55『登録者、それと友』
『東京護衛』二日目は特に何事もなく終わった。配信を切る。
今日はやけにコメント欄が賑やかだった。
コメントは読んでないので、どうしてなのかは分からないが。
「にしても」
魔物の数は減っているような増えているような……、多分あんまり変わっていないんだろう。
「昨日まあまあ倒したのに、今日も結構いたよね、魔物」
勿論、当初に比べれば本当に──居なくなったと表現して過言ではないぐらいに、魔物の数は減ったのだけれど。
「そうね。貴方みたいだわ」
「僕みたい、というと」
「虫みたいってことよ」
……うわ、ひっでえ。
城里学が鈍感なのを良いことに、最近の秋元は遠回しにちょくちょく馬鹿にしてくる。
毒舌感は前よりも悪化したような。
うん。
「はあ、もっと激甘で天使みたいな幼馴染が欲しかったぜ──」
彼女に聞こえないように小声で呟いてから、
スマホで魔物の討伐数ランキングを確認する。
「討伐数は264匹か……まだまだ遠いな」
黒町の話が本当だとすれば(最強頭脳に嘘はないだろうが)、このランキングで三位に入れば国指定冒険者の推薦を確実に取れるって話になるのだが。
現在の三位は風間次郎で、記録は1031。
ペースを上げていかなきゃ、追いつくのは到底厳しいだろう。
「でも残念ながら、今日もここ一帯の魔物は狩り切ってしまったから──嘆いても意味ないわよ、馬鹿なの」
「それぐらい分かってるさ」
どれだけ馬鹿で脳筋な僕でも、それぐらい分かってる。
嘆いているだけじゃ何も変わらないって!
はは!
ははは!
……ん、落ち着けじぶん。
「ところで今日の夕飯はなんだっけか、秋元」
「え?」
自分でも、本当に『ところで』だと思った。真剣な今後の話から、いきなり夕飯の話題。
まるで家庭的。
夕方、料理を作る母にそう質問する息子の姿が目に浮かぶ。
「───いやさ、毎回毎回のホテルの夕飯が美味しくて、今日はどんなもんなのかなって」
東京の事変が起こって、都心は壊滅的なダメージを受けた。問題の起点となった辺りのビル群は全壊し、水道管は絶たれ、挙げ句の果てに大火事が発生した。
東京。つまりは日本の首都なだけあって──あらゆる物が密集しており──場所的な問題もあり、未曾有の大災害に発展してしまったわけである。
しかし、そんな緊急事態の中でも国際ダンジョン研究所の飯は──インスタントであるはずなのに……相当に美味しい。
それも癖になるほどだ。
「まあ確かに夜ご飯が美味しいのは同意だけど、アンタには話したくないわ」
「なんでさ。良いじゃんちょっとの秘密ぐらい教えてくれよ」
「じゃあ、城里の強さの秘密を教えてくれるなら───喜んで」
「……」
皮肉混じりの提案に、僕は肩をすくめる。
「それはいつか話すよ」
「いつかって」
「話すべき時が来たら」
「その言葉、嫌いだわ」
今回も上手く誤魔化そうと(いつも本当に上手に出来ていたのかは知らない)していたのだが、ダメだった。
改めるように向き直り、僕の正面を見る彼女。
秋元奈々の黒いストレートが、夕暮れの突風に翻る。
「前は最強頭脳さんに止められたけど、今日はいない。だから聞かせてもらうわ」
黒町はいない。
今日は研究所の方で調べなきゃいけないことがあるとかなんとか。
詳しくはともかく、不在だ。
「先輩が居ないからといって、僕が口を開くと思う?」
「開かないなら、無理やり開けるだけ」
「なら、秋元に悲しいお知らせだけどさ。実力行使なんて僕には通じないよ」
「私より強いから?」
「違う。僕がたとえ秋元より、勇者より弱くても……ソレは決して軽口で明かしたりしない。出来ていいはずがない」
この発言を聞いても、ピンとは来ない様子の勇者。やっぱりコイツは僕なんかよりも鈍感だよ。
……ほんっと、フザけている。
「はあ」
ため息を吐かれてしまった。
