01『僕が挑んでいたダンジョンは、勇者専用の超高難易度ダンジョンだったらしい……』
「はぁ──!」
目の前に現れた猪型の黒毛魔獣。ファンゴル。
ソイツが飛びかかってきた刹那。僕はダガーナイフでファンゴルの腹を起点とし、解体作業をするかの如く切り裂いた。
鮮血が薄暗闇の中、空中を踊る。肉を切り裂いていく感覚が手に染みた。
しかしそんな物にいちいち驚いている暇はなかった……!!!
一匹、死んだ。
「グルゥ"!」
猪型魔獣は、視認できる限り残り二匹ほど。
大丈夫だ。
この程度なら、問題ない。
鋭い赤い眼を持つ獣たちは、僕のことを肉塊としか見ず──しかしながら、いつ飛び交かってやろうかとコチラの様子を窺ってくる。
獣の癖に、どこか理性的で、中々に手強い。
初めてのダンジョンに潜って、はや二ヶ月が経過した。最初は中々安定しなかった生活スタイル、食事も安定してきた。
だがしかし、魔物を狩るのだけは苦手だった。
いつもギリギリだ。
今のところ34階層までいけたが、食料調達するためにはココ3階層まで降りなきゃいけない。
そうしないと安定して魔物が狩れないのだ。
ソレは冒険者として致命的すぎるかもしれないけれど……。
仕方がないじゃないか。
僕にとって、魔獣はみな信じられないぐらい強かったのだ。
だが、負けるわけにもいかない。
「ガルゥ!!!」
「ギュルァァァ!!」
二匹が唸り声をほぼ同時にあげた。
その時、一匹が僕に目掛けて突進してきたのだった!
疾いッ──これは、いささか避けるのが困難に思えた──。
いや、目の前の一匹を対処するだけならば簡単だった。でも多分、その一匹を対処している内にもう一匹がコチラへ攻撃を仕掛けてくるのだ。
その場合、それは本当に躱すことの出来ない攻撃となってしまうだろう。
それだけは避けたかった。
だから。
「っ」
固唾を飲み、そして僕は辺りを見渡す。見渡す限り暗雲。というのはあくまでも比喩表現で、正確には岩で溢れた暗い通路。
そこで僕が目をつけたのは、天井だった。
天井のある地点で、つらら形状に岩が突起していたのだ。
「来い、化け物!」
「ガゥ!!」
僕は腰に携えていたもう一つの短剣を取り出し、手を上へと振り上げるようにして投擲する!
そして、僕は突進してくるファンゴルの脳内へと──振り上げた手で、"元々持っていた剣"を振り下ろした。
「……ァ」
ソイツは即死だったようだ。
断末魔もあげず、刺した脳天から噴火した火山みたいに血を吐き出すだけ。
そして──それはともかく、僕はもう一匹のファンゴルが追撃を仕掛けてきている事を見逃さなかった。
「ガルゥゥゥ!!!」
最早、人間ならば避けられない速度で突進してきていた!
そして言うまでもないだろうが、その突進にあたれば一溜まりもない。
自分が肉塊になってしまうのは、一目瞭然だった。
だが。
先手は打ってある。
「……グァ?」
ファンゴルは急ブレーキをするように、地面に体全体を擦り付けながら減速し始めた。いいや転んでしまったのだ。
何故って。
僕が投げた短剣に当たって、天井から落ちてきた
──岩のつららが、今に似たようにファンゴルの脳天を突き刺したからだ。
勿論、ソイツも即死だったのだろう。
血を吐きながら、勢い余ってただの肉塊が地面を滑って、減速していった。
車が急ブレーキを踏んで減速していくのに、酷似していた。
そして数秒後、ダンジョン内には再び静寂が訪れた。
「はぁ、はぁ、はぁ。やっと……あらかた片付いたか?」
僕は胸ポケットに入れていたスマートフォンを取り出し、画面を確認する。
そうだった。
僕はこの魔獣に囲まれる前──流行りの『配信』でもしながらダンジョン攻略をしてみようと、思い立っていたのだった。
まぁ配信開始ボタンを押したのとほぼ同時刻に、魔物に囲まれて襲われてしまったわけなんだが。
「ぁあ、忘れてた」
僕は視聴者数を確認した。
視聴者数:156
初めての配信にしては中々に人が来ているんじゃないだろうか。
コメントが来ているが。
ーーーー
『おーい、初心者大丈夫かー?』
『今のって、獣の鳴き声的に、ファンゴル?』
『まだ34階層目なんだろー? 頑張れよ』
ーーーー
みたいなものばかりだった。
心配してくれているのはありがたいが、嬉しい気持ちよりかは、こんな雑魚で苦戦する自分を見せてしまって若干恥ずかしい気持ちの方が強かった。
「まぁつまるところ、僕には冒険者としての才能がないんだろう……」
配信を始めたのは自分だから、自業自得なんだけれどね。
地面。ちょっとした岩に座り込んで、コメントを僕は読んでいた。
その時だった。
「はい?」
人の声。
二ヶ月ぶりに、人間の声が聞こえてきた。──このダンジョンは人気がないのか、他の冒険者に二ヶ月間で一度も遭遇しなかったのだ。
だからその声が聞こえた時、僕は不安や驚きは確かに強かったけれど、それよりも『人に会えた』という安堵感の方が強かった。
僕は声が聞こえた方を見る。
そこには人影があった。
そして段々ソレがこちらへ近付くにつれ、鮮明に、はっきりと姿が映っていく。
僕は正直、自分の目が信じられなかった。だって僕の瞳に映っていた人間は、僕の幼馴染である──『秋元奈々』だったのだから!
