43『城里学』
いつもの武器はない。
相手は炎龍──基本的にフロアのボスなどを務める強敵の大型魔獣だ。
「久し振りに見ると、すっごいデカく感じるな……」
全長にして10メートルほど、
頭の高さといえば3メートルぐらい。
『グルグァ?』
ガラスを突き破った衝撃で錯乱中のヤツに向かって、僕は一直線に走り出すッ!
「まずは何が最優先だ……?」
走りながら辺りを見渡し、把握する。
このフロアでまだ生きている人──僕と暁ヒナを含めて、23人か。
僕が囮になってみんなに避難してもらうか?
『グルぁぁ!!』
考えながらも、まず炎龍が仕掛けてきた鋭利な爪による引っ掻き攻撃をジャンプで回避し、そのまま背中に飛び乗る。
「ぐぬぬ」
そもそも、僕は素手でコイツにダメージを与える事が出来るのだろうか。
「そりゃ無理って話だよな……」
だが、なんとかする。
それが城里学の今の役目だ。
この状況がどういう風になっているのかとか、小難しい問題は最強頭脳に任せてしまえばいいのだから。
やるしかない。
僕は勢いをつけた手刀で、ドラゴンの鱗が比較的柔らかい首を横から切り裂いた。
爪が鱗に当たって摩擦し、削れていく感触。
『グファ!?』
炎龍が暴れた為、僕は床へと吹き飛ばされる……叩きつけられる。
受け身をとってダメージを最小限に抑え、
────ゴゴゴゴゴゴ、とビルが揺れて土埃が舞う。
「っ!?」
基礎部分ではないとはいえ、こんな巨体の化け物が突っ込んだのだ。確かに倒壊しない方がおかしいか……っ!
くそ、崩れるのも時間の問題だな。
ドラゴンが繰り出す乱れ引っ掻きのような爪攻撃をジャンプやらスライドで避けながら、飛び蹴りをかます。
だがまあ、少し揺れ動くだけだった。
というか失敗。龍はすぐさまもとの姿勢へ戻り、体制を整えていない僕へ口を大きく開いて噛みつこうとしてきやがる。
……やば、油断したっ!?
「こ、こっち見なさいよ……ッッ!!」
僕とは反対方向に位置する、竜の尻尾あたりで"彼女"は声を張り上げる。
言うまでもない、彼女は暁ヒナのことで。
その声によって、ドラゴンは静止し……声の主を見た。
「ヒナ、スキルを使えっ!」
電撃が走った様に思いつく。
これがあればいける、というプランが。
そう、暁ヒナのスキル《魅了》でドラゴンを操り、このフロアにいる人たちなどを背中に乗せて脱出する。
そんな作戦を。
「───わ、分かった……!」
希望も束の間──ドラゴンは彼女の方を向くかと思えたが、しかし尻尾を薙ぎ払う形で……彼女を攻撃し振り払うとしたのだ。
それは本当にまずかった。
尻尾には棘が付いており、さらに巨大だ。この尻尾による薙ぎ払い攻撃なんて喰らえば、そりゃあ人間はひとたまりもない。
一瞬でただの赤い肉塊に染まる。
何故か僕は動けなかった。……全身の血管が浮かび上がるような感覚だけん覚え、
……あ、無理だ。
助けられ────、
そりゃ違うぜ?
