36『最強頭脳』
「───こんなことよりもッ!」
着ぐるみブームを5分程度で終えた勇者秋元は、僕に怒鳴ってくる。
「そう言う割にはノリノリだっけど」
「そ、それは……そうだけど。そうじゃなくてよっ! 城里!」
「はあ」
着ぐるみを脱ぎ、再びいつもの服装かと思ったら──試着室の更衣室に潜って、赤ネクタイと黒スーツ姿の秋元が現れた。
その風貌は既に社会人であり、高校生とはとてもじゃないが思えなかった。
「って、どこからそのスーツ出した? アンタさっきまで手ぶらだっただろ」
「私は圧縮したり解凍したりする魔法が使えるのよ、だから運びたい時は圧縮して、使う時は解答するの」
便利な魔法だ。
僕も使いたい。そんな魔法が使えれば、───うん、あの勇者専用? のダンジョンでもう少し奥まで攻略出来ていただろうに。
「そんな事はどうでもよくて、取り敢えず話したい事がある」
その魔法の名前を聞こうとしたのだけれど、話を始められてしまった。
くそう。秋元は三宮を一瞥した後に、僕へ視線を戻す。
ふと思った。
コイツって真正面から見て気が付いたけれど、普通に超絶美人なんだなあ……と。
「な、なによ」
時刻は既に9時半を回っている。
「スキなんだ」
「───は? えっ、す、好き……えっ、え?」
「アンタは隙が多すぎってことだよ。無防備だなあって思っただけさ」
「───は?」
なんでだろう。
殴られてしまった。
別に隙が多いのは、僕が好きだからかな? なんて考えてみる。
最近ラブコメコミックを読んだのだが、……そこで思ったのだ。僕も恋人欲しいなあ、って。でも自分にそういう関係の人がいるのは想像できないし、勇者で考えてみたけれどーーそりゃあ、もう最悪だった。
最も僕がそんなことを考えるのは、傲慢にも程があるのだけれど。
◇
「で、話とは?」
僕たちは再び立方体に移って、三宮と勇者と三人で会話する。
コーヒーを添えて。
「私は此処に、信頼できる人と話をしに来たって言ったでしょ」
「言ってたな」
「それはね、黒町と呼ばれる私たちより一つ上の若き研究者のことなの」
「黒町?」
クロマチ───誰だそいつは。
と思ったが、今まで僕が知らない有名人というのは実に沢山いたので今回もその一例なのだろうな。自分の浅はかさが悔しい。
「クロマチはこの研究所の若き天才、トップじゃよ。運動は出来んが、頭脳だけならピカイチ。ワッシの場合は『辣腕』じゃが、奴には『最強頭脳』という異名が存在する」
どうやらこの国際ダンジョン研究所には、階位とかいうものが存在するらしい。
上位の階位研究者には、それぞれの特徴にそぐう異名が与えられるとのことだった。
にしても、
───最強頭脳、て。
────最強て。
どれだけ最強な頭脳なんだよ!
「きーとくけど、なんでクロマチ? は此処に来ていないんだ? 此処にいるのなら来てくれればいいのに」
「研究で忙しいらしいわ」
ウッソだあ。まあ分からなくもない。
僕も何か他にやりたいことがあった時、そういう言い訳をしたくなるからな。
「ともかくよ、クロマチさん。私はあの人に今の現状を説明した」
「なるほど?」
・国から虚偽の調査命令が下りた。調査に向かったものの、そこには特に何もない夢迷宮なだけであった。
・国指定冒険者・松永がダンジョンに入り、勇者の命を狙っていることを仄めかす発言をし、城里学を殺そうと攻撃してきた。
・松永の事実がニュースサイトでは、どこからか隠蔽されている。
今の現状というのは要約してしまうとこんな感じになるだろう。
「つーか、今知ったけど……そういえば松永の姿も配信に映ってたんだよなあ」
「そうよ。でも何処からの情報か知らないけど、その記事では違うことが書かれているわ」
秋元のスマホを見せられる。そこには一つの記事が映されていた。
『松永は、僕たちの調査の助太刀に来ただけ。しかし可愛いアクシデントで、石に躓いて転び気絶してしまったのだった。』……という内容である。
最悪だ。事実と全く違うじゃないか!
