53『暗い首都で路を切り拓く』
国際ダンジョン研究所──大フロアとも呼べる、真っ白な巨大立方体の中で。
大きなテーブルを囲う様にしてたちは、これからについての会議をしていた。此処に戻ってラジオなどで情報収集、僕はただヒナと通話して、大体1時間後の話だ。
「さて、東京の被害は信じられねぇぐらい甚大で、流石の俺でも簡単に見過ごせねで事案だが──」
だがしかし、と前置きをしてから。
黒町はニヤリとシニカルに笑う。
「そんな事案を見て悲しんだり、復旧にあたるなんかよりもしなきゃいけねぇことがある」
「しなきゃいけないこと?」
「ああ」
そんなもの、あったっけか。
思い出すように、腕を組み天井を見上げる仕草をしてみた。
「おい。まさか忘れてねぇよな?」
「えーっと。もちろん。セブンティーンアイスクリームを全種類食べ比べして、どれが美味しいか決めるんだろ?」
「笑えねえ冗談だ。殺してやろうか?」
それこそ笑えない冗談だった。
まあ間違いなく、僕のこの失言(物忘れが激しいだけ)も、クロマチの発言も、多分決して冗談ではないのだけれど。
「お、落ち着け……」
「安心してください、黒町さん。勇者としての使命を果たしますから」
勇者としての使命?
何を言ってるんだ、この勇者は。
「ん?」
「必ずや勇者として、魔王・シロサトを倒します」
おい。
「言っとくが僕は魔王じゃねぇ!」
何を言い出すんだ、この勇者は。
いや、絶壁勇者か。訂正しよう。悪かったと思っている。
──僕は勇者側、冒険者のはずだってのに。
「え? そうなの」
城里学は健全な冒険者だ。
「……唖然としないでくれ」
「ともかく、だ」
僕たちの意味のない会話を長引かせるこたはなく、最強頭脳は切り出す。
「俺たちはしなきゃならねぇ。いや、城里学。……物理最強一人がしなきゃならねぇことか」
「僕がしなければいけないこと」
「そうだ。先の災害で薄れちまってるだろうが──お前らは国から命を狙われていて、その状況を打破する為に『城里を国指定冒険者』にさせようと決意したばっかりなんだよ」
もちろん、忘れてはいないし、その意識が薄れてしまっている事もない。さっきのは失言ではなく、笑えない冗談に過ぎない。
──つーか、国から命を狙われている身で……忘れるはずがないのだ。
忘れられるはずがないのだ。
明日は国に殺されているかもしれないっていうのに。
「でもなあ」
やはりというか、実際問題、
「僕程度が国指定冒険者に成れるのかなあ」
そういう疑問がある。
ただ強いだけで(いや、自分で強いと明言してしまうのは、いささか自身のポリシーに欠けるし、なんだかイメージが悪くなりそうなのだ)──アレスターってのは、務まるものなのか。
それに試験に合格出来るかすら、未だあやふやだ。なろうと思えば、誰でも成れる……そんな職業じゃないからな。
れっきとした国家公務員みたいなもんだし、その辺については良く知らないが……しかし試験という物は存在する。
当たり前だが。
順当に考えれば、その試験に僕は落ちる可能性だって十二分にあるわけだ。
だから、うーん。どうなんだろう。
「城里は強いからの──きっと成れるぞ」
そこで、先程から静かにしていた三宮が……僕の肩を叩いた。きっと成れるさと、喝を入れてくれたわけか。
ありがたい。
「そうかな」
「うむ、君はヒーローになれる」
あれ。
「……ん」
聞き覚えのあるセリフだ。
いや、知っている。漫画作品に疎い自分でもわかるぐらいにはメジャーなやつだ、これ。
「間違えたの、君はあれ? スター! になれる」
「国指定冒険者のアレスターって、それが由来なのか!?」
「そうじゃよ! わははははっ!」
まじか。
それは新発見だ。
確かにスター的ではあるし、一部は本当のスターの様に崇拝されていたりするらしいけども……。
でも、"あれ、スター"がアレスターの由来だなんて──信じたくない話だな。
なんか純粋にダサい。
あくまでも、僕の価値観でだけど。
「違げぇよ」
"一刀両断"。
やはりいつものように、最強頭脳のお言葉であった。
「オリュンポス十二神の一柱にして戦いの神、アレスの名を借りている──それだけに過ぎねえよ」
「そうなのか?」
だとしてもなあ。
此処は日本なのに、なぜにオリュンポス十二神の名を──分かりやすいからだろうか?