音速にすら達する速度で、唐突に現れた秋元は──ドラゴンの頭に対し全力の飛び蹴りを喰らわした。
「遅いぞ、勇者。どこに行ってたのさ」
「……悪かったはね、遅くて! ビルから吹き飛ばされて、登るのに一苦労したのよ」
衝撃により尻尾は軌道を変え、暁ヒナには勿論当たらない。
自分は彼女を助けられない。動けなかった。
……それは全て、間違っている。
だって、僕がそうした理由は単純で。
城里学が動くまでもなく、現れた勇者がそんな未来を阻止するから───。
ドラゴンが、顔を暁ヒナの方へと倒した。
「魅了ッ・浮遊!」
こうしてドラゴンは暁ヒナに支配された。こうして僕と勇者、暁ヒナは龍の背中に乗って……このフロアにいた生存者たちを全員のっける。
それからビルから離れ、安全な場所を探すことになったのだが。
……無い。
「嘘だろ」
「本当よ、何が起こっているかなんて分からないけど」
所々の建物から黒煙が上がり、炎の海になっている場所さえあった。まさに地獄絵図である。
地上では魔獣が大量にいて、人々は逃げ惑い……冒険者らしき人々は果敢に立ち向かっていた。
居ても立っても居られない、加勢したい。
「ヒナ」
「……なに?」
「僕はこの戦いに加勢するから、ヒナはみんなを安全な所を探して届けてやってくれないか」
「……ゃ」
ドラゴンを操る暁ヒナにそう提案してみるのだが、風で聞こえなかった。
「なんて?」
彼女は首を振り、ほっぺたを自分で叩く。
「ううん、なんでもないよ! 分かった……けど、でも無理しないでよ?」
「当然」
高度にして15メートルもないか。
ああ、これぐらいだった……本気になれば、余裕で降りれる。
ゆっくりと降下場所を見定め、ドラゴンから飛び降りた。
「ねえ、アンタ馬鹿なの?」
「は?」
……知ってはいたが、勇者も僕に続いて飛んできやがった。
「何がさ」
「この大量の魔獣を素手でやるなんて、不可能ってことよ」
そう言って秋元は剣を差し出してきた。
剣というか、僕のダガーナイフである。……いつの間に盗んだんだ!?
「あ、りがとう? でも何でこれを、アンタが持っているんだ」
「アンタがホテルの部屋に置きっぱだったから持ってきたのよ。もしもがあったら、と考えて? 緊急時用の武器ぐらい冒険者なら携帯しておくべき」
「……はいはい、分かったよ」
無事に地面に着地する。
さて、いつもの武器を手に入れたことだし───はやく、この地獄を終わらせよう。
ここは何処だろうと辺りを見渡す、
広い広い交差点であった。
これが渋谷のスクランブル交差点ってやつか。
信号は止まっており真っ黒。辺り一面、炎が滾っており止む気配はないし、この惨状じゃ消防車なんて来れるはずもない。
逃げ遅れたのか、焼き焦げた死体が転がっている。
更に言えば、ソレらに群がる魔獣たちが沢山といた。ライオンの様な形をした黒い魔物。
開かれた口から鋭い牙と、血らしき赤い液体が粘液性を持って広がっていた。
何匹だ?
……七匹ぐらいか。
「やれやれ」
奴らがコッチを一瞥する。
「貴方、いくら強いからって調子に乗らないでよね……?」
「冗談はやめてくれよ、勇者」
「は?」
1秒にも満たない刹那で僕は、醜い化物たちの集団に迫り───全てを小さなブロック状の肉片へと切り刻んだ
血が空を踊る。
全て死んだ。
音もなく、醜い奴らの掃除を完了した。
「久し振りに本気で戦おうと思ったんだ。それをわざわざ無下にするようなコト、するわけないだろ?」
そこで、秋元はそう言った。
「いやいや、だからこそ……さ? アンタって本気になると、ちょっとというか、"おっちょこちょい'になったりじゃない?」
例えばダンジョンでよく色々な罠に引っ掛かったり、さっきのドラゴン戦でも……尻尾からの攻撃を考慮していなかったり、と。
確実性を持たすために、例を挙げてくる。
だがな、秋元。
「違うな。アンタは一つ大きな勘違いをしている」
「勘違い?」
「僕が冒険者として、初めてアンタと勇者専用ダンジョンで出会った時から今まで」
幼馴染として接していた時ではなく、だ。
「──僕が本気を出した事なんて、一度としてなかったんだよ」
勇者と喧嘩し戦った時も、
暁ヒナと模擬戦をした時も、
フロアボスと戦った時も、
松永啓介と戦った時も、
最強頭脳に襲われ戦った時も、
一度たりとも僕は実際、本気出したことがなかった。
出す演技はしてきたが、出してしまうわけにはいかなかったのだ。
一瞬で全てが片付いてしまうから。
「───は?」
再び困惑する秋元のことは、もう気にしない。
僕は城里家の最高傑作だ。
城村に従事する子路里家の末裔にして───"呪いの双子"と呼ばれた内の一人。
双子のうち生き残った、ただ最強なだけの少年。
「分かったよ、秋元」
「は、はい?」
「──本物の"最強"を、教えてやる」
最強少年はこのフザけた世界で物語る。
最強ってのが一体どういうものか、と。
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