42『前哨戦』
今朝、暁ヒナから送られてきたメッセージ通り……僕は待ち合わせ場所へ向かった。
待ち合わせ場所というのは渋谷駅8番出口を抜けた先、ハチ公前だ。
田舎者にしてみれば電車に一人で乗る事ですら一苦労だというのに、駅が立体的ものなれば、そりゃあもう無理。
「やっほー、久しぶりっ!」
「いや、2日振りぐらいだけどね」
朝の10時が待ち合わせ時間の筈で、僕は5分前に来たのだが彼女は既にそこにいた。
ゴスロリじゃない──いつもと違う服装か。
「なにそのファッション?」
「ダメだったっ?」
水玉色のハイネックセーターにミニスカ。お似合いだが、これじゃ別人だな。
ゴスロリの暁ヒナではない。
「別に可愛いとは思うけどね」
「……それ本当?」
「本当だよ、嘘偽りない」
そう言ったら、彼女にそっぽ向かれてしまった。デジャヴを感じる。
ちょっと前にもこんなやり取りをしたような……。
「取り敢えずどうする? こう言うと悪いが、僕は全然エスコートとか出来る男じゃないからな」
実に申し訳ない。
そんな事を思っていたら通知が鳴った。開くと、そこにあったのは秋元からのメッセージ。
内容はというと、
『エスコートしないってほんとクズのすることだからっ! アンタは早く、雰囲気の良い所に連れてってあげなさいよ!』
なんていう、僕が実行人と考えると、とても無謀な指示であった。
でもやるしかないか!
「ヒナ」
「は、はい」
「いくぞ──っ!」
何処に行くかは特に考えていない。
走れば良い。走って目についた所、僕が魅せられた所、暁ヒナが行きたいといったら、そこへ行けば良い。
とにかくこの気まずい空気を打開する為に、僕は動き出した。
……にしても、なんでこんな事になったのか。
話は今日の朝に遡る。
◇
昨晩、四人で焼肉を食べ満腹になり──今日を迎えたが、待っていたのは憂鬱であった。
『やっほー、城里? 東京は10時頃に行けそうだから、渋谷駅のハチ公前分かる? そこに、朝の10時集合ねっ!』
朝起きてスマホを開くと、そんなメッセージが届いていたのだ。
まあ予想通りというか、昨日彼女が言っていた通りの未来になったわけ。
最悪なのは、ソレを勇者に見られてしまったことだ。
「え? 城里、暁ヒナとデートに行くのっ!?!?」
しかもデリカシーも品もモラルもねぇ、この幼馴染女勇者だ……! その事を朝食バイキングで研究所職員が居るときに、大声で言いやがる。
最悪すぎて、もう終わりだった。
まぁあの最強頭脳がこの場に居なかっただけマシ、不幸中の幸いである。
「デートというか、二人で遊びに行くだけさ。半ば強制的にな、罠かもしれないし」
「し、信じられない……」
「僕だって信じられないよ」
今にも膝から崩れ落ちそうな秋元は口元を抑え、笑いを堪えていた。
おい!
「ぷぷ、ふーん。城里がデートね! でもでも、城里は相手が暁ヒナだとしても、女の子をエスコートするなんて出来なさそうじゃない」
「あぅ、悔しくて反論したいけど……その通りさ」
「でしょ!」
嬉しそうにニヤける少女。
間違いねえ、やっぱり秋元は性格が悪い──。
「秋元相手なら特に何も考えずに、いけるんだけどな」
「は? 私だって女の子なんですけど。違うっていいたいの?」
……怒りの閾値が低いな!?
「ごめんて、秋元は女の子だよ」
「でしょ、そりゃそうなんだけどね。当たり前なんだけどね」
秋元が腕を組みながら僕を見下ろす。
なんだ、見下ろされるのが僕の趣味だってコイツは知っていたのか?
……今まで誰にも、親にすら教えた事がない秘密だっていうのに?
どうやらそうではないらしい。
なんだ。
「まぁそうね、私だってれっきとした乙女だし? アンタが暁ヒナのデートで困った事があれば、遠くから監視している私がスマホのメッセージで助けてあげなくもないけど?」
「そりゃ助かる! お願いします!」
「え? ちょ、こういうのって一回は断るものじゃないの。ソレが様式美じゃないの」
様式美とか関係ない。
僕は僕のやり方を貫く。
「僕は乙女心とか分からないタイプだからさ、アンタが助けてくれるのは有難い──悪くない幼馴染を持ったなあ、僕は」
「そういう時は、"良い幼馴染を持ったなあ"って言った方がいいわよ……」
わざとだよ、わざと。
ともかく、そんな訳である。
この暁ヒナとのデートというか、遊ぶ約束だ。これを秋元は遠くからバレないように監視し、僕のエスコートが行き詰まった時に助けてくれるとのことだった。
これで一安心だな、あはは。
◇
なんて思っていたけれど、現実は上手く運ばないものだ。僕はとにかく急ごうと走る事に集中した為、ヒナのペースを早めてしまっていた……!
