08『流転する展開は加速する』
「じゃあ配信について、あれこれ語りましょうか?」
「ああ、頼むよ」
「まず配信は自己流が大切だから、好きにしなさい! ただ──貴方も一応、絶賛インターネットで話題の男なんだから、立場を弁えなさいよね」
「そりゃあ、難しいな」
「はぁ? じゃあ言うわよ、これはやっちゃダメ! っていう行動をね」
彼女は教師に向いているのかもしれない。話すまで秋元は乗り気ではなさそうだったのだが、話し始めればあら不思議。
スラスラと言葉が続いていく。
「まぁ正直、貴方程度の頭じゃ──それを聞いて覚えるだけじゃ難しいか」
「ぅぅ」
僕を馬鹿にするな。と怒りたいところであるが、実際にそうであったし、僕が否定することは出来なかった。
「百聞は一見にしかず、よ」
「なるほど?」
「つまり、私が貴方と一緒に配信しながら……教えてあげるってことよ」
「はあ、そりゃあ僕としては随分ありがたい話だけどさ。お前にメリットがあるのか、それ?」
「ここでの配信で、貴方に恥をかかせて──貴方の人気を落とす。そんなメリットが私にはあるけれど?」
「思ったよりも悪魔的だった! おまえ本当に勇者かよ、魔王なんじゃないのか?」
もっとも、この世界に魔王がいるのかどうかは知らないがな。
「じゃあ早速配信するわよ──」
そう言って彼女が、制服の胸ポケットからピンク色のカバーに入ったスマートフォンを取り出した。余計な話だが、何とは言わないが、彼女は絶壁であった。
──というのは、いささか重要であるだけで、そこまでではなかった。
それよりも。
「失礼します」
この部屋の扉がいきなり開かれたことに、僕は驚いた。
扉の先に立っていたのは、メイド服のショートボブ黒髪少女。
確か名前は……美波、だっけか?
「美波、どうしたの?」
「来客です」
「え? 今日は別に、誰か政府の偉い人が来る予定とかはなかったわよね?」
「ええ、ですので急遽の来客です」
どうやら、このお屋敷に訪ねてきた者がいるとのことだった。闖入者である。
「……分かったわ。で、誰なのかしら?」
「えーっと、ヒナ様でございます。"暴露系"と呼ばれる配信で人気を博す、配信者です」
「っ!?」
その名前が出た瞬間、部屋が、空気が凍りついたのを覚えた。通称・暴露系配信者と呼ばれる──人気配信者『ヒナ』。
それは僕でも聞いたことのある名前だった。
「ヒナってあれか? 人の裏話というか、裏側についての情報を仕入れてはミセシメみたいに、大量の視聴者がいる中で取り上げるっていう」
「そう、……悪女よ」
深刻そうに表情を曇らせる、勇者。
やはりそれは緊急事態だったのだろう。
「でも一体、何の用なんだろうな?」
「さぁね、あんなヤツの考えていることなんて、知りたくないし、想像したくもないわ!」
「お前は彼女のことをかなり嫌ってるんだな、何かあったのか」
「まぁ昔、ちょこっと因縁があるぐらいかしら」
なるほどな。
にしても、わざわざ家に訪れてくるなんて──行動力が凄いな。僕なら何か用事があっても、今の時代だし、インターネットを使用してしまうだろうよ。
「どうしましょうか、ご主人様。お帰り願いますか?」
美波の質問に、ご主人様は答えない。
それどころか僕に目配せしてきた。
おいおい、僕が決めとでも言うのかい? そりゃあ責任重大だな。
「貴方はどう思う?」
「僕が決めなきゃいけないのか?」
「ええ、一応貴方とは幼馴染で付き合いも長いし、それなりに信頼しているつもりだからね。そして貴方が詳しく何者なのかどうか──それは分からないけど、凄いってことだけは認めているから」
「へぇ、お前がなんて珍しい」
「そうね。それぐらい、貴方が勇者専用の、勇者しか入れないはずのダンジョンにいて、生き残っていたのが衝撃的な出来事だったのかもね」
彼女は強調するように、言った。
「私にとって、ね」
と。
「だからこそ、貴方の意見を聞きたいのよ。それにまあアイツのことだし、どうせ今日の訪問は──アンタに会うことが目的でしょうし」
