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38『何の為にダンジョンを攻略するのか』

もしかすると明日投稿できないかもしれないので、先取りです。

 


「おい、まさか今からって言うわけじゃないよな?」


「あ? 今からに決まっているだろが」


 ──僕はホテルエリアを出て、黒町の研究室にいた。彼は黒フードから白衣に着替え終わっており、ようやく研究者らしさが見えてきた。


 彼の持ち部屋である『A7研究室』。


 ミニマリストの内装を彷彿とさせるぐらい、此処は研究室にしても、普通の部屋にしても物が少なかった。


 つーか、何もねえ。


 あるのは部屋の真ん中に……ポツンとベンチが置いてあるだけ。その前に質素な円卓が設置してあり、円卓の上にはコーヒーメーカーが置いてあった。


「コーヒー飲むか?」


「一応もらうよ」


「一応ってなんだよ、おい。日本人らしいな、やっぱりお前はさ。もっとハッキリ喋れ」


「貰います……」


「よし、許す」


 許された。よし、良いだろう。

 怒りの閾値が低い黒町は何処からともなく、二つの今にも割れそうな──緑色でぐちゃぐちゃなマグカップを取り出した。

 知らんけど、多分魔法の力だろうな。


「つーかお前、北海道の事件知ってるか?」


「北海道の事件? 知らないな」


「おいおい、そりゃ配信者失格だろ」


「何の話か知らないけど、黒町は知っているのかよ」


「知らん」


 おいおい、そりゃ研究者失格だろ。っと言葉遊びを被せてみるが、実際そんな事はないだろう。研究者は警察ではない。

 事件の詳細をそんな知れるわけでもない。

 一般人と同じかもしれないからな。


 しかし配信者はそんな一般人の土俵の中でもいち早く情報を集め、みんなに発信していったりするものだ。


 だから彼はソレを指摘したのだろう。


 コーヒーが淹れられる間、僕たちは僕たちの中で心地よい会話を織りなしていく。

 最強頭脳と物理最強、ある意味では馬鹿と馬鹿。


 ──馬と鹿の座談会の始まり。


「つっても、知らねえって言うのは冗談だ」


「僕も冗談だよ」


 嘘である。


「北海道できょう……もつ0時過ぎてるから昨日だな。昨日、ダンジョンから魔獣から外に出て人を襲うっていう緊急事態が発生した」


「ダンジョンから外に魔獣が?」


 ソレって相当にヤバい事案なんじゃないだろうか。当たり前だが、一般人は魔獣たちと戦う術を持っていない。

 だから対峙したら逃げるしかないが、ある程度の魔獣になれば走って逃げるなんて基本的には不可能である。


 コウモリ型魔獣などなら、訓練された兵士とかなら逃げれるだろう。


「そうらしい。魔獣、巨大トカゲやら蜘蛛やら、しまいにはダンジョンの入り口をぶち壊してドラゴンまで出てきたっつー話だな」


 だがファンゴル以上ともなれば、無理だ。普通の野生生物である猪ですら一般的な人間が戦うのには苦しいというのに……。


「北海道にある全部のダンジョンから出てきたのか?」


「いーや、一つだけだったらしいからそれが幸いした」


「じゃあ、あまり甚大な被害にはならなかったて訳か。安心だな」


 僕はそう言ったけれど、

 そうであるはずがなかった。


「死者はまだ全然把握していないそうだが、確認出来る限りでも既に5000人だ」


「……は?」


「俺も急いでリモートで調査にあたっているが厳しい所がある」


 予想より死者があまりに多く、絶句してしまった。5000人って。

 僕には想像つけない世界だ。しかもこれは、いま確認できている範囲での話。

 これからどんどん更新され、増えていく事だろう。


「いま、現地で魔獣はどうなってるんだ?」


「大体が討伐されたらしい。現地の冒険者と、《スキル》持ちの一般人たちが集まってな。そこでも大量の戦死者が出ちまったらしい」


