ってきた中で二番目に強い相手になるかもしれないな。……今までと、表現してみたが、実はまだ冒険者としては二ヶ月ぐらいのキャリアしかないのは内緒である。
「それを聞いて、貴方はどう戦うつもり?」
「……なあ秋元、別にこの庭で模擬戦を行っても構わないか?」
僕は眼下に指を差して、彼女に問う。
「ええ、別に構わないけれど」
「ならそうだな。やっぱり地形を利用する他ない」
「地形?」
地形というと、少々本格的で、誤解が生まれるかもしれないか。
「あー。言い直せば遮蔽物を利用する、ってところかな」
「もしかして貴方、彼女のスキルに対しては対策しないつもりなの? その感じだと、遮蔽に隠れて奇襲を狙う、って捉えられるけど?」
「いや、全くもってその通りさ。でも別に対策をしない、つもりでも僕はない」
「というと?」
僕はニヤリと口角を上げた。
「狐の、でもなんでもいい。仮面を被って、出来るだけ彼女の粉塵を吸わないようにするんだ」
「……せこいわね」
「まあ粉塵が本当に小さいようなら、それは通用しないだろうけどな。僕はこの案がいける気がするぜ」
「随分と、楽観的ね」
「批判は好きにしてくれ。でも悪いな」
続ける。
「僕にしてみれば、負ける気なんて全くもってしないのさ」
その言葉を、彼女は果たして信じただろうか? いや信じるはずがなかった。
「は、はぁ」
いくら幼馴染で、僕のことを人間的に信頼しているとはいえ──コレは、文脈的にも『ただの妄言』──にしか聞こえない。
「今日はもう遅いし。帰ることにするよ」
「え? もう良いの? もう少し、作戦を練ったらどうかしら。私も協力するけど?」
「結構だ。結構だよ。別に問題ない。どうにかなるって」
「……インターネットで大恥をかくことになるわよ?」
「問題ないよ、本当に」
そう言うわけで、僕は帰宅する事にした。
『僕にしてみれば、負ける気なんて全くもってしないのさ』
秋元奈々はこの言葉を、ただの妄言だと、やはり判断していた。
しかし。
でも、これは本心だった。
僕の口から出した、本音だった。
負ける気はしない。
確かに、強敵かもしれない。
強いかもしれない。
冒険者としては、彼女の方が圧倒的に上なのだろうし、配信者としてもそうなんだろう。
だが、今回の舞台は。
模擬戦の舞台は、ダンジョンではない。
風が吹いた。僕の髪を振り上げさせ、『城里学』の心を感傷に浸らせる。
やはり、やっぱり、本当に。
全くもって、負ける気なんてしなかったのだ。
あんなヤツ、眼中にすらないぜ。
とも言えると思う。
──あの、鎌を僕な首元へ狙ってきた刹那から。
雰囲気で察していたのだ。
"僕はあの程度の奴に、負けるはずがない"と。
だって僕は……。
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