絶壁勇者はどこか悟ったようにそう言いながら、どこか遠くを見つめていた。
まさに"心、此処に在らず"である。
「そうだなあ」
僕は取り敢えず、さっさと意見を言うことにした。腕を組んで考えながら意見を絞り出す、そんな雰囲気を出していく。
暴露系配信者ヒナ。
好き嫌いはともかく、彼女はれっきとした大人気配信であった。
それは勿論、彼女の芸風が受けているということもあるんだろうが、なによりは『彼女が美少女』であるのが、大人気の理由なんだろう。
僕は勝手にそう推察している。
つまり、超可愛いのだ。
……男として、少年として、そんな美少女の姿は一度でも良いから直接見てみたかった。
そんな単純的で、くだらない思考。
だがそれでも、そこには確かな熱意があった。
「わざわざ来てもらって、このまま帰すのはなんか悪いしさ。会おうよ」
だから僕はそう結論づけるのだった。
彼女は渋々だが、僕の意見を了承してくれた。なんだかんだで彼女は僕のことを信用してくれているらしい。
多分、ね。
◇◇◇
「久しぶりです〜勇者さん〜」
それから数分後、地雷系ファッションの美少女が部屋に入ってきた。うむ。やはり可愛かった。
黒のハーフアップツインテールに、黒と白を基調としたゴスロリ。
まんまるで、キラリと輝く黒の瞳。
低身長で小動物みたい(僕が言えることではない)。
少なくとも、可愛さに関しては文句のつけようがなかった。
「久しぶり、ね」
「それと、そちらの方は初めまして! 話題に上がってる謎多き男の子! こんにちわ!」
「……ああ、こんにちわ」
この部屋に椅子は三つあった。
僕は先程とは異なり、勇者の隣に座っている。そして僕と秋元の位置から机を挟んだ先にあるのが、誰も座っていない空席だった。
そこに、彼女はゆっくりと腰をかけた。
「最近、暑くなってきたのねえ」
「ええ、そうね」
「あ、後いま、こっちで配信中だけど良いよね〜」
「構わないわ──それより、よ」
ヒナが部屋に入ってくると、遅れて美波が姿を現し、扉を閉めた。
「貴方。今日は何の用事かしら? 何が目的で、このお屋敷に訪れたのかしら?」
「え? いやあ、なんだろうね」
「誤魔化さないで、彼が目的なんでしょう?」
そして絶壁付箋は、僕の方を指差した。
いやあ、僕の為に来てくれたと言われるなら照れるなあ。
「いやでも待ってくれよあき──えーっと、ぜっぺ……じゃなくて、勇者」
「は?」
「ごほんっ! もし彼女がさ、僕に会うことが目的だとして。なんで勇者の家に今、僕がいる時にピンポイントで訪ねられるんだよ」
僕は直感的に出てきた疑問を、口にする。
しかし。
「私の情報網、馬鹿にしないでくれないかなあ? 貴方がどういう力を持っていて、どんな実力者なのか、それは分かってないけどー。君がどこの高校に通っていて、今日の帰り道、どういうルートを通って此処まで来たか、ぐらいはね。把握してるんだよ?」
いともたやすく、その疑問は一瞬にして打ち破られた。……同時に恐ろしい、と思った。
ストーカーじゃないか! そう言いたくなったが、喉から出る直前でなんとか止める。
そういえば、彼女には熱烈なファンがいるんだった。
そして彼女は現在も配信中である。
つまるところ、ここで彼女に対する批判なんか口にしてみれば、熱烈なファンからどんな事をされるか分かったもんじゃないのだ。
だから僕は本能的に口を結ぶ。
「じゃあやっぱり、自分で言うのは気恥ずかしいけれど、ヒナさんは僕に会いに来たのかい?」
「……」
しかし彼女はそれに答えることなく、黙りこくっていた。何なんだ。それどころか彼女は顔を俯かせた。
全くヒナという少女のペースが、掴めない。
僕は不思議になって彼女の顔を覗こうと、前屈みになった。
その刹那。
僕の首元に、高速で鎌が降り流された。
「ッ!?!?」
僕は首を上へと突き出すように伸ばし、ギリギリのところで黒に塗られた刃を回避する。
鎌はそのまま勢いを緩やかに落としていき、いつの間にか立ち上がっていた──悪女の両手へと還る。
急に彼女が、攻撃を仕掛けてきたのか?
