18『勇者vs僕 城里学という人間』
気まずい状況の中で、松永はそれを気にせずに僕を凝視し続けた。
白衣の男は冷静だった。
……流石は国指定冒険者と言うべきか。
「城里学。通称・ホワイトか」
「はい」
「君は魔法を使わずに、暁ヒナとの模擬戦に勝利したと聞いた。それは本当か?」
低く重い声で、松永は僕に聞く。
「本当ですね、ええ」
……正直に答えた。
すると、彼は別に驚くこともなく事務的なトーンで「そうか。そうか」と相槌を打ってくれた。ぶっきらぼうな人だな。
随分と。
「松永さんは、知ってるんですか? 暁ヒナについて」
「ああ、知っている。知っているとも。面白いやつだ。なにせ彼女はまあ、元々私の講義を受けていた学生だったからな」
「……? それは一体どういう」
「私は確かに冒険者だが、それ以前に大学の准教授なのさ。あくまで准、だが」
どうやら彼は講師だったようだ、しかも大学の。そりゃあ凄い。
しかしそれに感心してるのは僕一人だった。梅雨坂はずっとぽかーんとしているし、勇者の方は僕をずっと睨んでいる。
「そういうことですか」
「だがあまり誉められたモノではない。私の教えている学問は、あくまでも魔法についてだからな。学問世界にしてみれば、アンダーグラウンドと言うべきだ」
と。
「と、それは別にどうでもいい」
彼は話題を変えた。
「私の仕事の期間は、この一週間だ。一週間の間……君たちが授業をしている間に、私はひたすらに君たちのことを見張らせてもらう」
見張るって、怖いなおい。
「だが安心してくれ。君たちは別に何かの事件の容疑者というわけではない。脱力し、自然体で授業を受けてくれて構わない」
そこまで言って、彼は右手につけていた腕時計を見た。
銀色のそれは王道のデザインであった。
いささかソレも王道的な言い方だが、高級そうだ。
「今日はもう構わない。私は一度帰らせてもらう」
松永啓介は再び歩き始めた、そして───一目散に、というと少々大袈裟になるが──早足で、彼は教室を後にしていくのだった。
そこから、沈黙の言いようのない空気が続いたことを、僕はハッキリと鮮明に覚えていた。
◇◇◇
それからは普通に授業があり、いつの間にか放課後になっていた。まだ月曜日の夕方だというのに、身体中がだるい。
これじゃあ、一週間持つか分からない。
……冒険者なのに、この体力のなさは何なんだろうか。
完全下校時間を迎え、僕は学校の鞄を持って帰路に着く。
独りで帰ろうとし、昇降口を過ぎた辺りの時だった。
「あんた、待ちなさいよ」
「……」
やはりというか、秋元が声をかけてきた。僕がそれを無視して歩き続けていると、それに並行して彼女が走って追いかけてきた。
「僕に何の用さ」
僕は聞く。
「決まってるでしょ。あの国指定冒険者が言っていたことは本当なの?」
「覚えてないな」
「とぼけないで。魔素が貴方の体にはない、って言ってたことよ」
「……それを知ったところで、どうするっていうんだよ」
「貴方は、私を驚かせてばかりで、何も説明してくれないじゃない。……才能ばかり見せつけて、私は嫉妬してるのよ。あんたにね。だから何で貴方が何者なのか、それを教えてもらうことで、才能を説明付けたいの」
僕としては、あまり関係のないことだ。
「そうか。でも僕には関係ないし、語るメリットがないな」
「あるわよ」
「……?」
ふと並行して僕についてきた彼女が立ち止まったので、僕も足を止めてしまった。
そして背後へと振り返る。
そこには勇者が立っていた。右手には"聖剣"を持っていて──。
「は?」
「覚悟なさいッ!」
彼女はソレを僕に向けて、振り下ろしてきたのだった。暁ヒナなど比にならない、異次元の速度で彼女は僕の懐へと迫っていたのだ。
本能が危険だと、最速で反応する。
「──急に何するんだよ」
僕はそれを最小限の動作で見切り、避けた。体をちょっと横に揺らすだけである。
「貴方、私の勝負しなさい」
「待って、全く意味が分からない。脈絡が理解出来ない。急に何で僕が、お前と勝負なんかしなくちゃいけないんだ」
「死になさい」
「それは違う、僕はそう思う」
一撃目。
僕が避けた攻撃は、もちろん避けたので……剣の威力というかスピードは衰えていなかった。それを流転させ、勇者は二撃目にその勢いを回していく。
