王子様はオイタがバレる
メリー大暴走回です。
よろしくお願いします。
リチャードはメリーの申し出に本当に申し訳なさそうな顔をした。しかし、腹の底ではどう思っているのかは分からない。
「恐れながら申し上げます。この件に我々騎士団が関わる必要はないかと。」
リチャードの後ろに立っていたロジャーが突然、口を開いた。メリーを睨みつけている。
「若い者の中で、グッドマンのエリオットに恨みを持つ者は少なくありません。ケビン医師の医院のアンはダグラスの恋人でしたが、ダグラスを捨ててエリオットに鞍替えした女です。他にも同じようなことがここ二年で何度も起きています。騎士団内の心象は最悪かと。彼らに助力をすれば、上層部と我々の間に亀裂が入ることは避けられません。」
騎士団には幹部の貴族の他にも平民出身の平騎士がいる。というよりも、殆どが平民出身だ。貴族はほとんどの場合、士官学校を卒業する前に婚約者が決まっていて、独身の間は遠方での任期も短い。
だが、平騎士は現地に恋人を作ってそのまま家庭を持ち、赴任先で腰を落ち着ける者も少なくない。ダグラスもそのつもりでアンと恋人になったが、エリオットによって壊された形になった。
メリーは憤った。
「なんてこと言うの!人の命がかかっているのよ!そもそも浮気したその女が悪いんじゃない!恋人を取られたくらいで逆恨みなんて、それでも騎士なの!?ひどいわ!!」
メリーの暴走は止まらず、ニールは頭を抱えたくなった。
「奥様、落ち着いてください。我々は頼みに来た立場なのです。会頭とのお約束をお忘れですか?私がお話を進めますので、どうか冷静になってください。」
自分と会頭、つまりグッドマン商会は騎士団に叛意なし、という主張を込めてメリーに声をかけた。騎士団との取り引きがなくなってしまえば、いくらグッドマン商会と雖も屋台骨が揺らいでしまう。
騎士団御用達というのは大きな信用である。それを失えば、雪崩のように顧客を失うことも考えられた。
「ああ、奥様のお気持ちも分かりますよ。私も子がおりますからね。しかしですなぁ、若い者の気持ちもわかるのですよ。実際、気分が悪いからグッドマン商会との取引をやめて欲しいという要望は幾度か下から上がってますからね。組織が個人的感情で動かされてはいけないとこれまで抑えて来ましたが、今回のご相談は問題を起こした張本人のことですから、反対意見も出るというものです。不躾ですが、今までご子息に素行について注意されたことはなかったのですか?彼には婚約者もいるはずでは?私は末席ですが一応貴族なのでね、私もいわゆる政略結婚をしましたよ。貴族の婚約というのは家同士の事業提携と同じです。信頼を裏切る行為は御法度なのですよ。結婚後は、まあ、色々ありますが、常識のある者ならば、婚約期間中に婚約者を蔑ろにして事業提携をご破算にするようなことはしないものです。」
エリオットとレベッカの婚約も似たようなものである。メリーはエリオットがやっていることがレベッカを蔑ろにしていることと同義だと思っていなかった。
結婚前の遊びだから、今だけだから、と何度もマックスがエリオットを怒るたびに庇ってきたのは、メリー自身もレベッカがまだ子どもだからと無意識のうちに侮っていたからだ。
息子の行動が騎士団だけでもこんなに悪印象を持たれていたと思ってもみなかったのは、何よりも婚約者であるレベッカがエリオットの素行について一言も文句を言わなかったからだ。
メリーが答えに窮するとニールが答えた。
「会頭からは幾度も注意をしてきましたが全く改善されず、このような事態を引き起こしてしまいました。手前勝手な話なのは重々承知しております。彼の今後のことは会頭にもお考えがあります。騎士のみなさまのお怒りを鎮めるには至らないかもしれませんが、今回は何卒、ご協力いただきたく存じます。」
ニールは頭を下げた。メリーは唖然とした。マックスがエリオットの去就について考えていることを初めて知った。さすがに商会から追い出すことはしないだろうが、跡取りではなくなってしまうのは確実だろう。
それはエリオットを跡取り息子だから、と優遇してきたメリーの根本を揺るがすものだった。
「なんなの!?ニール、聞いてないわよ!あの人がそんなこと言ったの!?何考えているの!?まさか、あなたの孫息子をサマンサと娶せて、商会を乗っとるつもり!?あの人はあなたの言うことなら耳を貸すもの!私の話は全く聞いてくれないのに!!そうだわ!そうなんでしょ!!」
サマンサの恋人がニールの孫息子テッドであることはメリーも知っていた。テッドがニールに似て有能なのもよく分かっている。二人が結婚して、エリオットを支えてくれればいいと思っていたが、長男のエリオットを差し置いて上に座ると言うのであれば話は違う。
メリーはニールに罵声を浴びせ続けた。最早、何をしに来たのか分からない。一つのことに思考が向くと、そちらにしか進めない。客に買わせると決めたら何がなんでも金を払わせる。クレームが起きないわけがなかった。
ロジャーと扉側の騎士ヘンリーはメリーを冷たい目で見た。眉を顰め、メリーのキンキン声に嫌悪感を抱いている。
リチャードは困り顔のまま少し微笑んでいる。あちらの失態はこちらには利しかもたらさない。ご婦人のヒステリックな叫び声も、勝利をつげる喇叭の如きもので、さして気にも留めなかった。
しかし、こうなることを予想しながら、なぜメリーを連れてきたのだろうか。出発前に報告に行った時、マックスにはニール一人で向かうように言われたが、息子の一大事に大人しくしていられないと大騒ぎしてごり押ししたのだった。
出し惜しみするな、とはメリーの暴走を見越してのことだ。マックスとしても、穏便に済めばそれ以上のことはない。メリーには、交渉はニールに任せて大人しく俯いていろ、と言われた。しかし、それは実現しなかった。
「奥様、もういい加減になさってください。あとのことは会頭に直接お伺いしてください。私には決して貴女の思うような悪意はありませんから。リチャード様、申し訳ありません。奥様には先にお帰りいただきますので、どなたか馬車まで送ってくださるようお願いいただけますか?」
「わかりました。母の愛というのは海のように深いですね。恐れ入りました。ご安心ください、若い者は私から説得いたしますからね。先ほども申しましたが、組織というものは個人の感情で動かしていいものではありません。これからもよろしくお付き合い願いますよ。魔女は明日の午後一時にこちらへ来ます。少し前に来ていただければいいですよ。交渉ごとが得意な方を連れてきてくださいね。一筋縄ではいきませんから。いたずらに法外な値段をふっかけてきますが、魔女は決して金だけでは動かないのです。ヘンリー、君がご夫人を送っていきたまえ。ニールさん、では、もう少し話をつめましょうか。」
ロジャーよりは理性的なヘンリーにメリーを任せ、強制的にメリーを退室させた。
「明日は私が参ります。便宜を図っていただき、ありがとうございます。」
ニールはまた深々と頭を下げた。
メリー強制退場。
次回は魔女が出てきます。