20『ダンジョンへ、再び』
土曜日早朝。
僕たちは、オネイロス・ライトの入り口に立っていた。梅雨坂が大きくあくびをする。
動きやすそうな革鎧をつける梅雨坂、僕と同じだ。
それに比べて、勇者はとても動きにくそうな重い鎧を身につけていた。
「二人ともオーケーだな? ダンジョンに潜る準備は」
僕は二人に聞く。
「私に指図しないで」
「殴って良いですか? ホワイトさん」
なんでだよ。なんでこうも僕の周りには、ヤバい奴しかいないんだ──!?
本当にこれは協力関係なのだろうか。
否、違う。そんなわけない。
側から見れば、これは敵同士みたいな感じだった!
「あんたたちって、もしかして僕の敵なのか?」
「そうよ」
そうなのかよ!? 僕はどうやら、いつの間にか四面楚歌になっていたらしい。
……。
「今日はなんだか暑いな」
額からは、汗が出ていた。
「変態ね、あなたは」
「はい?」
「暑い──それは英語でホット──ホットは、興奮しているという意味を持つ──貴方は変態ね!?」
「それで僕が変態なら、あんたは馬鹿だな。どうやったらそんな連想に至るんだよ」
コイツは本当に、日本を代表する世界の勇者なのだろうか?
今日は猛暑だった。
そのせいで彼女の頭も煮え切っているのかもしれない。
梅雨寒は持ってきていたハンドファンから送る風を、自分の顔に当てて涼んでいた。
「本当に暑い〜」
そんなわけで、特に緊張感もなく、僕たちはこのダンジョンに再び潜ることになる。のだった。
ーーーー
『死神、呑気すぎない? それがモエーなんだが』
『今日暑すぎて死ぬ』
『勇者、完全に頭溶けてるだろ。この暑さにやられてる』
『ツッコミ役のホワイトさん、お疲れ様です』
ーーーー
視聴者数:126000
ちょっと前から配信も開始したが、やはり流れてくるコメントはいつも通りの雰囲気だった。
◇◇◇
ダンジョン1階層。
やはり入り口付近は霧が濃かった。僕たちはそれを乗り越えて先へと進む。
どんどん潜っていくと、暗くなっていくが秋元の魔法『点灯』のおかげで明かりは確保出来ていた。
「よし、戻ってきたぞ」
僕たちは前に来た時も見た渓谷のような広いフロアへ出る。
ここへ出ると、やはり霧が晴れていく。
「うわあ、広いですね〜」
「前はここから道なりに進んだのよ、でもそうすると行き止まりだった」
「なるほど、了解!」
前来た時はここから道なりを進み、少しの崖を上り下りしていった。だがそれだと行き止まりだったのだ。
だから今回はルートを変える。
「あきも……じゃなくて勇者」
「なによ」
「今回はどういうルートで行くつもりなのさ?」
「……そうね。私的には、一気にこの渓谷を降っちゃってもいいと思うけど」
彼女の言葉を聞いて、僕は道の端に視線を寄せた。僕たちが今いる道はいわば崖っぷちのモノだった。右を見れば、そこには深い渓谷がある。
前回は奇跡的に足の調子が良かったから助かったが、一歩でも踏み外しこの渓谷にでも落ちたものなら命は一溜りもないだろう。
下の方に唯一見れるモノは、灯りではあったが、嬉しくはない。何故ならそれは溶岩だったからだ。
渓谷の深部では、溶岩の川が流れていたのだ。
「でも降りる最中に足を滑らせたら、命はないぜ」
「別に足を滑らせなければ良いのよ」
「勇者のくせに、無茶言うなあ。いや勇者だからか」
「で、どうするの。私としては別に此処から渓谷を降りて構わないのだけれど」
どうするか。
僕は立ち止まって考える。僕としては安全な道を取りたいが……そうか、多数決にすればいいんだ。梅雨坂に意見を求めてみよう。
のほほんとした彼女の事だ、きっと安全性を求める。
「多数決にしよう、勇者」
「……別に構わないけれど」
それで二対一に持っていく。
完璧なプランだ。
「梅雨坂的にはどうだ? 此処から降りるか、他ルートで行くか」
僕は聞いた。
「やっぱりスリルがあった方が良いので、此処から降りていきましょう!」
……僕はもう一つ忘れていた。彼女のことをすっかり忘れていた。
そうだ。彼女は死神と呼ばれるぐらい狂気的で、スリリングなことが好きだったのだ。
