40『息抜きをしよう!①』
東京で遊ぶ。
と言ったら、まず何を思い浮かべるだろうか。それはやはり人によって、相当様々だと思う。
なにせ東京は日本の首都だ。色々なものがこの都市に集約されている。
だから、やりたい事があれば大体はここ東京で完結させる事が容易なのだ。
「にしても東京は人が多いなあ」
「そりゃ当然でしょ、日本の首都なんだから。もしかして知らなかったの?」
「僕を何だと思っているのか、秋元はさ。いくら何でもそれぐらいは知っているよ」
黒町が先行し、僕と秋元がついて行く形で……東京の並木道を進んでいく。
人がいない所が見当たらない、凄い混み具合だった。これが東京の普通なのだろう。
高層ビルが林立する魔境だ。
「よしお前ら、何がしたい?」
立ち止まらずに黒町が聞いてきた。
「えっ、それはもう決めているのでは……」
「東京で遊び尽くすってことを、もっと具体的にしようぜって話だ」
「ぁあ、なるほど」
「だから聞く。別に俺は何でも良いからよ」
……"何でも良い、が一番何でも良くないのだ"という城里学の考えは一旦置いておこう。
「私は服を見たいからシカクイに行きたいです」
秋元は黒町相手だと下手に出るから、ちょっと面白い。珍しく乙女みたいに内股で彼女が言った。
……と、そんなことを考えるよりも先に考えるべき事が、僕にはあった。次は自分が何をしたいのかを表現しなければならないからな。
自分が東京で何をしたいのか。
そのことだけを思案する。
「遊び尽くしたいのはそうなんだけど、具体的に何がしたいかって言われれば……僕は思いつかないな」
焦っていたのだろう。
気が抜けて、不意にそのまま発言してしまった。これで、どれほどの城里学の優柔不断さを露見してしまったか……それは計り知れない。
加えて秋元の顔が明らかに不機嫌にやりがった。
これは流石に何か言った方がいいか?
「じゃ、決まりだな。……俺が考えたルートでお前らの望みを叶えてやるよ」
でも僕が言う前に、彼がそうまとめてしまったので僕の出番はなかった。
出番と表現するのは違うな。
自分の尻拭いはするまでもなかった──そのようにした方が最適だった。
◇
大理石の床に豪華なシャンデリア、様々なファッションが集い、店は林立している。
あれもこれも高級で、貧乏な僕にしてみれば値札を見るたびに目が眩んだ。
東京と言ったら、ぐらい有名な『シカクイ』という百貨店に似て非なる店に僕たちは訪れていた。
秋元の要望である。
シカクイの中に入ってから、彼女が僕たちの前に飛び出してくる。
「や、やっとまた来れたわっ!! 久しぶり〜〜っ、シカクイ〜〜〜っ!!」
「キャラ崩壊しているけど、大丈夫?」
あれだけモジモジしながらの注文だ。
よほど行きたかったのだろう。キャラ崩壊もお構いなしと、秋元は嬉しそうにそう叫ぶ。
迷惑かと思ったが……東京の喧騒を舐めてはいけない。その程度の叫び声は、無に等しいぐらいには掻き消されていた。
「うっさいわね、勇者が喜んじゃダメ? 別にダメじゃないでしょ。だからキャラ崩壊なんて、してないわよ」
そういうものらしい。
うーん。
ジェンダーとか色々と配慮が忙しない現代だが、やっぱり少なくともこの場にいた男子、僕と黒町にその感覚は理解できなかった。
「おい後輩、勝手に俺を仲間入りするなよ。俺は最強頭脳だぜ? その程度の乙女心、分かっているに決まってるだろ」
「ごめんって言おうと思ったけど、いや待てって奴だ先輩。なんで僕の思考が丸分かりなのさ!?」
「そりゃ、先輩と後輩の関係だからな」
絶対違うだろ。
先輩と後輩は──喋らずとも考えている事は丸わかり? いや確かに、そういうレベルで仲が良いとかいう比喩表現だったり偶然はあるけど。
