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14『新たなる仲間・通称"死神"』

 


 あの地獄みたいな逃走劇の一日後。


 土曜日。僕は駅前の喫茶店に、座っていた。チェーン店ではない。今時、駅前では珍しいお洒落な個人経営のカフェだった。


「アイスコーヒーで」


「ホットコーヒーをお願いします」


「私は、えーと、抹茶ラテで!」


 ある四人席のテーブルに、僕たち"三人"はいた。


 その三人の正体というのは……僕こと城里学に、勇者こと秋元奈々。そして僕のクラスメイトである──梅雨坂つゆざかほたるであった。


 梅雨坂とは、よっ友ぐらいの関係であったが。

 彼女が冒険者であり、配信者でもあることを、僕は知っていた。


 だから昨日の夜、急に電話を掛けてカフェに誘ってみたという話である。

 因みにだが彼女の電話番号を僕は知らなかった。

 知っていたのは、秋元の方だ。


 だから──さっきはまるで僕の手柄みたいに言ったけど、正確には彼女に電話してくれたのは秋元だったし、秋元が彼女を誘ってくれたのである。


 この、"作戦会議"に。


「で、なんで私を誘ってくれたの? ねぇねぇ」

 そう言う彼女こそが、梅雨坂蛍。


 短めの茶髪が似合う、茶目の少女だ。

 黒と白のミニワンピースを着ていた。

 たしかそれは、フレンチガーリーと呼ばれるファッションだったはずである。


 それはまぁ、そこまで重要なことではなくて。


「えーっと、貴方って冒険者でしょう」


 秋元が続けた。


「まああの、天下の勇者様に堂々とそう言えるほど、実力のある者じゃないけどね!?」



「単刀直入に言うわ。貴方の力を貸して欲しい」



 彼女を今日、ここに誘った目的はつまるところソレだった。僕たちは彼女の力を借りたかったのである。


 あのダンジョン《オネイロス・ライト》の4階層へ調査しに行くには、僕たちは人手があと少し──広範囲攻撃を得意とする人──が欲しいと考えたのだ。


 そしてその適任が、身近にいたというわけ。


 にしても、お洒落なカフェだ、本当に。

 誰の曲から分からないけれど、店内ではジャズが流れていた。


「わわ、私の力? 勇者様が私の手なんて借りても……その違いなんて分からないと思うんですけどお」


「大丈夫。貴方はそんな謙虚になるほどじゃないでしょう。死神シニガミなんて恐ろしい通り名を持っているぐらいだし」


「うーん……」


 僕の同級生であり、一応ある程度の地位を確立している中堅配信者。梅雨坂蛍。



 通称・死神。



 ……配信中にあまりにも魔物を多く殺戮してダンジョンを攻略しているもんだから、視聴者たちからそんなあだ名をつけられたのだ。


 とはいってもだ。


 彼女は双剣使いだし、どちらかと言えば──あくまでも僕的にだが──死神という通り名は、鎌使いの暁ヒナの方が適切だと思う。


 それにこんか美少女が死神だなんて……(あくまでも比喩的な話だが)、想像出来なかった。


「あんたは確か、双剣使いだったよな」


「え? あ、うん……そうだね」


「そして双剣以外にも、魔法の腕が立つと聞いた」


「まぁ、魔法に関して言えばそれなりには出来ると思うよ!」


 そう。

 梅雨坂は双剣の他にも、魔法が凄いのだ──僕はそれを知っている。

 よく知っている。


「多分だけど、えーっと」


「城里でいいとも」


「城里クンは見たよね……? 私が遅刻しそうな時に」


「遅刻寸前で、校門を浮遊魔法で軽々しく飛び越えてく姿を」


「あ〜やっぱりぃ、あの時誰か私のこと見てたなって思ったけど。城里クンだったんだね」


「そういうことだ」


 まぁただ魔法を使うということに関していえば、僕以外……大体の冒険者から出来て当然だろう。そりゃあ現法フロンティ魔法マギアとか複雑なものになってくると話は変わってくるが。


