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29『ネオイロス・ライトの真相』

 

「ネオイロス・ライト──?」


 包帯野郎は確かにそう言ったはずである。

 ハッキリと聞こえた。

 このダンジョンと同じ名前。……なんで此処に居るのかは知らないが、


 一つだけ僕は理解する。


 ───コイツが、このダンジョンの主だと。


 ……いやいや、待てよ僕。

 そうだとしても、やっぱり前提がおかしい。ダンジョンの主……ダンジョン・マスターというのは、最下層にいるもんじゃないのか?


「オーイ、聞いてきたノーニ、無視? ムーシズーガ、ハーシルー」


 城里学が考えている間、相手は大人しく待ってくれる理由もない。

 一歩ずつ、ゆっくりとソレは迫ってくる。


 どうする?


 言い聞かせるように、頭の中で唱える。別に僕は、自分の実力を疑っているわけじゃない。

 ただ、コイツを倒してしまって構わないのか。そのことを判断しかねていたのである。


 なにせ僕たちは、4階層で起こった異変の調査に出向いていただけだから。


「別に話をするだけなら聞いてやるさ、攻撃してこないのなら」


「イーヤ、攻撃スールよ」


 相手が鎌を構え、いまにも飛び出してくる。今、僕が防戦側に回ったら……背後にいる怪我人ヒナをカバーし切ることは叶わない。

 だから……アイツが攻撃意志を示したところで、


 先にコチラから飛び込む──ッ!


「エ、イーヤ、ちょっと急だネ」


「少し黙っててもらうぞ」


「ハ?」


 包帯野郎が反応するよりも、認識するよりも更に疾く───懐に潜り込み、右手に持ったダガーナイフで四肢を切断していく。


「グエ?」


 胴体だけになった化物は、その場にポトンと倒れ落ちる。

 当然の結果だった。

 というか、呆気なさが一番の感想だった。


 倒すつもりはなかったのだけれど、どうだろう。

 胴体だけになったネオイロス・ライトを放置し、大きく背後へジャンプする。

 何が起こるか分からないので、暁ヒナの近くにいた方が賢明だろうからな。


「ゴエ、あれ、アーシがナーイ? テーモナーイ?」


 ネオイロス・ライトは何処からか声を上げる。倒していなかったという安堵と、逆に奇妙過ぎる不安が残る。

 何者なんだよ、コイツ。

 今までに自分が戦ってきた様な普通の魔獣ではないことぐらいは分かるけれど。


「おい」


「な、何かな? 急に顔近づけてきて……!」


 アイツが、本当にこのダンジョンの主かを確かめる術は持ち合わせていない。

 加えてダンジョンの主を倒したら、ダンジョンの崩壊が始まるため……倒してはいけない。

 4階層の調査が最優先だからだ。


 だから無闇にコイツを殺すことは出来ないし、かといって無力化しなければ殺しにかかってくる。


 ならば───。


「4階層で男冒険者が変死がししたのは、本当にアンタの所為じゃないんだろ?」


「う、うん。……私たちのチームの魔道具マジック・アイテムを盗んだから腹立ったというか、警察に突き出そうとはしたけど……」


「そうか」


 確認は取れた。

 じゃあ、と僕は続ける。


 立ち上がって、今度は再びネオイロス・ライトに目を向けて……。


「アーア、アンターラ、キケーンだネ」


 胴体から包帯がグングン伸びて、ソレが腕と脚を作り上げる。包帯の長さには際限が無いっぽい。

 というか、再生されてしまった。


「アンタはその薄汚れた包帯が本体ってワケ?」


「アハ、そうデスが。はい。ナニァカ?」


「ふうん」


 前座に聞いてみただけで、実際はそんなこと心底どうでも良かった。


「ネオイロス・ライトさんに質問なんだけどさ」


「はイ、ナンデモ答えまズーヨ。お客さんお客さん」


 自然に、コイツと一瞬では詰められない距離を確保しながら対話する。

 意思疎通可能とはいえ、何の躊躇いもなく人を殺そうとする魔獣だからな。細心の注意を払うこと、という他の魔獣との対応で変わりない。


「このダンジョンの4階層でお腹空いて死んじゃったお客さんがいる筈なんだが、知ってるか?」


「4階層ノお客さん? 知らんデーて、話ダーヨ?」


「というと?」


「これ自慢なんですが、話していきたいと思いマス? マス、増す……? 先ずネ、オーレのダンジョンは人を殺しませぬよ、ダッテお客さんダカラ」


 なんだって?