勇者は剣を横に流していく。
僕は大地を踏み込んで、その横攻撃をジャンプで避けた。
「僕がお前と勝負して、僕とお前に何の得があるって言うんだ?」
僕の質問に彼女は答えない。
それどころか、更に攻撃を加えてきた。
「──十連撃加速ッ!」
「本気かよっ!? うおっ、うおお、っと!」
十連撃。一撃一撃が重く、しかし鋭い攻撃を十連続で彼女は仕掛けてきたのである。
疾い。……しかし、僕に剣を当てるには、あまりにも遅い。
「なんで避けるのよ!」
「いや避けられなかったら死ぬからな……」
「ッッ!!!!」
十連撃を避け切る頃には、彼女は少し息切れしていた。息切れ気味であった。
膝に手をつき、彼女が僕を睥睨する。
痛い視線だ。
「貴方は、本当に。……貴方は、何者なのよ」
「僕が何者だって?」
それは、なんだろうか。
あえて言うのならば。
「僕は僕という者でしかないし、城里学は城里学でしかない」
自分でも言っていて意味が分からなかったが、ある意味言い得て妙な言い方であっただろう。
「……はあ、貴方って本当に意味がわからないわ。存在も、考えてることも、何もかもが」
「別に僕は、多分お前が思って程凄いヤツじゃないし、大物じゃない」
「……」
秋元奈々のメンタルは落ち込んでいた。それは一目瞭然だった。
「ここだけの話だ」
仕方がない。
コイツは幼馴染だ。
僕について、少しぐらいなら語っても構わないだろうよ。
少なくとも、少しだけなら。
問題はない。
「僕には生まれつき、魔素がない。魔法を使う為に必要な魔素がないんだ」
「……やっぱり、それは本当なのね」
「本当さ。そして、その代わりかどうかはともかく。僕には技術を身に付ける才があった。それは多分、偶然だ。本当に本当の本当な」
そして僕はゆっくりと、話し始めた。
僕は魔素を体に全く馴染ませられない体質の代わりに、運よく物分かりが良かった。
だから僕は父親から様々な技術を授かった。……お面ライダーでの練習ぐらいしか、修行はしていない。前にそう言った記憶があるけれど、あれは違う。
確かに冒険者らしい技術の修行ならば、それぐらいしかしていなかったのは正解だった。
しかし僕は違うアプローチの方法で、父親から技術を学んでいたのだ。
──それこそが、剣の技術だった。
剣の技術を学び始めたのが、大体6歳ごろ。それから父親が他界してしまった1年前のあの日まで、去年まで、僕は剣術を学んだ。
一年前の今頃の時点で。
僕は、城里学は。
"城里家の最高傑作"とまで呼ばれる存在になった。だがしかし僕は決して公の場に出る存在じゃなかった。
父親に制限をかけられていたのだ。
しかし父親亡き今、自分が好きなようにやっているのだ。
それが、今である。
城里学の今なのである。
と、まで話をした。
そこまで話すと、彼女は納得してくれたようだった。僕が彼女をあまり知らなかったのと同じように、彼女も僕をあまり知らなかったのだ。
それが両者、少しは改善できたと思う。
「それが僕という人間の全てだよ」
オーケー、大丈夫。大事なことは大体隠した。
「……話してくれて、ありがと」
「僕のお前は幼馴染だからな。まぁあんなに激昂されたし、これぐらいは話してもいいかと思ったのさ」
つまるところ、僕は才能の塊なのだッ!!!
……というわけではない。
しかし彼女の瞳には、僕という存在はそう映ってしまったかもしれない。だがそれ仕方がないことだろう。
「悪かったわ、ごめん」
「ああ」
彼女はようやく冷静を取り戻したようで、僕に真摯に謝罪してきた。
頭を下げたのだ。ぺこり、と。
これで一件落着ではあるが、このまま帰ると明日が気まずいように感じた。
「そうだなあ」
「……?」
「そうだ、秋元」
「なによ?」
「カフェにでも行こう。二人で、配信なしのオフでさ」
僕はそう誘ってしまったのだった。
「は、はい?」
秋元奈々は、それをポカンと聞いていた。これでもう少し仲直り出来れば、良いのだが……。
まだ秘密ばかりの城里だが、彼はなんとか彼女と仲直りするための努力を始める。
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