39『勇者の困惑』
タイトル改題しました
「は、はぁっ!? ──アンタそれ本気っ!?」
ホテルの朝食バイキング(研究所に移住している職員が主に利用する)を嗜んでいた、いかにも庶民的な勇者である。
そんな庶民的アイドルならぬ勇者・秋元は僕の話を着て不躾にも音を立てて立ち上がった。
「食事中に急に立ち上がるって、マナーがなってないな」
「いやだって」
口を尖らし今にも反論しようとする彼女を、無言の圧力で制止させる。
「むう。……仕方がないわね、落ち着いて話すわよ」
最強頭脳にして僕と同類存在──黒町との出会いと約束と同日の今朝。僕はホテルの朝食バイキングにて彼女に、黒町と話した内容を説明したわけである。
「それで城里、それは本気なの?」
「というと?」
もはや城里学の様式美である言葉で返した。
「そりゃ国を覆す──ということよ! 冗談じゃ済まされないことなのよ、それって」
秋元は本当にビックリしている様子だった。僕も同じ気持ちであるし、冗談で済む冗談では無いことも承知している。
しかしこの提案をしてきたのは、最強頭脳の方なのだから、責めるのなら彼にしてほしい。
僕はただ願いを叶えるため、生きようと抗っているだけに過ぎない。
「国を覆すと言ったって、別に革命を起こそうなんて考えているわけじゃないけどな」
焼け石に水の発言。
「僕はただ生きる術を模索しているだけに過ぎないのさ。死にたくないのは、秋元、アンタだって同じはずだろ」
「そりゃそうだけど……まだ勇者としての使命も全うしていないし」
「でも国は僕たちを殺そうと画策してくる。だから、これは仕方がないことなのさ」
そう。仕方がない事だ。
仕方のないことだった……でも、その程度の蜜で誤魔化される勇者ではなかった。
「でも、それでも私は──国の為に頑張っていたから──みんなの為に頑張ってたから……国が私に死ねって言うなら、死ぬしかないの──」
本望ではない、それはそうだ。当たり前で当然だ。だがそうする事が勇者としては最善なのかもしれないと、彼女は声を絞り出す。
秋元は秋元なりに頑張ってきたのだろう。目じりには透明な液体が溜まって、それから頬を伝って落ちていく。
勇者の泣き顔なんて、初めて見たぞ。
「そんな馬鹿げた話あるかよ、おいおい」
そこで一人の少年が現れ、背後から僕の肩を掴みながら笑った。黒町も朝食を食べに来たらしい。ゆっくりと後ろにいる彼を見た。
「黒町さん?」
「あ? うん、俺様だ。黒町だ。話は聞かせてもらったけどよ、勇者、それは残念ながら間違っているぜ。間違った道標に従う必要なんてねえ」
バイキングのプレートの上には、大量の唐揚げとタルタルソースとほうれん草がのっかっている。
「クソジジイしかいねえ腐った国の指標なんかより、若々しい天才俺様の指標に従った方が身の為ってやつだ」
「はあ」
「にしても後輩よ、もちろん覚悟は決まったよな? この国を覆す覚悟が」
嘲る少年は僕に問う。
「勿論さ、先輩」
「いつの間にか、城里が……黒町さんと凄い仲良くなってる!!!」
勇者は何故か悲しがるように悲鳴を上げた。僕を何だと思っているんだ、秋元は!
「それと勇者」
「は、はい!」
「俺様から言っておくが……後輩が言った通り、俺と後輩は国で革命を起こそうっていう口じゃねぇのさ」
「……はあ」
珍しく、秋元の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。
「勇者やら後輩みたいな逸材を殺そうなんて──普通の奴なら絶対に考えねえ。つーか、天才の俺様でも考えねえ」
でも黒町は数時間前、僕が避けなかったら人殺しをしていたけどな。自分でいうと痛いけれど、僕みたいな逸材を殺した事になるけどね!
「つまり、んな事考えてるのは……国の馬鹿どもってわけだ。国の馬鹿どもがわからぬ事を企み、何らかが原因でお前らがその計画の障害になっちまったってわけ」
彼は続ける。
「国の一部のアホどもが、計画の為にお前らの命を狙い始めたのだろうさ。国指定冒険者を使ってな」
「なるほどね」
「つまり俺たちがすることは───」
「"その計画を暴いて、晒して、更にそんな計画を立てた馬鹿どもをぶっ潰す"」
黒町の言葉を先取りして、僕が言った。
「って事さ、流石だな後輩っ!」
「だろ?」
やはり息が合う。
良い先輩を見つけたものだと、僕は自分自身の人生に感謝した。……いやでも待て、命を狙われたりしている人生って───。
つーか待て待て、そもそもである。
いくらサプライズといえ、初対面で深夜に部屋を訪問し、更には急に暗殺を仕掛けてくる先輩が、果たして本当に良い先輩と呼べるのか?
呼べるわけない、よな。
「という訳でお前ら、学校に長期の休みを取る事は連絡しているんだろ? 金銭面やら生活面は俺たちが担保するし……つまり今日は暇って訳だ」
「まあ、そうですけど」
暇というか、そうせざるを得ない。
「じゃ、する事は決まってるよな」
「城里が、国指定冒険者になる為の試験でも受けに行くってことですか?」
「違う違う。アレスターの試験は年に4回あって、四季1つにつき1つだ。春の試験はもう終わってからな、次受けるとしたら夏。
特殊推薦の試験つーもんがあるが、それを受けるにしてもあと最低でも準備に1週間は必要だ」
それは初耳だが、なるほどね。
つまり僕はまだ何も出来ないわけ……しかし、そうではない。だからこそ出来ることがある。
「じゃあ現状は何もできないってことではないのですか?」
「違う」
確かにそりゃ違う。何もかも間違った回答だ。黒町はコッチを一瞥してくる。
「「こういう時は状況を忘れて、本気で遊び散らかすのさ」」
こういう緊急事態である時こそ一回落ち着いて、非日常という物を楽しんでみるべきなのだ。
非日常の中にある日時を嗜む。
「なあ、後輩。したいだろう?」
「そうだね、先輩」
「じゃあ決まりだな」
僕たちの会話のスピードに勇者は追いつけていない。
「……は、はい?」
「今日は東京探索といこうじゃねえか」
───こうして今日の僕たちは、東京を遊び尽くすことにした。
勇者は『公の場で遊んで大丈夫?』とでも思ったかもしれない。でもそれこそが重要なのである。
緊急事態におけるガス抜きみたいなものが、基本的にはこの遊びの意味合いなのだが……
もう一つ、重要な意味合いがある。
"わざわざ自分たちから目立つ事で、こちら側の優位性をアピールし──それに苛立ち仕掛けてくる相手を待つ"。
そんな意味も込められているのだ。
というか本音と建前で考えるのならば、後者の意味合いの方が……本音であった。
無事に今日も投稿出来ました!