 ダンジョンで人を殺さない?


 ネオイロス・ライトから返ってきた言葉が予想外を遥かに上回るモノであったから、思わず僕は硬直した。

 唖然となって、その場で立ち尽くす。


 なんとか頭を整理して、砕けた思考を拾い集め言葉を紡ぐ。


「それは、アンタ本人が直接人を殺した事がない、という話じゃなくて?」


「エエ? 違いマースカット、分かりヤースくイーウとね」


 包帯の王は、包帯に巻かれた頭部から……目の様な、二つの赤い火を灯した。

 僕はただ、彼が続ける言葉を待っていた。……そんなダンジョンが存在するっていうのか?


「このダンジョン、デー、人ハー、死んだことありまテーン!!!」


 ───人が死んだ事のないダンジョン。

 ダンジョンが人を殺した事がない。


 夢でも見ているのかと、錯覚するほど……その事実は実にフザけている。

 待ってくれ。

 なんでそんな特異的な特徴があって、ただの『中』危険度のダンジョンとしか認識されていないんだよ……?


 ああくそ、

 また混乱してきたぞ。


「ダーカーラー、4階層で冒険者が死んだ? ナイナイ、それ、ナイナイ!」


「じゃあ、僕たちが……勇者伝いに受けた、あの国からの依頼ってのは──。冒険者が変死したから──調査して来い。なんて国が勇者に命令してきたのは」


 ……全部、何もかもが勘違いだったというワケか?

 男が死んだというのも。その証拠を見せてもらった記憶はないし。


 待てよ。

 いや、そんな単純なことじゃない気がする。


 国からの命令だぞ? 勘違いなんて普通するか……ああ、"絶対に"と言えるぐらいには有り得ない。

 つまりこれは、意図的な嘘。


 なら、だとするのならば。


 もしかしたら国は、勇者を排除する為に──コレをでっち上げたんじゃないか?


 いやいや、いやでもさ。

 それなら、尚更だ。人が死なないダンジョンに連れてきても、別に殺せないだろ。

 ……それに勇者を殺す必要はないだろうし。


「ね、ねえ。君……いや、城里」


「なにさ」


「私のチームからマジックアイテムを盗んだ冒険者が変死したのは知ってたけど……このダンジョンのそんなこと知らなかったよ? ねえ、もしかしてコレってさ……ヤバい陰謀が絡んでいたりするんじゃないの?」


「そうかもしれないな」


 もしかすると、これは僕みたいな一般人が絡んでいい案件では無かったのかもしれない。


「お客さん、一名入りマーシターミナル!」


「……お客さん?」


「あ、楽しそうダーカら、フロアボスちゃん無視して此処に呼ぶね? オーレのキーリで、ほほいのほい」


 突然、洞窟内に奇妙にも降っていた雪が強くなる……吹雪に変わり、数十秒もすると途端に止んだ。


 変わった事があるとすれば、

 僕たちが此処に着くためにファンゴルで走った道に、一つの人影があったこと。

 それだけである。


 それがネオイロス・ライトのいうお客さんとやらなのだろう。


 ……その時だった。

 ふと、僕は思いついた。


「待て」


 言葉の羅列が脳内を奔流していく。箇条書きのソレらが、点と点で結ばれる。

『勇者』『国の嘘』『殺そうとしている』『このダンジョンは人を殺さない』『どうやって勇者を殺す?』

 ───結論として導き出されるのは、


『勇者を殺す何者かを、国がこのダンジョンに送り込んだ』。


 なんつー、最悪な話だ。

 これが有り得るのだから怖い。そして、こんな時にこのダンジョンに入る冒険者……なるほど、刺客しか考えられない。


 僕は固唾を飲んで、徐々に近づいて来るその男を見た。


「あー、これは……。どうも偶然、久しぶりというヤツか」


 その男は、

 白衣姿で、

 猫背で、

 髪をワカメみたいにボサボサにしている。


 特徴的で何よりもあの出会いが印象的であったから、よく覚えている。白衣の男は他に目もくれず、左手に禍々しい黒剣だけを握り締め、僕のことを見つめていた。


「よお、城里学。いいや、ここでは冒険者ホワイトか……?」


松永まつなが啓介けいすけ……!」


 そう。その男の名は、松永啓介。


 国からの仕事の一環で授業中、僕のことを監視していた……国指定冒険者アレスターである。



あともうちょっとのポイントで、ジャンルの日刊に入れそうです。


ポイントください!(続きが読みたいと思った方は)

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