この時、全世界の僕は思っただろう。世界は残酷だと、しかし残念な事に僕は世界に一人しかいない。
そりゃそうだった。
何を言っているんだ、僕は。
「じゃあコレは事実と違いますよって、声高々に言ってしまっちゃって良いんじゃないのか?」
「アホかお主は」
三宮に牽制されてしまう。
なんでさ。
「もしお主がそんな派手なことをしようとしたら……国家反逆だの、よく分からぬ罪を明確に被されて処刑されてしまうじゃろ」
「た、確かに……そりゃそうか。流石はロリだけど研究者!」
「あ? 今、ロリって言ったかの?」
「言ってません!!!」
この会話を黙って聞いていた秋元は、ただ一つため息を漏らす。
「本当かの?」
「言ってません!!」
「話を戻すわよ──二人とも」
次は勇者に牽制されてしまった。
なんでさ(2)。
「黒町さんに事情を説明したのだけれど、返ってきた言葉は一つだったわ」
「まじかよ、一言って冷たいな。最低だな!」
「……ちょっと黙って聞いていなさい」
ごめん。悪いとは思っている。
でもちょっと楽しいと、調子に乗ってしまう時が人間にはあるのである。
「『勇者がこの暗路首都で生き残りたいのならば、まずは連れの城里学という男を国指定冒険者にするべきだ』と。クロマチさんには、そう言われたわ」
えーっと。
「要約すると?」
「国から殺されたくないのであれば、アンタが国指定冒険者になるしかないってこと」
「それまじかよ。僕が国指定冒険者に?」
「そうよ。確かに貴方は確実になれると思うし、国の為の冒険者相手なら国だって……そこまで大きく無理やりな事はしてこないと思うわ」
───まあまず、なんで僕たちが国に命狙われているのかって話だけれど。
それは想像出来ないぐらい規模が大きいものだろうし、置いておく。
否、置いておく他なかった。
でも国指定冒険者ってさあ。
年齢制限はないのかともかく、学校に行く時間が更になくなって学力が終わってしまうだろ!
つっても、死んだら学力なんて意味無いけど。
「うーん」
最早、考える余地はないのかも知れないが、考えさせてもらいたい。
「国指定冒険者の年収スタートは3000万円ぐらいからってよ」
「まじ???」
「ワッシの年収より遥かに高いのじゃが!?」
それって、もう……やるしかないじゃん。
いや待て待て、でも僕はまだコイツから夢迷宮での百万円の報酬は貰っていないぞ──。
「いやでもな、僕はまだ夢迷宮での報酬を貰っていないぞ!」
「そりゃ私も同じよ。なにせ国からの命令が嘘だったのだから、命令の存在ごと無くなってたわ」
「まじかよ」
血の気が引くのを感じた。
本当に規模が大きい問題に僕たちは巻き込まれたのだろう。
というか、その真ん中だろう。
なにせ僕たちが国にとっての標的なのだから。
「まだこの研究所には滞在するから、考える時間はちょっとだけあるわ」
「……え、滞在するの? 聞いてないし、母に言っていないし、寝巻きとか生活用具とか持ってきてないのだが」
「安心して。この研究所には来客用のホテルが用意されてるから」
本当にますます、この研究所がちゃんと研究所しているのか怪しく感じてきたぞ。
試着室に着ぐるみの山だったり、ホテルだったり、ここは本当に研究所か?
「学校にも、貴方の母親にも連絡つけておあたから」
「いつの間に!? しかも、サラッと僕の母親と連絡取っているし!」
「昔からの付き合いですからね」
サラッと勇者に、僕の驚きを流されてしまう。
「いいのお……この感じ……」
そんな訳で僕は研究所のホテルに宿泊することになった。ついでに国指定冒険者になる覚悟をくくる、そんな猶予が与えられるのであった。
登録者100万人目指したり、国指定冒険者目指したり、僕の生活も穏やかじゃなくなってきたな……ふざけているぜ、本当にさ。
なぜか二重投稿していたので、重複分を削除しました。
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