26『魔物を操れ』
暁ヒナのスキル《魅了》を仕掛ける魔物を単独で探す僕だったが、当然かもしれないが、そう簡単には見つからなかった。
あまりにも彼女と離れてしまうと、勇者とはぐれたみたいに、ダンジョンの構造が変わっていってしまうかもしれない。
それを考慮すると、あまり遠くには行けなかったのだ。
それでも僕はある魔物を捕まえてきた。
「これはどうかな?」
「……馬鹿にしてるの、きみ」
「そう思われるか?」
「思う。思うよ……いてて。私のことをなんだと思ってるの、ネズミ?」
その魔物というのは、小鳥みたいなヤツだった。詳しい名前は知らない。ここに勇者がいたら、彼女がなんだかんだ名前を教えてくれるのだろう。
しかし、此処に彼女はいないのだ。
「むう。可愛いんだけどな」
しかし、この小鳥は──彼女を乗せるのには、あまりに小さ過ぎるようだった。この魔物に乗せられるのは確かにネズミぐらいしかいないかもしれない。
ある意味、言い得て妙な指摘である。
まあなんとなく、そう言われるだろうな……と思っていたがな。
僕はわざわざ、これを捕まえてきた。
これぐらいしか魔物がいなかった。というのも理由の一つではあるが。
「でもなあ、他に魔物という魔物がいないのさ。猪でもいれば良いんだけど……」
僕はその場で考え続ける。
なあ、どうすればいいんだろうか。
考え、考え、考える。ここで配信が出来れば、コメントで案が貰えるだろうになあ。
「ねえ、きみ、気付いてないの?」
「気付いてない、とは?」
彼女は痛みに耐えながらも、僕に話しかけてくる。安静にしてほしいものなのだが、そうはいかない。
暁ヒナにも冒険者として、プライドみたいなものがあるのだろう。
だからそれについて、僕から口を出すことはなかった。
……それよりも。
「本当に気付いてないの?」
「だから何がさ」
彼女の発言。
その内容の方が僕は気になっていた。
果たしてどういうことだろう。
「後ろ」
「後ろ?」
後ろって……。おいおい、勘弁してくれよ。それは随分と使い古されたテンプレホラーだぜ。テンプレもテンプレートだ。
対面していた相手が急に、自身の背後に視線を向けて怖がる。そして疑問に思い背後へと振り返ると、そこには──がいる。
的な。
僕はソレをよく知っている。
中学生時代、ホラー映画にハマっていた時期があり、そこら辺には詳しいのだ。
最も、これは一般常識レベルだけど。
そういうことはどうでもよくて。
つまるところ、僕は後ろへ振り返りたくなかったのだ。
──。
「……えーっと、どちら様?」
結論から言おう。
長々と理屈というか、後ろを振り返りたくない……と、ホラーテンプレ話をこねたあと。
結局僕は振り返ったのだ。背後へと。
そしてそこには、やはりいた。いたのだ。牙を剥き出しにし、口を半開きにし、唾液を床に垂らす。そして肉塊を餌と見続ける野性の塊が。
赤い目に、黒い毛。
猪型の魔物。
ファンゴルが、僕の背後にはいた。
「ぎゃああああああ!?」
それに関してはいくら僕でも、びっくりしてしまう──。しかし僕の突然な絶叫に、ファンゴルの方も驚いた様子だった。
へっ、この小心者め……!
(僕が言えることではない)。
だがそのおかげか、ファンゴルは数秒間体を硬直させていた。
あまりの唐突な状況変化のせいで。
「魅了・浮遊!」
彼女の体が微かに発光し、粉が飛ぶ。
その間に、彼女はスキルを発動させたのだ。
僕はそのスキルに巻き込まれないように、息を止めて耐え忍ぶ。苦しい。
そしてもちろん、ファンゴルに高い知性はないため……鼻からその粉を大きく吸い込んでしまうのだった。
「よし」
ヒナが微笑すると共に、ファンゴルの眼に宿っていた光が変化した。
彼女のスキルに操られてしまった証拠、なのだろう。赤い眼は淡い白の光を纏い、そして黄色に変色した。
改めて見てみると、彼女のスキルは恐ろしいことに気がつく。
僕は、こんなスキルの使い手を相手にしていたのか……。
「これでオッケー」
「思ってたよりも呆気ないな」
「そりゃあね。この粉さえ吸わせれば、どんなものでも私は勝てる自信があるよ。操れる自信がある」
「へえ」
そりゃあ怖い。
こんな機会があるのかは分からないが、──もし彼女と再び戦うことになったら、やはり粉について細心の注意を払うことにしよう。
「えーとっ、きみ」
「ん?」
「私のこと、この狼に乗せてくれないかなあ……って」
「別に構わないけど」
なんか急に改まってお願いしてきたから、『死んで』とか言われるのかと思ったぞ。
杞憂だったけどさ。
でもなんでだろうか。彼女は微かに頬を紅潮させていた。矢による肩への傷のせいで、熱があるのかもしれない。
それなら一度帰還した方がいいのだが……。
とりあえず、疑問に思いつつも僕は彼女をゆっくりと持ち上げた。
お姫様抱っこで、ね。
「ひゃっ……! さっきも思ったけど。君って結構大胆だね。ほんとうに」
そりゃ違う。
「そんなことないと思う。僕は鈍感系か敏感系で聞かれたら迷わず『敏感系』と答えるけど。大胆か、大人しめかと聞かれれば……『大人しめ』と答える」
「……へえ」
そう僕について説明しつつ、彼女をスキルによって操作した魔物に跨らせた。
「ほい。これでどうだ」
「ちょっと落ちそうだけど、大丈夫だね。これなら。……肩が痛むけど、いけるよ」
「そうか。じゃあ帰ろう──」
勇者たちのことも気になるが、まずは負傷した暁ヒナを地上へと送り届けるのが先だった。だというのに、暁ヒナは疑問を呈した。
「いいや、4階層まで……潜りに行くんだよ」
と。
まさか、彼女の口から『4階層』と言う言葉が出るとは思わず、僕は言葉が出なかった。
だって僕がこのダンジョンに来た目的は、4階層にて死んだ冒険者の詳しい死因調査だし。
その死因で最も可能性が高いのが、餓死。
その次に"殺害"が挙げられ、
もし誰かにその男が殺害されたのならーー、一番の容疑者になるのが今僕の目の前にいる『暁ヒナ』だったから。
であった。




