28『鎌使い』
ファンゴルの上で……暗闇へと潜っていく。
気が付いたら揺れは収まっており、僕たちは開けた場所に出ていた。
「揺れ、収まったね」
「そうだな」
広い場所に出ると安心するのだが、でも……今はそうともいかない。
なにせ、不思議にもこの洞窟には雪が降っていたから。
「にしても、なんで雪が降ってるんだコレ」
「なんだろねっ」
「アンタも分からないのか?」
「分からなーい」
肩の痛みはある程度治ったのだろう。
呑気にそんな返答をしてくる余裕があるぐらいだしな。
僕は先にファンゴルから降り、ヒナが降りるのを手伝った。
「可愛いファンが居ないからって、私に欲情してお尻とか触らないでよ?」
「僕をなんだと思っているんだよ」
先程もそのような会話をしたが、今度はどう返ってくるだろうか。
「変態」
……まじかよ!
「そりゃ大変だ。怪我をした状態で変態の僕と二人きりなんてな」
「安心してって、私にはファンゴルがいるから。もし襲ってきたら、これでアンタを殺す」
「え」
じゃあ彼女にセクハラするのは、やめておくことにしよう。
というか、元からする気なんてなかったけどね。
なにせ僕は紳士だ。誰もが潔白な人間だと信じる、話題の冒険者ホワイトだ。
多分、そういう意味じゃないと思うけど。
「まあ、そんな事しないから安心してくれ」
「え、私には欲情もしないし、魅力が無いって言いたいの?」
ああ、くそう。
ああ言えばこう言う──というヤツだ。一体全体、僕がなんと答えれば正解なのだろうか。
「……はあ。ほら早く、黙って降りてくれ」
「はいはーい」
◇
スマホを試しに開いてみたが、やはり表示されていたのは『圏外』という文字のみ。
2階層に入る時はまだ配信を出来ていたはず……圏外になったのは、勇者たちとはぐれてからだ。
つまり、どういうことだ?
あー、うん。
よく分からない。
まあいいか、配信なんて後ですればいい。
「っと、アンタ。怪我の調子はどうなんだ」
「まあまあ。ファンゴルに乗ってれば、我慢できるぐらいかなー」
「そっか。じゃあ僕がカバーすれば4階層に潜る力はあるというわけだな」
帰りを考えていないのは、致命的だが。
それよりも致命的な点がある。
それはそう。
……どうやって4階層まで辿り着くか。
それが分からないということだった。
「どうしたものか」
いくら4階層まで行ける物理的な力があろうと、ルートを知らなければ意味がない。いや、進む度に構造が変化するネオイロス・ライトならば……ルートもクソもないけどさ。
「どうしたものかねえ!」
いま自分が何を考えているのか知る由もないはずの『暁ヒナ』が、共感してくる。
「何考えてるの」
「いや、4階層まで向かうルートを……「屈んで!!」
……え?
ヒナが言葉を遮ってきやがった。屈め……?
いや、別に良いけどさ。
一秒も経たぬ瞬刻───。
ヒュンと風切り音が鳴って、洞窟の壁に引っ掻き傷のような刻み跡が残った。
「え、は?」
背後からの攻撃……かよ!?
咄嗟に振り向く。
「ヨォ、初めマジで。始めま死テ?」
全身が包帯に巻かれ、肌は見えない。
そんな人型の何かが、僕とヒナの数メートル先に立っていた。……普通に喋りかけてくる。
コイツか、僕に奇襲攻撃とかいう最悪な手段を選んで攻撃してきたヤツは!!
「は、初めましてぇ……? あはは、これ。逃げた方がいいんじゃない?」
「そうかも、つーか、絶対そうッ!」
包帯野郎の右手には、大きな鎌が握りしめられていた。
それを見て、驚きの声を上げたのは……、
「わ、私とキャラ被ってるんだけど!?」
言うまでもなく暁ヒナであった。
「アンタ、いつの間に包帯キャラになったのさ」
「もしかして君って馬鹿なの! どー考えても、鎌使いというキャラが、でしょ!」
「……ぁあ、言われてみれば」
そういえば暁ヒナは鎌使いだった。
忘れていた。キャラが薄くて。
違う、目の前の包帯野郎のキャラが濃すぎるだけだ。
それを勘違いしてはいけない。
「オイ老い、オーレを無視するなッテェ!」
眼前にいる化け物は、コチラへ飛び込み──体を回しながら、鎌の回転斬りをかましてきやがった。
いきなり懐まで入られてしまった。
まじかよ……ッ。
「危なっ!?」
慌ててダガーナイフを腰から取り出し縦に持って、鎌の回転攻撃に対応する。
「オーレの攻撃受けなガースなんて、アンタ中々ヤールね」
「そりゃ、どうもっ!」
体に勢いを乗っけて、全力で包帯人間の腹を蹴飛ばした。
「ゲフッ」
感触は見た目より軽い。
違う、そんなレベルではなかった。
まるで空気に触れたかのような無抵抗感だけが、僕の足に感覚として残る。
しかし実際に包帯野郎は吹き飛んでいる。
包帯の中、どうなってやがるんだ。
……宇宙とか、言い出すんじゃないだろうな。
ともかくだ。
そんなことよりも、コイツが間違いなく強いことが分かったし……。
僕はともかく、怪我をしているヒナは太刀打ち出来ないのも目に見えている。
だから、
「きゃぁ!? 急に何するの、びっくりしたあ」
暁ヒナの隣へ向かい、僕は彼女の前に立った。ダガーナイフを両手に力強く握り締め、化け物に対峙する。
「暁ヒナ」
「は、はい……?」
「アレって間違いなくモンスター、魔獣だよな?」
「そうなのかな? ……そうにしか見えないけど、どうだろ。意思疎通が可能な魔獣とか、聞いたことないけど」
……"意思疎通が可能な魔獣"。
確かにそうだった。
思えば、僕は高難易度の勇者専用ダンジョンを攻略し続けてきたけれど……そこで意思疎通可能な魔獣に出逢ったことなど一つもない。
まして此処は『中』危険度のダンジョンだ。
……あんな高難易度ダンジョンにすらいない、知的魔獣がココに居るとは考えられない。
「うーん、そうだな。本人に聞けば分かる話だな」
「えぇ? いや、意思疎通が可能とはいっても──かなり怖いよ。洗脳とかされない」
さあな、なるようになれ……だ。
「おい、そこの包帯野郎」
「なんだっテ?」
「アンタ何者だ……?」
単刀直入に僕は聞いた。
彼だか彼女だか、コイツだか知らない包帯の塊に。
答えてくれないかとも考えたが、
「あハ? オーレのナーマえは、
──ネオイロス・ライト。ども、この迷宮の主デス」
ネオイロス・ライト。
それが……その迷宮の名にして、自分の名だと。
その包帯野郎は───薄く笑いながら、僕の質問に答えるのだった。




