17『国指定冒険者《アレスター》』
『低』難易度ダンジョンで5階層ぐらいまで潜り、肩慣らしを終えた僕たちは地上に戻っていた。
電車に乗り、元の街へ戻る。
「はぁ、連携も初めてにしては良い感じだったんじゃないか? 僕はあんまりそういうのに知識ないけどさ」
「ええ、そうね。初めてにしては結構上手く出来たと思うわ」
帰り道。駅から続く大通りである──並木道を歩いていた。
僕は配信者としての目標を決めたあと。二人と共に頑張って連携に励み、ダンジョンを攻略していった。
その順調さは、中々だったと思う。
「あー、梅雨坂的にはどうだった」
「二人とも滅茶苦茶に強くて、意気消沈しました……」
「え? そんなことないさ。梅雨坂は、無詠唱の広範囲魔法で頑張ってくれたし。味方へのヘルプも上手だよ」
「そ、そうですかぁ? え、えへへ」
彼女はちょろかった。
言い方良くすれば、梅雨坂は純粋な女の子だったのだ。
「褒められるのは、悪いことじゃあないですねえ」
「そうだな」
「ちなみにですけど、いつその……ダンジョンに行くんですか? 夢迷宮に」
彼女はそんなことを聞いてきた。
つまり日程の確認である。
「もう今日行くには遅いし……」
僕はスマートフォンの画面から、現在時刻を確認した。午後5時と、画面には映っていた。
今から本気でダンジョンを攻略しようとなると、少し遅い。
よく使われている用法のは異なるが、
『もう遅い』のだ。
「そうだなあ。次の土曜日にしよう」
「次の土曜日、ですか」
「ああ」
今日は日曜日なので、次の土曜日──。
「六日後だな」
「分かりました〜」
「まあ学校があるしな。僕たちはかなり長期休んでいたから、平日休むわけにはいかないんだよな」
僕の言葉には、冒険者である二人とも強く共感出来たようだった。二人は黙って何度か頷く。
それから少しして僕たちは解散した。明日からまた学校だ。
まあ、僕は人気者だし?
──以前のようなボッチみたいな悲しい状態での学校じゃないし?
きっとこの一週間は楽しくなるだろう!
◇◇◇
「……なんて妄想していた僕が馬鹿みたいじゃないか?」
「実際に馬鹿なのだから、仕方がないわね」
「辛辣だな」
「それが私の魅力だからね」
「どうしようもないな!」
「それが私の魅力だからね」
辛辣で、どうしようもなくて、絶壁な(ついでに)な勇者なんてこの世に居ていいのだろうか? 答えは、否である。
「やれやれだよ、本当にさ。なんで。なんで」
「仕方がないでしょう」
「そりゃそうだけどさ」
月曜日の昼頃。僕たちはクラスメイトととは違う別室で『特殊補講』を受けていた。隣には僕の他にコレを受けている"どうしようもない"勇者の秋元と、梅雨坂がいる。
冒険者はダンジョンに長期潜る時、もちろんだが学校の授業なんて出席できない。
そのため、他の生徒に比べーー勉学において大きな遅れをとってしまうのだ。
その差を出来るだけ埋める為、うちの学校では『特殊補講』という授業を特別に行なってくれている。
それを、僕たちは今受けていたのだ。
……はあ。
みんなにチヤホヤされながら生活出来ると思ってたのによぉ。
なにが悲しくてこの三人でアホみたいに難しい勉強をしなきゃいけないんだ! しかもハイスピードで。
この授業の進行速度に。
──ついてこれるか。
じゃないんだよ!
知らないよアー◯ャー。まあ別に梅雨坂と授業を受けるのは構わないんだが、勇者、お前はダメだ。
「不満そうな顔してますよ? ホワイトさん」
制服姿の萌え梅雨坂が、唐突にそう言った。
「城里な」
「城里さん。不満そうな顔してます」
「……そうかなあ。顔には出してないつもりだったんだけど。やっぱりポーカーフェイスは苦手だな」
「城里さんって良くも悪くも、ウソをつけなさそうな性格ですよね」
別にそんなわけじゃないんだけどな。
そう言われてみれば、その気はあるかもしれない。基本的に僕は嘘を言っていない。というか言っていない。
ただ隠し事が人より少し多いだけ、だ。
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。僕ってのは何とも言えない性格だよ」
僕はそう言って、この話題を即座に片付けた。
それよりも、だ。
そろそろ昼休みが終わり、次の授業が迫っていた。確か次は数学であるが……出来る気がしない。不安要素しかなかった。
僕は数学が苦手なのである。
いや本当に。
そして国語が苦手なのである。
古文も、漢文も、現代文も。
いやマジで。
ついでに英語も苦手なのである。
文法も、単語暗記も、リスニングも、スピーキングも。
ガチのガチで。
つまり、僕は勉強が苦手なのであった。
「っと、もうすぐで次の授業の時間ね」
「また地獄が始まるよー……辛い」
「共に頑張りましょう、梅雨坂さん」
「う、うん! 頑張るよ。あ、あとそれと。私のことはホタルって呼んで? 名前で良いんだよ名前で」
「そ、そうかしら」
そんな会話をする女子二人は、なんでかは知らないが僕とは比べ物にならないぐらいの優等生だった。
なぜ冒険者と学業を上手にやりくりできるのか。
僕にはよく分からない。
「じゃあ、蛍」
「うん! いいね!」
「じゃあ梅雨さ……じゃなくて、蛍。私のことも奈々と呼んでくれて構わないわ」
「分かったよ、ななっちね!」
「ななっち──!?」
なんだこの空気は。ある人によれば、百合〜とかいったりするのかもしれない。だがしかし残念ながら僕にそういう趣味はなかった。
「僕もななっちと呼んでいいか?」
だから、話に混ざる。のだが。
「やめて、死んでも嫌よ。あんたにそう呼ばれるのは!」
「おい酷いな」
断られてしまった……ぐぬぬ、残念。
そのように意気消沈していると、ふと教室の外から足音が聞こえてきたではないか。
しかも、コチラに向かっていた。
「!」
先生だ。僕はスマートフォンで時間を確認しようと思ったがその必要はなかった。教室の隅にかかっている時計を一瞥する。
授業開始まで、あと一分も無かった。
時間が過ぎるのは、中々に早い。
そして。
「……」
教室前方の扉がゆっくりと開かれた。
見知らぬ白衣姿の若い男が入ってくる。彼の黒髪はワカメみたいにボサボサで、そしてなんとも言えない猫背だった。
……誰だ?