「ちょ、ちょっと早いよ!」
「あ、ごめん」
幸先悪い中で、僕たちはふと見つけた商業施設の中に入っていく。
かなり大きな複合型商業施設で、やろうと思えば此処で1日過ごすのも容易だろう。
入り口のすぐ近くに、ゲームセンターがあった。
「いくか?」
「うん。私、メダルゲーム得意だよっ!」
じゃあそのメダルゲームという物をやってみるそとにしよう。
「初めてだ」
「え、本当に?」
「うん。というか実は、ゲームセンターに入った事すら今日が初めてだよ」
「え……、本当に?」
素で仰天するヒナに、逆に僕が困惑した。今までダンジョン攻略しか能の無かった田舎民の僕は、ゲームセンターなんて凄い所行った事なかったのだ。
「騒音具合はやっぱり、外と変わらない。というか、猿型の魔獣とかの叫び声に似ているな」
「あー。えっ、猿型の魔獣なんて見たことない」
まじ?
「まじかよ」
それからメダルゲームを数十分やった。取り敢えず暁ヒナが上手すぎることだけ、分かる。
「コイン集め過ぎちゃったかなあ」
「……凄えな、アンタ。あの重量の塊みたいなコインの塔を崩しちまうなんてさ」
「そうかな、えへへ」
────コインゲームは楽しかったが今やっているのはソレではない。恋のゲームだッ(なんちゃって)!
だから次の作戦を実行しなければならない。
……のだが、次の作戦なんてなかった。
『次は映画よ、このビルの7階にある映画館に行きなさい! そこでホラー映画を見て、吊り橋効果を狙うのよ!』
スマホから、そんな秋元のメッセージが送られてきた。吊り橋効果、聞いたことがある。
「次は映画をみよう」
集めたコインをゲーセンに預けて、エレベーターに乗り7階へ向かった。時間も時間だからか、まだ朝だからか、客はそこまでいない。
「どんなジャンルが見たい?」
いま上映中の映画がんどんなものか調べてみるけど、ことごとく知らない物であった。
まあ、そうだろうなと思ってはいたけど。
「ヒナが選んでくれ」
「わ、私が選ぶの?」
残念ながらホラー映画はやっていない様だったので映画のチョイスは、流行に乗るのが大好きそうなヒナに任せることにした。
「じゃあこれかな?」
「ラブコメ?」
「うーん、部分的にそう」
部分的に、というと?
「ラブコメと異能バトルが合体した高校生の青春ストーリーだよ!」
「なるほど」
高校生と言われて、ふと疑問に思ったが……暁ヒナは僕と同級生なわけではない。
では何歳なのだろうか?
女性にソレを聞くのがタブーなことぐらいは僕も知っているけれど、気になってしまった。
「どしたの?」
「いやね、入学したてって言うのに僕の高校生活もあと3年で終わりかあって考えると……高校が3年間しかないのは短いなあって思っただけ」
「私は残り2年だけどね」
どうやら一つ上らしい。
「……なるほど」
そういうことだった。
取り敢えずヒナが選んだラブコメ異能バトルの映画を観ることにしよう。
◇
まあ言ってしまえば普通の映画であった。青春かと聞かれると、違うとこの映画を見たみんなが答えるだろう。
アクション映画だったな、どちらかというと。
「ヒナ、どうだった?」
「う〜ん、凄い迫力あった! 殴り合うシーンとか、なんか席が揺れていたよね!」
「確かにそうだな。妙にリアルな爆発音とかもして」
そういえば臨場感、という点で採点するのならこの映画は100点かもしれない。
なにせ主人公たちが殴り合う度に席は大きく揺れ、爆発音は直接鼓膜に入ってきた。
それは確かに鮮明で────、は?
「ヒナっ!」
「っえ?」
僕は咄嗟に暁ヒナの手を取って、全力で走り出す。高層階。7階のこのフロアには東京を見渡せる大きな長方形の窓が設置されていた。
其処には居てはいけないはずの……がいた。
窓の先にいた化物が──紅鱗をしたドラゴンが、コチラ一直線に窓を突き破り突っ込んでくる!
『ガルヴァァァァア!!!!』
バリンと窓が割られる爆音と、衝撃波が響き渡る。
……まじかよ。
なんでこんな所に、炎龍がいるのか。
全くもって意味が分からない。
「は、え、アレって……魔獣じゃん」
「ああ、そうっぽい」
何が起こっているのか分からなかった。炎龍の死角から縫う様に、こっそりと破られた窓から下を覗く。
様々な建物で黒煙が上がっており、火災も発生していて、更にはそこに魔獣と思われる生物が何千といるのが目に映った。
「───や、やばいじゃん、これっ」
暁ヒナも上級ダンジョンをクリアできるぐらいの実力者な筈だが、普段の装備をしていない上……緊急事態すぎて、随分と焦っている様子だ。
遅れて、このビルで警報が鳴り始める。
火災報知器やら、逃げてください等のアナウンスやら。
「落ち着け暁ヒナ」
「……ぅ」
考えられる事態は───クロマチから聞いた北海道での惨劇と同じ事が起こっている、という状況か。
ダンジョンから魔獣たちが溢れ出る。とかいう最悪な事態。
その時、建物が大きく揺れた。
時待たずして、このビルが若干斜めに倒れかける。
まずいな。
「ねえ、どうすれば──」
僕はあいにく、今はダガーナイフを持っているわけでもない。
だが、やるしかなかった。
「大丈夫。安心してくれ、僕は最強頭脳に認められた後輩で、物理最強の少年だぜ?」
ちょうど良かったと威勢よく笑う。
「……ちょーど良かったよ。最近は人とばっかり戦ってたからさ、心地良く闘える相手が出てきて嬉しいよ」
問題はない。
この程度は、全くもって問題ではない。
自分にそう言い聞かせ、ゆっくりと目の前を支配するドラゴンへと一歩、僕は踏み出すのであった。
1200ptありがとうございます!