 こんな辛気臭い話は嫌か? そう問いかけるように、僕を見つめる黒町。

 大丈夫だ、構わない。


「なあ、物理最強しろさと


「……なにさ」


「ソイツらは自分の命を、家族の命を守るために戦い、一部は散っていった。褒め称えるこったねえが、しかし英雄だ。間違いなくな」


 コーヒーが完成したようだ、一つのカップを僕に手渡してくる。

 猫舌の僕には、この熱々の黒飲料をいきなり飲む事は無理だな。


「お前も国指定冒険者アレスターと戦った。それ以前にまずお前は自分からダンジョンに潜って、戦った。事実だろ?」


「ぁあ」


「じゃあ聞こう」


 やっぱりこのフリは質問だと思っていた───でも最強頭脳の彼からの質問となると、どんな物が来るのか心配になる。

 しっかりとレシーブをする体制を整える。


「城里学。アンタは何の為にダンジョンに潜り、戦っているんだ?」


 続ける。


「魔獣だって命がある事になんら変わりはねえのさ。だから魔獣を倒すのは、命を奪っているイコールだ。だからこそ俺はそうききたい」


 更に続ける。


「何の為に魔獣の命を奪っているのか」


 何の為に、か。

 何の為に、幾千もの命を奪い殺してきたのか。


「北海道の奴らは命を守る為に命を奪った。

 ある冒険者は金の為に命を奪った。

 ある勇者は先天性の使命の為に命を奪った。

 ある男は地位を得る為に命を奪った。

 ある奴は快楽の為に命を奪った。

 で、お前はどうなんだ?」


 手に持ったマグカップを啜りながら、眼前の白衣天才少年は僕を正視して待っていた。

 答えが出てくるのを、静かに待っていた。


 ──なに、迷う必要なんてない。


 金目当てではなく、快楽目当てではなく、地位の為ではなく、または使命かというとソレもちょっと違う。


「僕は良い子だから、今は亡き父の命令に従っているのだよ」


「というと……くく、やっぱりお前は面白ぇ」


 言ってしまえば、


「この世界に生きる最後の神を殺す為に、僕はダンジョンに潜って命を奪っているのさ」


 この世界最後の神を殺せ───、


 それが今亡き父の残した僕に対する命令であり、城里家の最高傑作と謳われた"城里学"が"城里学"で在る為の自己肯定なのだ。


「それか。最後の神を殺す為……ははっ、はははは!」


「良いね、やっぱりお前は有名になるべき存在だ。生きる価値のある人間だよ」


「そう言われると、なんだか恥ずかしいな」


「お前はこの悪夢が蔓延する首都で、揉まれるべき存在じゃねぇ──今此処で、俺自身がそう判断した」


 というと?

 彼もコーヒーを一気飲みして、話を進める。三宮といい……ここの職員は一気飲みする趣味でもあるのだろうか。


「俺ら国際ダンジョン研究所はたった今、城里学と秋元奈々を保護する事を俺の個人的な判断で決定したッ!」


 意気揚々と彼は告げる。

 それってアリなのか?


「手始めにテメェは国指定冒険者アレスターの試験を受けろ、これ強制な。そしたら俺が無理やり合格させてやる」


「それってアリなのか?」


「アリだ。金銭面は俺らが補填してやる、お前らはただ堂々と冒険者を貫け」


「……あー、オーケー」


「すれば生きられる」


 そう言うことらしかった。秋元のいない所で勝手に話を進めちゃっていいのだろうか。

 後で怒られたりしそうで怖い。


「さ、始めようぜ?」


「ああ」


「テメェが神を殺す為。生きる為。

 手始めに、この暗闇世界……国家の闇とかいうダンジョンを攻略するぞ」


彼はクールな顔で告げる。


「なに、国を覆すぐらい最強頭脳の俺様と物理最強の城里タッグにとっちゃ──それこそ朝飯前ってやつだ」

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