23『深部へ、そして遭遇』
僕たちはオネイロス・ライト2階層を歩いていた。ただ果てしなく続く雪原を僕たちは歩いていた。空気に直接触れる部分に痛みが走った。
ここは一体、氷点下何℃ぐらいなのだろうか。
「……寒いな」
「そうですねぇ〜」
梅雨坂は僕と同じ革鎧である為、僕と同じぐらいこの寒さを痛感しているようだった。
それに比べて。
「私は寒くないわよ」
一切の肌を見せつけない重そうで頑丈そうな鉄鎧を着た女勇者はそう言った。
なんだこいつは!
装備差でマウント取るんじゃねぇ!
「そりゃあな。あんたは随分な厚着だろ」
「そうね。1階層の灼熱に耐えるのは辛かったけれど、こっちに来てしまえば楽ね」
「ぐぬぬ……」
皮肉みたいな勢いで彼女が言った。
くそう。僕だって厚着してくればよかったぜ、まっまくさ。
「というか、ホワイトさん。これって何処に向かって歩いてるんですか〜」
梅雨坂が、もう歩くのに疲れちゃった、というオーラを出しながら聞いてきた。滅茶苦茶疲れているぽかった。
「どうだろうな。勇者、これはどこに向かって歩いているんだ?」
歩いている僕も、よく分からなかった。
「……」
勇者は黙っていた。まあ、それつまりそういうことだろう。
彼女もこれから先の道が分からないのだ。
だから、黙っているのだろう。
それならば、どうしようか。
僕はそう考えた。
───カチャ。
と。
その時だった。
僕はその音を聞いて、前を歩いていた勇者を見た。前方から音が聞こえてきたからだ。
そこには、既に聖剣を構えた姿の勇姿がいた。
「……っ!」
臨戦態勢。
僕もダガーナイフを、腰から取り出す。そして、勇者と相対する形で群れをつくっていた白毛の狼たちを僕は睥睨する。
彼女は僕の質問に答えようとしなかったのではない。僕に質問されていることに気がつく前に、彼女は狼がコチラを狙っていることに気が付いたのだろう。
「白狼ですね」
「見たことない魔物だな。あれは、えーっと、強いのかな」
「中々に強いですよ。少なくとも『中』難易度の魔物って感じではないです。……ですが」
「ですが」
「なんとも頼もしいホワイトさんがいるので、楽勝ですよ!」
「……はは、それは参ったな。僕はプレッシャーに弱いんだ」
そんな会話を交わしている中で、ふと秋元が僕たちの方……後方へ振り返った。
「やるわよ」
そして彼女はそう僕たちに伝えると、一気に走り出した。地面を強く踏み込んだからか、積もっていた雪が大きく舞った。
僕も彼女に負けないように全速力で彼女を追いかける。
「ガルゥゥゥ!!!」
群れの中の一匹が、僕の方を見た。
そして飛び掛かってくる。雪の色に同化していて、狼の姿はとても捉えにくい。
だがしかし、その程度じゃ僕を誤魔化すことは出来ないのだ……!
多分、一病にも満たない出来事。
僕は飛び掛かってきた狼目掛けて、刃の先端を向け、タイミング良く振り翳すのだった。
◇◇◇
あれから数十分が経過した。
無事狼を倒した僕たちは、雪原のある地点に下へと続く洞窟を発見した。
ぽつん、とあった。もしコレを見つけられなかった、数時間この極寒を彷徨っていたと考えると……少し悪寒が走る。
「洞窟の中は、流石に外に比べて暖かいな」
「そうね」
「助かりましたよぉ、本当に……」
気温はどれぐらいか。
少なくとも氷点下を下回るか、それぐらいか程度だろう。外に比べれば断然暖かい。
とはいってもやはりかなり寒いし、息を吐けばそれは凍るように白くなっていく。
「っ」
僕たちが今歩いていたのは、三人が通れるぐらいには広さに余裕のある洞窟だった。
そこを地道に奥へと進んでいく。
進めば進むほど、それは下へと降りていった。
「……はあ、疲れるな」
……歩く。
…………歩く。
………………ひたすら、歩く。
洞窟に入って数十分も経過した頃だった。
ふと僕はあることに気が付いた。
このダンジョンの入り口で見た霧と似たような気体が、僕たちのことを覆っていたのだ。
それにいささかの嫌悪感を覚えつつ、僕は周りを見た。勇者にコレについて聞こうと思ったからだ。
……しかし、更に気がついた。
周りから自分の足音以外、一切物音が聞こえなくなっていたのだ。
「あ、あれ? 勇者ー? 死神ー?」
それどころか、秋元も、梅雨坂の姿さえも見えなかった。
霧が濃いせいだろうか?
『否』。
確かな根拠はないけれど、僕の勘がそう叫んでいたのだ。
……まずい気がするな。
足を止める。
そしてもう一度辺りを見渡してから、大きく口を開いた。
「おーい、勇者! 死神! 聞こえたら返事してくれ!」
そう言ってみた。しかしどうだろう。僕の声が洞窟の壁にぶつかり反響してばかりで、彼女たちの声は聞こえなかった。
……まさか、こんな一本道ではぐれるはずがないのに。
僕たちは、どういう訳かどうやらはぐれてしまったらしい。
この霧のせいだろうか?
ああ、きっとそうだろう。
僕は大きくため息を吐きつつ、これからどう動けばいいかを考えた。一旦配信の視聴者にアドバイスを求めてみようとスマートフォンを開いてみるが、どうやら通信が切れていた。
スマートフォンは圏外を示している。
──くそう。この手は使えないか。
刹那だった。
僕は体をこわばらせた。
足音が"後ろ"から聞こえてきたのだ。僕はそれを聞いて微かに安堵するが、しかし警戒心も持っていた。
……背後を一瞥する。
そこには霧がかかっていたが、人影を視認することは出来た。
勇者がいないせで点灯魔法を使えず、こちら側は真っ暗闇なのだけれど、あちら側が光を灯していたのだ。その方法はともかく、そのおかげで人影が見れたのだ。
しかし。
「ありゃあ、秋元でも梅雨坂でもないな……」
という、ことだった。
なにせ体格が違う。失礼な話だけれど、彼女たちよりも低身長ですらっとしていたのだ(決して本人たちの前では言えないけれど)。
僕は肩をすかした後に、ならば誰だ? と近付いてくる人影に目をやる。
瞳孔が開く。
人影は、だんだんと鮮明になっていき。
僕はそれを見た。
いつも通りゴスロリ姿の、あの人。
「あ、あれれぇ。何でここに君がいるんですかねえ……」
「アンタは──」
そう。
その人影の正体は、暁ヒナだったのだ。
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