王子様はお姫様抱っこで運ばれる
婦女子の憧れお姫様抱っこ。
意識のない人間を運ぶのは大変です。
「どうしたの、コレ。」
サマンサが聞く。メリーは手紙をレベッカから奪い取って、中の便箋を取り出した。
「ここにエリオットはいるのね。」
「はい。今朝、私の家に届いていたんです。部屋の鍵と一緒に。」
「すぐ迎えに行きましょ。サマンサ、お父さんに声かけてきて。」
「分かったわ。私は休憩終わるから行かないけど、エリオット運ぶなら男手いるわよね?」
「そうね。レベッカ、運送担当に言って二人借りてきて。荷馬車も一台ね。サマンサ、ニールに医者の手配をお願いして。今ならお父さんのところにいるでしょう。」
ニールは商会の実質ナンバー2だ。副会頭はメリーだが、ニールは先代の頃から辣腕を振るっていくつもの流行を作り出した。経営側になっても昔ながらのお得意様から指名をもらうこともある。いつも微笑みをたたえている紳士だ。
だが、レベッカからすると、父を引き込むためにエリオットとの婚約を提案したのがニールなので、なんとなく苦手だった。
「二十分後には出られるように、みんなに伝えて。」
非常時のメリーは判断も早く、指示も明朗である。普段はちょっとのことで感情的になるのでレベッカも振り回されがちだが、問題が起きたときに動じないメリーをレベッカは尊敬していた。さすが大店の女将、肝の据わり方が違う。
レベッカは少し離れた場所にある倉庫まで走った。グッドマン商会では高級品だけでなく、食料品や日用品も扱いがあり、大口顧客に荷物を届けるための荷馬車も用意されている。それらを運ぶ者たちは、店舗ではなく倉庫に詰めていて、発注が入ると荷馬車で届けに行く。他にも倉庫の在庫管理や仕入する荷の運搬が彼らの仕事だ。
詰め所で事情を説明すると、力自慢の若者二人を連れていくように言われた。メリーの指示が馬車ではなく荷馬車なのは、眠ったまま起きないエリオットをそのまま運ぶのと、アパートメントに向かう全員が乗車出来るからだ。
御者はロンという若者がするので、ダンというもう一人の若者と荷馬車に乗り込み、急いで店へ戻った。
店の裏口に荷馬車を寄せると、戸の前には既にマックスとメリーが待っていて、レベッカが声をかける前に荷馬車に乗り込んできた。
「仕事中に悪いな、ちょっと付き合ってくれ。」
マックスがダンに声をかけると、ダンが恐縮して、
「いえ!全然!お安い御用ですよ!」
と返した。マックスとメリーは、疲労感丸出しの表情をしていた。マックスが大きなため息を吐くと、レベッカに向き合った。
「レベッカ、手紙の主に心当たりは?」
「私は知らない方ですが、部屋の主はスージーさんという方です。ただ、実家に戻るとかで、今朝退去していかれたそうです。大家さんには紛失したと報告していたスペアキーが手紙に同封されていたので、多分その人じゃないかと。」
マックスが眉をピクリと動かした。
「大家と話したのか?」
「あ、はい。昼の休憩の時に確認に行った時、声をかけられて……あちらは部屋にいるのがエリオットだとすぐに気付かれました。」
「はあ、そうか。なるべく人に知られずに済ませたかったんだがな。」
「す、すみません……。大家さんは、とりあえず、私たちがエリオットを迎えに来るまで待つので、着いたら声をかけてくれと言われました。」
「あちらも警察沙汰は御免だろう。わかった。」
そこからアパートメントに着くまで皆無言だった。メリーは憮然としている。もしかすると、合流する前にマックスとやりあったのかもしれない。
荷馬車で行くと店から五分もかからず、すぐに到着した。
管理人室を覗くと、大家さんがお茶を飲みながら新聞を読んでいた。
「ああ、早かったね。」
「マックス・グッドマンと申します。この度は愚息がご迷惑をおかけしまして、本当に申し訳ありません。お詫びと言ってはなんですが、こちらをお納めください。」
マックスはメリーに目配せすると、メリーは持参した紙袋から贈答用の紙に包まれた箱を取り出し、大家に渡した。大きさから言って、中身は高級菓子や茶葉だろう。あの短時間でしっかりとこういう物を用意出来るのはさすがである。
「これはご丁寧にどうも。警察には連絡を?」
「いえ、このまましないでいるつもりです。」
「そうですか。こちらとしましてもその方がありがたい。私も部屋まで同行いたします。鍵は…お嬢さんの持ってるスペアキーでいいね。帰るときに返してくれるかね。」
「分かりました。」
マックスとレベッカ、ダン、ロン、大家の五人で部屋へ向かう。メリーは荷馬車に戻って、御者席で馬を見ていることになった。
レベッカとしては、息子が大変なことになっているのにすぐに顔を見に行けないなんて少し可哀想に思ったが、マックスにレベッカが着いてくるように言われたので、そのまま荷馬車の見張りをお願いした。
マックスは目覚めぬエリオットを目の当たりにしてメリーが取り乱したら面倒だと考えたので待機を命じたのだった。
スージーの部屋に入ると、午後だというのに部屋はまだひんやりとしていた。レベッカは先程来たときのエリオットの冷たさを思い出してしまい、背筋がゾワッとなった。
開けられたままの寝室のドアもそのままで、引っ越し直後のがらんどうとした部屋はなんとも居心地が悪かった。
エリオットは少しも変わりないままベッドで眠っていた。
「おい、エリオット。起きろ。帰るぞ。」
マックスが肩を揺さぶるが、やはり反応しない。
予定通り、ロンとダンで運んでもらおうとしたが、ロンが、
「エリオットさんくらいなら俺ひとりで運べますよ。」
と言って、乱暴にブランケットを剥ぎ取ると背中と膝裏に腕を入れて抱き上げた。よっ、と弾ませてポジションを直すと、そのままスタスタ歩き出した。
「自分、いらなかったッスね。」
とダンが苦笑した。ロンがエリオットを運んでくれたので、帰りの御者はダンがすることになった。
レベッカは全員が退出してから鍵を閉め、大家にスペアキーを返却した。
「ありがとうございました。」
「いや、なんの。こっちこそ、さっきは疑うようなこと言ってすまないね。」
レベッカは泥棒と言われたことを思い出した。本物の泥棒なら、引越して何もない部屋に入るなんて間抜けなことこの上ない。
「大丈夫です。気になさらないでください。」
外では荷馬車から飛び降りたメリーがロンに抱えられたエリオットに駆け寄って名を呼び手をさすっている。
レベッカの胸がなぜか痛んだ。
レベッカ「ロンさん、重くなかったの?」
ロン「エリオットさんは背があるけど、鍛えてるわけじゃないし、平気でしたよ!」
エリオットもやし疑惑。