彼にとってそんなことはありえない。
「だーかーら、邪推するなって。そんな考えても意味ねーから」
「はあ」
更に頭の中を視姦してくる最強頭脳に対し、物理最強は翻弄されるしか術はなかった。
ぐぬぬ。
「そんなことよりよ、良いのか? 勇者を勝手に先に行かせちまって」
「え?」
ふと、視線を前にいたはずの勇者に戻す。だが其処に、いるべき人物の姿はなかった。
……まじかよ!? ガス抜きにしても、気を抜きすぎだろっ。
焦った。
でも大丈夫だろう。
遥か先に豆粒ぐらいの大きさで人混みに紛れる勇者の姿を、僕は数秒後に見つけたし。
この人混みの中じゃ、流石に相手がコチラを見つけても何もしてこないだろうからな。
黒町と僕は必然的に二人になる。
「あのさ、これからどうするつもりだよ。クロマチ」
「ん? 考えてねえな。何もしなくていいーんじゃねえの」
先輩後輩の関係にしたって、最強同士の鏡合わせにしたって、随分とぶっきらぼうな返事だった。もしかして僕があの時、上手に答えられなかった事を根に持っていたりするのだろうか……。
「何もしなくていいって、なにさ」
「そりゃお前の要望がソレだったからよ」
「いや別に僕は……そういうことが言いたかったわけじゃなくてだな?」
何か勘違いされているようなので、黒町に訂正を求める。
その時だ、
「あのー、冒険者ホワイトさんですよね?」
ふと見知らぬ男性に話しかけられた。大人びた、れっきとした社会人のような、スーツ姿の黒髪長身男である。
身長高いのが羨ましいな──って、今なんて?
「も、もう一度言って貰っていいですか。ぼーっとしてて」
「冒険者ホワイトさんですよね?」
「え? まあ、一応そうっすね」
「うおっ、やっぱり……!!」
その男性は僕のファンだった。
「これにサインしてもらえないでしょうか!」
断る理由もないし、というか……こういう事は初めてだったのでとても嬉しい。僕もサインを求められるぐらいには、有名人になったのだなあと感慨深くなる。
彼が差し出してきたのは、まさかのダガーナイフ。しかも僕とお揃いのモノ。
「あのホワイトさんが好きで、冒険者でもないのに買っちゃったんですよ! マッキー偶然持っているので、書いて下さい!」
「もちろん」
僕と同じ銘柄のダガーナイフは、冒険者としての職を持っていないと買えないはずなのだが……。僕の父は冒険者の仕事はほぼしなかったけれど、職業としてはそうであったから大丈夫だった。
彼はどうなんだろう。
友人にでも冒険者がいたのだろうか。
しかし、そんなの知る由のない事だ。
彼に渡されたマッキーでダガーナイフの銀色刃の部分に、拙い字で『ほわいと』と書いた。
サインって思ったより難しいな。
というかサイン初心者の僕にすれば、ナイフなんて書きづらいなんて以ての外である。
「ありがとうございました! ダンジョン攻略、配信で応援していますんで!」
嵐の如く、ファンは去っていく。
「ほら、来ただろ?」
「何がさ」
そこで黒町が再び喋り始めた。タイミングを見計らっていたようである。
「別にやりたい事がありゃやればいいし、行きたい所があれば行けばいい。
別にこだわりがないって言うのなら、何もしなければ良い。別に何かが起こるぐらい、何もしなくても起きるもんなのさ」
「……なるほどね」
「物理最強は受動派だからよ、この方法が一番お前を満たせると思ったってワケ」
最強頭脳なんて大それた異名で呼ばれているだけあった。見事な予測というか、理解っぷりである。その通りだ。
最強の頭脳を持っていなければ、こんな行動思いつかないだろうさ。
感心せざるを得なかった。
さてと。
まだガス抜き休暇は始まったばかりだ。これが終わったら忙しくなるし、僕も沢山楽しむことにしよう。