というかその鎌、どこから出てきたんだ……? もしかして、大きくなったり小さくなったり出来る特別なアイテムなんだろうか?
んなことはどうでもいい。
「へえ、コレ避けれるんだ」
地雷系少女が薄気味悪く、笑う。
……一秒でも反応が遅れていたら、僕の首は体とさよならしていたことだろう。
「危ないッ──なっ!?!? なんて危険なことをしてくれるんだ」
「ちょったあんた! 今のはあまりにも危険な行為なんだけれど!?」
僕と秋元がほぼ同時に叫んだ。
二人とも立ち上がって、微かに後退りする。すると高らかに、お腹を抱えて乱暴者が笑い始めた。
「ははっ、はははははっ!!! ……決めた。私、決めたよ!」
俯かせていた顔を上げ、まるで絶頂するかのように天を仰いだ。
まるでその様は、狂人。
彼女は自身の武器でろう漆黒の鎌を、その先を、僕へと向ける。
一瞬、怯んでしまいそうになった。
「勝負しようよ、君──?」
唐突に。あまりにも唐突に。彼女がそう提案してきた。その日本語が何を言っているのか、頭で飲み込むまで、僕はそれから数秒間を要したら
「しょ、勝負だって?」
「そう。木で造られた武器でも、模擬戦。きっと盛り上がるんだと思うんだあ」
彼女がニヤリと、笑みを見せた。
即座に勇者が否定に入る。
「そんなの、なんの意味があるの!」
と。
しかし、それに関してヒナは考えてきているようだった。
「私は貴方の実力を知りたいの。流星の如く現れた、貴方のね。冒険者としての実力が。──この模擬戦をして、もし君が勝てたら、それはそれは凄い盛り上がると思うよ?」
「はあ、別に僕は盛り上がったところで……。悪いがそういうのには、興味ないのさ」
「ほら! こいつもそう言ってる! だから、こんな意味不明な提案しないでよ!」
要するに、僕が模擬戦で彼女に勝てれば……大いに盛り上がって、僕の冒険者としての知名度は鰻登りだぞと言っているのだろう。
だが生憎、僕はそう言うものに一切の興味を持ち合わせていなかったのだ。
残念だったな。
僕はそんな話にはのらないぜ?
するとヒナは残念そうに、右手の人差し指を唇に当てつつ続けた。
「ええ〜それは残念だなあ。きっと有名人になれれば、君に沢山の可愛いファンが付いてきてくれると思うのに〜」
──。
───城里に、電流走る。
「その勝負ッッ、のったッッッ!!!!」
直後、僕はそう言うのだった。
そして部屋に数秒の静寂が支配したのちに、勇者なリアクションを取る。
「ぇええええええ!?!? 待ってよ! あんたそれはいくらなんでも、チョロすぎないぃぃいいいい!?!?!?」
そんな修羅場の中で、暴露系配信者の少女は笑っていた。
その笑みの中にどのような感情があり、詳しい目的があるのかどうかは、少なくとも現時点の僕には察する事が出来なかった。
──ここから、物語の展開がどんどん加速していきますッ!!
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