だがそれには少しだけでも『諦め』が籠っており、ようやく彼女からの詮索が終わると安堵して、僕もため息を漏らすのであった。
やれやれだよ、って。
◇
「後輩、どーやら凄えことになっているみてえだな?」
研究所にて美味しい夕飯を食べ終わり、午後7時を回った頃。
僕と黒町は外に出て、星空を眺めながら談笑していた。上を見上げると満点の星空が広がっていて、雲は一つとして存在しない。
「凄いこと?」
「ああ、お前はスマホ見てねぇーのかよ」
「スマホ?」
なんだろうか。
不謹慎な話だが、この大災害が全国各地で起こっているとか──んなとんでもなく凄えことじゃないよな。
「んあ、見てねえの。自分のアカウント」
「アカウント?」
見当がつかなすぎて、オウムガエシばかりしてしまう。
「ばあーか、なんでここまで話して分からねーのさ。お前が配信しているアカウントだよ、今日のコメント欄は良い感じに騒いでいたろ」
「ぁあ、言われてみれば……そんな気が」
しかしコメントは読んでいないので、盛り上がっていた理由は不明なのだけれども。
「おめでとう」
「は?」
突拍子もなく、最強頭脳は言った。
そして手を前に差し出してくる。
今更、握手なんてな。若干気恥ずかしいのだけれど……まあ、別に良いか。
僕は彼の手を取った。
「なんのことかサッパリだけど」
「本当かよ。これには呆れるぜ」
「本当に見当がつかないのさ、仕方がないだろう?」
「──城里学。冒険者ホワイトの配信アカウントの登録者が100万人を突破したんだよ」
「あ、そゆこと」
そこでようやく納得いく。
『スマホ』『自分のアカウント』『コメント』──『配信』。
確かに、ヒント通りである。
「なんだろ、いちおう配信者としての目標にしてたけど……こうもアッサリ突破しいまうとなあ」
「でも登録者が増えるのは良いことだぜ」
「なんで、知名度が増えるからか?」
「もしお前が承認欲求の為に生きているのなら──ソレで満点回答だが、しかし違げえな」
だろ? と、同意を求める最強頭脳。
もちろん、
「違いないね」
と、同意した。
物理最強と最強頭脳に異論は無い。
「冒険者ホワイトにいま必要なのは、試験で推薦を得るための結果。ランキングスコアだ。命を狩った数だ」
「うん」
その通り。エグザクトリィ。
「より多くの魔物を狩る──スコアを伸ばすには、どうしても単純な力だけじゃ限界がある。必要なのは?」
「あー、つまりは足か。探知能力だ」
「そう。いくら簡単に、最速的に、魔物を一匹狩ることが出来ようとも──そもそも魔物を見つけられなきゃ意味がねえってことだ」
そして、それが前述した話に繋がるとするのならば……答えはただ一つ。
「登録者が増える、つまりその中にいる自分のファンである冒険者に──ヘルプを要求するってわけか」
「そーいうこっだ。お前のファン、言い方を悪くすれば信者だが……ソイツらに魔物を発見してもらい、お前はそれをただただ倒し尽くす」
そうすれば、
と彼は続けた。
「ランキングの三位以内に入るのも現実的になってくる。つっても、物理最強次第だがな」
「僕を誰だと思ってる」
「物理最強さんヨォ、じゃあ逆に聞くが……オレを誰だと思ってる?」
「最強頭脳」
「ああ、そうだ。そしてオレは自分がそうだと思ったこと以外は言わない主義だ」
つまり自分に嘘はつかない主義者。
そして最強頭脳の考えることは──全てが正解である。たとえ正解のない問いでも正解を見つける、それが最強頭脳。
「"僕も"、自分に出来ないことなんて無いと思っているよ」
分かってる。
分かってるさ。
僕らは互いに分かりきっている。
だから、互いに肯定し合う。
だから、その後に言葉は要らなかった。
お酒はなかったけど、自分には酔っていた。
だから、無言のままで、
星空を見つめながら、
実にロマンティックに、
僕たちは初めての友として『乾杯』を交わす。
だから、
いや、
ただ、それだけだった。