分からなかった僕が、いまこの世界に存在するわけだが。
一般的な教養のある人にしてみれば、ああ、戦いの神ね、それの使徒的な意味なのね、と瞬時に理解できるのかもしれない。
そう考えると、うん。
凄えな、一般人。
「ああ。ま、そんな事はどーでもいい。心底な。心底どうでもいい」
「シンソコ」
「それよりお前は──」
「"国指定冒険者になることだけを意識しろ"、か?」
僕のアンサーに、目の前の奴は満点の笑みを浮かべた。
「ご名答」
よくやるじゃん、と付け加えた。
流石にここで外す僕ではない。そこまで舐められては困るものだし、決める所はきっちり決める(そんな事ないのだが)冒険者……それが冒険者ホワイトという存在だ。
「アレスターの由来なんてどうでもいい。不安を感じるなんて以ての外」
「そうは言ってもなあ、やっぱり」
やっぱり──成るのは難しそうで、不安を覚えずにはいられないのだ。
逆に聞きたい。
どうしてそうも、断崖絶壁に対してポジティブになれるのか。……いや、これは愚問か。聞くまでもなく、答えは分かった。
彼は『最強頭脳』で、僕らの断崖絶壁は──多分、壁ですらなく、ただの地面にしか思えないのだろうよ。
だって、最強頭脳なのだから。
「やっぱりじゃねぇよ──俺は、"お前にゃ心配ねぇ"。物理最強のお前なら心配ないって、断言してるんだぞ」
「え?」
それから、彼はスマホの一画面を見せてくる。
「……これって」
「災害に巻き込まれた奴らには悪いが、これは俺たちにしてみりゃ好都合だったようじゃねぇか」
三宮がなになに、とスマホを覗き込む。
「東京護衛、なんじゃのこれは?」
「そのまんまさ。東京の護衛。護衛をする事で金が貰えるわけじゃねぇ、ボランティアだが──冒険者としての功績を、国に保障される。いちおう滅茶苦茶に名を馳せている存在とはいえ、」
黒町が続ける。
「勇者専用のダンジョンに潜れたり、魔素が無かったりしても、地位としてはただの、普通の冒険者だ。国に命を狙われている──なんてのは、いささか普通じゃないが」
「じゃあつまり」
僕は元々、1週間の準備が掛かった後に─特殊推薦を黒町に頼み、試験を受けて国指定冒険者になるというルートの予定だった。
だがまず最初に、僕がどうするのだろうと不安になっていた点は──試験云々よりも、
そう。
黒町からとはいえ、どうやって国の認める推薦を取るのかどうか。
という所だった。
「国指定冒険者なんかよりも、この依頼で活躍出来れば……特殊推薦の枠なんて簡単に取れる。たとえ国に命を狙われていたとしてもな」
「なるほどな」
活路は見えてきた。
これだ。これなら確かに、いける。
「つーわけで、次のステップは──明白になった。城里、お前ならこの依頼で頭角を現すなんて余裕だろ。どうにかして功績を残せ」
「ああ、言われなくても。もちろんだよ」
出来る。
物理最強と、最強頭脳から呼ばれるだけの力は見せてやる。他の奴らに魅せてやる。
とは言っても緊張するが──。
やれるだけ、やってみよう。
頑張ってみよう。
このドス暗い首都の中で──路を切り拓くために、やってみるのだ。
その先がまた、暗くても。