 基本的な魔法に関しては、ちょっと頑張れば誰でも使えるのだ。


 ……しかし、通常ならば魔法を使う時に『詠唱』しなければならない。


「アンタが通常ならば魔法を発動するのに必要な『詠唱』をスキップしていたからな。鮮明に覚えてるさ」


 と、言ってみるものの。


 実際そんなことない。僕は平均的どころか、やや覚えは悪い方である。その為、『言われてみれば確かにそんな事もあったなあ』程度しか、覚えていなかった。


 しかし、思い出せと言われたら、思い出す事は可能な情景だった。

 だから他の景色に比べたら、それは一際目立っていたのだろう。


 他の記憶を、いま鮮明に思い出せと言われても……僕は思い出せる気がしないからな。


「やっぱり、ソコに気づいてたんだ」


「ああ。『無詠唱』での魔法発動なんて、見た事ないぜ。凄いよ、本当に」


 僕はそう言って、梅雨坂を褒めちぎる。


「え? えへへ、褒めても何も出ないですよ〜」


 彼女はニコニコしながら照れつつ、頭に手をやってぺこぺこ頭を微妙に上下に動かしていた。

 ヘラヘラしている、と言った方が良いかもしれなかった。


「梅雨坂さん、そう易々と騙されないでね? コイツは、そんな魔法の凄さとか分かるほど、知識がないから」


「おい」


 余計な茶々が入ってしまった。

 これじゃあ、ふんわりとした和やかな雰囲気が台無しじゃないか……!


「絶壁は黙ってるんだ。その方が賢明だ……ぜって、痛いなぁ!? なんで急にビンタするんだよ」


「ひ、酷い!?!? い、いくらキモガリアニメオタクちょっと強いだけが取り柄の性格クズ終わり野郎でも……流石にそこまでは言わないかなぁと思ってたのに!」


「ちょっと待て! お前は僕をなんだと思ってる!?」


「言ったでしょ!? キモガリアニメオタクちょっと強いだけが取り──」


「ぎゃああああ!!!」


 そんな会話を数秒続け。

 僕たちは二人とも、それぞれのコンプレックスに致命傷が入り、倒れてしまうのだった。



 ◇◇◇



「で、速攻の攻撃が出来る──梅雨坂の無詠唱と双剣の腕を見込んでお願いなんだ」


「は、はひ……!」


 あれから数十分あと。勇者は自分が興奮しすぎたことに勝手に絶望し、椅子の上で体育座りしながら「やってしまった……」とずっと虚な目を浮かべていた。


 梅雨坂はというと、先程と変わらず"のほほん"としていた。


「僕たちは今、オネイロス・ライトというダンジョンの4階層を目指している」


「4階層ですか?」


「ああ、どうやらその階で最近異変が起こってるとかなんとかで。調査しろって国からの依頼があったらしいんだよ。アイツにさ」


 アイツとは、アイツのことだ。

 と僕は勇者に対して指を差した。


「あぁ……」


 梅雨坂はなんとも絶妙な声を上げた。


 ……ノーリアクションでいこう。


「で、その4階層にまだ僕たちは辿り着けていないんだ。いかんせん魔物の数が多くてさ」


 あれが本当に『中』難易度のダンジョンなのか? 僕は違うと思う。しかしそれは国の決めたことだから、僕が何を言おうと意味のない騒音になるだけだった。


「だから速攻の出来る、梅雨坂の"無詠唱魔法"と"双剣の腕"に協力してもらいたい」


 僕は出来るだけ真摯にそう言った。

 しかし、やはり厳しいか。


「うーん、ちょっと……」


 いつの間にかテーブルに届いていた抹茶ラテを、喉に入れつつ彼女は悩んでいた。

 悩んでいるように見えた。


 ───僕はすかさず、言う。


「もし、しっかりと異変の調査が完了出来たなら……報酬として百万円が支払われるそうだ。どうだ?」


 と。

 すると。


 彼女は瞬時に目を輝かせて。


「や、やりますぅ!!! 協力させてくだひいいいい〜!!!」

 とテーブルに身を乗り上げて、言ってくるのであった。



 僕はつくづく思う。


 ……お金の力っていうのは、本当に凄いな、と。 



 そして彼女は言った。


 「これからよろしくお願いしますね、ホワイトさん!」と。


 なんだか現実で、ハンドルネームで呼ばれると途轍とてつもない違和感があるのだが……それは僕だけだろうか。

 そして。彼女が"僕のインターネットでの姿"を知っていたことは、最早言うまでもないだろう。



ここまでお読み頂きありがとうございます!

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