隣にいた勇者が微笑む。
「じゃあ決まりね」
「えぇ……」
まじかよ、──僕はそうゲンナリしてしまうのだった。しかし二人ともやる気満々であり、もう今更止めることはできない。
止めたところで、勝手に行くに決まってる。
この僕を置いて、ね。
「でも降りるって言っても、具体的にはどうやってやるんだ? ゆっくり足場探しつつ降りるようとしたら、日が暮れてしまうのは目に見えている」
「そうね、なら……魔法を使いましょうか」
「残念。僕は魔法が使えないんですぅ!」
「そう、なら行ってらっしゃい」
「は?」
急に、だった。僕の目の前に勇者が歩いてきて、そんな言葉をかけてきた。行ってらっしゃい? いや、どこに? 僕は特にどこかに行く予定なんてないんだけどな。
そう思っていたのに、勝手に予定を入れられていたらしい。
ドン、と鈍い音が響いた。
「えっ、ちょ」
「わあ」
僕はびっくりして辺りを見回そうとした。脚で踏ん張って、崖から離れようとした。
だというのに、何故か脚に力が入らなかった。
……違う。
僕は脚に力を込めたはずだ。なのに、そう勘違いしてしまっということは──僕の足下に地面がないということだった。
どれだけ踏ん張ったところで、足が空気を踏んでいるだけならば、意味がない。
"ぬかに釘"とは良く言ったものだ。
実にその通りじゃないか。
……僕が宙に浮いていたならば、足が地面についていないのならば、どれだけ力んだ所で無駄なのだ。
「はぁ!?」
その瞬間。僕は咄嗟に声を上げ理解する。
僕は秋元に勢いよく押されて、崖から落ちてしまったのである。
なんて奴だ、あいつ。アイツはそれでも勇者なのか!?
勇者は悪魔か!?
「安心なさい、ホワイト君」
「ひゃっほぉおおおい〜気持ちいい〜」
しかし気が付けば、二人は僕の横で浮いていた。いや、共に落ちていた。
……もしかして、馬鹿しかいないのか此処には!
しかしそれも違う。
「──浮遊──」
勇者がそう口にすると同時に、僕たち三人の体は淡い緑色の光で包まれた。そして妙な浮遊感が僕を襲う。
その数秒後だった。
……なんと、僕たちは浮いていた。
とは言ってもゆっくりと落下している状況だが。これぐらい緩慢な速度での降下ならば、なんとか着地点を見つけられるだろう。
「おおぉ、こりゃあ凄い」
「でしょう? これなら安全に行ける」
「驚き損だったかな。全くさ」
「……」
勇者が僕の言葉に反応を示さなかった。
「おい、急に無視しないでくれよ。勇者フセン」
「……あれを見なさい。きっとそんな気持ちも無くなるから」
「はい?」
どうやらそういうワケでもなかった。
渓谷落下中。彼女は僕の言葉を聞いて、ある方向へと指を差したのである。
「ん」
そこには、なんと。
何百ものコウモリの魔物が、僕達を睨んでいたのである───。
前の記憶が蘇る。
「あ」
直後、コウモリたちが僕目掛けて一直線に飛んでくるだった。
……確かに、驚き損ではなかったかもしれないな。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!?!?!?」
僕はただ、そう叫んだ。
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『わらた』
『コウモリに襲われるのは、二度目です』
『既視感』
『ホワイトは過去から学ばない』
『終わりだ……』
『絶望を抱いて落下しろ』
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僕のスマートフォンではそんなコメントが流れているが、それは今の僕に知る由のないことだった。後で気が付いた事である。
そしてその時、リアルタイムの視聴者数が35万を超えるのだった。
……そのようにインターネットというのは、良く分からないモノがバズるのだと。
僕はその時、知ることになる。
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