確か次は数学のはずだが。彼は、僕たちがいつも数学を教わっている教師ではなかったのだ。僕と秋元、梅雨坂はそれぞれで目を交わした。
あの人、誰? と意思疎通を図るかのように。
少なくとも、この学校の教師ではない。それだけは分かった。
教壇まで歩いて行き、教室の前方に辿り着いた彼は足を止めた。そして唐突に男が話し始める。
「あー、どうも初めまして」
……?
「【松永啓介】だ。多分、お前らとは初対面だと思う」
急にこいつは何を言っているんだ──ここにいる僕たち三人は、全員がそう思ったと思う。
しかし僕たちは、決してそんな事を言わなかった。
彼にはなんだか不思議な威圧感があったのだ。
オーラと言い換えても構わない。
「冒険者である肩書きを持つお前らなら、俺が誰だかは当然分かると思う」
分からなかった。
「一応、私は魔法研究員であり、国指定冒険者の"上位指定"を持っている」
そこまで聞いて、やっと理解した。
……国指定冒険者。
この日本国から直接、雇われている国内トップクラスの実力を持つ冒険者たちである。
早い話、メチャクチャに凄い人ということだ。
そこまで聞いて、その静寂をいち早くぶち壊したのが僕の隣に座る勇者だった。
ある意味、勇者である。
「国指定冒険者が、なんでここにいるんですか」
秋元が、松永に問う。
すると気怠そうな顔つきのまま猫背の男は、答えた。
「国からの命令だからだ」
「国からの仕事って、なんですか」
「単刀直入に言ってしまえば、ここ最近巷を騒がせている『城里学』の調査だ」
「……!」
どうやら、まさか、目当てが僕だったらしい。僕も大きくなったもんだなあ。そんな凄い人たちの、話題の的になるなんて。
ここにはもっとビックな"勇者さま"もいるのに、この男はそれにさして興味を示していなかった。
単純に仕事外、だからかもしれない。
「もちろん、ここに来るにあたって。この高校の教師陣から承認は受けている。この時間は、私が確保したものだ」
そういうわけで、今日の数学の授業が潰れたらしい。やったね!
……と素直に喜んで良い状況なのか?
「断っておくが、私は別に喧嘩を売りに来たわけじゃない。ただただ仕事の一環で来ただけだ」
「は、はあ……」
「しかし調査と言っても重苦しいものではない。ただ見るだけで済む」
松永はそしてゆっくりと、僕の席へと脚をすすめた。蛇のような鋭い眼光が僕に突き刺さる。まるで犯罪を犯して、警察に事情聴取とかされている人になりきってるみたいだ。
そんなもの、ドラマとかでしか見たことがないというのに! (もっとも僕はドラマを、人生の中で一度しか見たことがない)。
「ふむ」
「ど、どうでしょうか?」
こういう雰囲気に慣れていない僕は、アタフタして良く分からない事を聞いてしまった!
どういうことだよ。
どうでしょうか、って。
僕の脳は、それにどんな回答を求めているんだ!
「そうだな。確かに話題になるほどの力はあるのかもしれない。筋肉の入り方や、……そして"魔素の薄さ"が」
……。
「いや、魔素が薄いのではないな。はあ、なるほど。これは面白い。まさか君は、魔素を持ち合わせていないのだな」
…………。
僕はその言葉を聞き逃そうとした。決して、僕にとって都合の良い話ではなかったから。
しかし。
その言葉に反応してしまったのだ。
秋元奈々が。
「待って。魔素がない? コイツに?」
「……なんだ勇者、お前は気が付かなかったのか? そうか。お前は自分自身から膨大な魔素を発してるせいで、気が付けないのか。なるほど。これまた面白い」
「いや、そんなことより──」
彼女が続ける、僕の方を見て、言った。
「魔素がないって、どういうことよ貴方。本当に。それであんな事が出来るって言うの?」
「出来るのさ、頑張ればね」
「そんな根性論じゃ、今までの貴方は済まないわよ? 本当に一体、あんたはなんなの。何者なの?」
「いやだから、僕は君の幼馴染で、ちょっと冒険者の才能があるだけの男の子さ」
「ふざけないでよ!」
ぴしゃり。
珍しくヒステリック気味に、勇者が席から立ち上がってそう叫んだ。
流石にそろそろ限界か?
「勇者、落ち着け。そしてその件については後でコイツとケリをつければいい。取り敢えず今の私から言えることは、私の仕事の邪魔をするな。ということだ」
……誤魔化しはもう、効かなくなってきているのだ。
僕は心の中で、ゆっくりとため息を吐いた。
これから冒険者として僕は頑張っていくつもりなのだ。そうだとするのならば、この話題で勇者とぶつかるのは必然。
もうそろそろ話さなきゃならないのかもしれない。
僕はそう感じつつ、重い腰をあげるかどうか、考え始めるのであった。
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