黒髪ストレートの美少女優等は何故か、重そうな革鎧を着て、大剣を背負っていた。
整った顔立ちの彼女が珍しく、驚いて変な顔をしていた。
「あれ、なんで秋元が此処に?」
「っっっっ!?!? あ、あんたこそっ! なんでこんな危険な──というか私しか入れないはずのダンジョンにいるのよ?」
「えぇ、さっぱり分からないな。どういうこと、それ。秋元しか入れないダンジョン?」
「というか私、配信中だから──本名で呼ばないで!」
「あ、因みに僕も配信している。今日初めてやった」
彼女は配信中だったらしい。
奇遇だな、と僕が共感しようとしたところ、秋元は全力で僕の頬にビンタをかましてきた。
バシンっ‼︎ と乾いた音が響く。
「痛いなぁ、何するんだ」
「あんた本当に意味分からない。なんで、なんでなんでなんで!?」
彼女は滅茶苦茶に動揺していた。
……なんでそんな、動揺する必要があるのか。僕にはさっぱり分からなかった。
取り敢えず配信中に、配信者の本名を言うのは御法度なのだということだけは理解した。これからは気をつけることにしよう。
じゃなきゃ、ビンタを食うからな。
「あのさ、城里!」
「おい、こっちは配信してるんだぜ? なんで僕の本名を言いやがるんだ──」
こっちもしてはビンタしてやってもいいんだぜ?
「あんたが先に私の本名を言っちゃうからでしょ! ってそれはいいの。いや、良くないけど!!」
なんだか優等生のくせに落ち着きがない。学校での彼女はもっと凛としていて、家で遊んだりする時だってそこまで騒ぐタイプではなかったはずなのに。
これじゃあまるで、癇癪を起こした子供だ。
綺麗な黒髪に手を突っ込み頭を抱える秋元は、ようやく冷静になれたのか、数十秒の時を経て告げた。
「あのさ、ここは百年に一人生まれる勇者しか入れない──勇者専用の超高難易度ダンジョンなの。そして私が、その勇者なの!!!」
そして彼女は付け足した。
「それに、このダンジョンの入り口には勇者しか入れない結界が貼ってあるはずでしょ!? ──なのにどうして、あんたが普通に此処にいるのよ!?!?!?」
……お、おう。
彼女は彼女なりに衝撃の事実を口にしたらしいが、素人の僕にしてみれば、そうなんだと言うほかなかった。
だって知らないし、そんなの。
どうして此処にいると言われてもなぁ。
普通に入れてしまったんだし。
そう聞かれても、僕には答えられない。
「いやぁ、それについては分からない」
だから僕はそう言った。
「それに何その装備! いや、装備っていうのもおかしいか。……なんでダンジョンを攻略するのに、鎧も着ないでジャージ一枚なのよ!」
「え?」
僕はダンジョンに潜る時、ジャージを三枚、ズボン(と下着)を三枚ずつ、ダガーナイフ一つしか持ってきていない。
だから今日着てきたのは薄汚れた黒色のジャージと傷だらけになった──ある意味お手製の、ダメージジーンズだった。
「さっきも言ったでしょ! ここは百年に一人、世界に一人だけの勇者しかが入れない超高難易度ダンジョンなの!」
彼女は続ける。
「なのに! なんでジャージ姿の貴方がほぼ無傷で、──なぜこのダンジョンに入れたか、はその際ともかく──私と同じ3階層まで来れてるの!?」
え?
いや、それは驚くことじゃないだろう。
僕はすかさずを訂正を入れることにした。だって勇者ってのは凄い存在のはずだ。
それが、3階層なんかで手こずるはずがないからな。
「いやいや、待ってくれ。別に僕は3階層に食料調達に来ていただけで、いつもは34階層で頑張ってるんだよ──」
そう。
僕は食料調達をするために、なんとか倒せる階層に足を運んでいたのだ。
もっとも、それでもギリギリの戦いになっていたわけだけどさ。
しかし。
なんでだろう。
「さ、34階層!?!?!?」
その言葉を聞いて、秋元は口から泡を吹く勢いで卒倒してしまったようだった。
これはとある最強少年がフザけた世界で物語る、そんな物語である。
うおおおおお!!!
ジャンル別日刊・【37位】!!!! 6/27 6.40.
ありがとうごさいます!!!!!!!!