王子様は呪われる
短編のつもりで書き始めたのですが、長くなりそうなので分けることにしました。
女の敵のエリオットくんをよろしくお願いします。
エリオット・グッドマンは街でも評判の美丈夫だ。
光り輝く金髪とスカイブルーの碧眼という、おとぎ話の王子様のような風貌を持っていた。
エリオットは裕福な商家の長男に生まれ、何不自由なく育った。
不満といえば、美しい自分と不釣り合いな、至って普通のブルネットの髪と榛色の瞳の、顔立ちも取り立てて美しいわけではないのにソバカスまでついている婚約者がいることくらい。
婚約者のレベッカは宝石職人の娘だ。腕のいい彼女の父が引き抜きに合わぬよう、エリオットの父が決めた婚約者だ。そこにエリオットの意思はない。
小さい頃から知っている仲で、家の事情での婚約である。婚約が決まった時も、(同じ幼馴染なら美人になりそうなテレサの方が良かったなぁ)と考える程度だったのは、まだ十歳の子どもだったからだ。
それが年頃になるにつれて、見た目が十人並みの婚約者を邪険に扱うようになった。
街を歩けば年頃の娘たちは皆振り返り彼を見る。美貌に自信がある者は声をかけてくる。
そんな自分の婚約者がレベッカのような地味な少女であることがエリオットは許せなかった。
レベッカはエリオットの二歳年下だったので、結婚は彼女が十五歳までの義務教育を終え、成人の十六歳になってからの予定だ。
エリオットはそれまでの期間を束の間の自由時間と考え、自分の成人を迎えてから現在に至るまで、仕事の合間を縫っては女遊びに励んでいた。
最初は次から次へと恋人を変えていたが、いつからか同時進行で複数の恋人を持つようになった。
しかし、本人は上手くやっているつもりでも、弄ばれる女から見たらたまったものではない。不満は降り積り、次第に女たちとの関係は歪みが生じていった。
ある日のこと。エリオットは、白金髪に森のような緑の瞳の清純そうな見た目で、豊満な身体を持つギャップがお気に入りのスージーとデートしていた。今の恋人たちの中では最も付き合いが長い。
もちろん今夜はスージーのアパートメントに泊りがけだ。
エリオットは部屋に入るなりスージーを後ろから抱きしめ、首筋に顔を埋めた。が、スージーはぐい、と彼の顔を押し退け、
「ねえ、エリオット。これ、何か知ってる?」
スージーがスカートのポケットから何かを取り出した。手のひらに収まるサイズの青いガラスの小瓶を揺らす。
「見たことないな。それ、何?」
「気持ち良くなる、お・く・す・り。今日はコレ、試してみない?」
艶然と笑むスージーに、悪くないな、とニヤリと笑うエリオット。
「こちらが男性用。こっちが女性用だそうよ。飲んでみましょ。」
腕を解いて瓶を受け取ると、蓋を開けて躊躇なく飲み干す。
「うまいな。」
エリオットはペロリと唇についた分も余すことなく摂取する。それを見て、スージーも自分の分を飲み干した。
「さあ、どれくらいで効いてくるかな?」
「即効性があるそうよ。一分もしないうちに効いてくるんですって。」
「へえ。じゃあ、早速ベッドへ行かないとね。それとも、ここでする?」
スージーは、フッと笑ってエリオットの手を引き、ベッドまで誘導した。
エリオットはその数歩の間にも頭に熱が集まり、目が潤む感覚がするので、即効性有りという触れ込みは正しかったようだ。
ベッドの前で、二人は抱きしめ合いながら深い口づけを交わす。エリオットは頭がガンガンと割れるように響くのに焦りを感じた。
「この薬、本当に大丈夫?アソコじゃなくて頭が痛くなってきたんだけど。」
突然、スージーがエリオットの肩をドンと強く押し、彼は仰向けになってベッドへ倒れ込んだ。スージーはすぐさまエリオットに馬乗りになり、真っ直ぐに美しい碧眼を見つめる。
その顔には微笑みを湛えていた。
「大丈夫なわけないでしょ。」
「は……?」
「だって、あなたが飲んだの、森の魔女の呪いの薬だもの。」
口を開くのも億劫なほどの頭痛に耐えながら、呼吸もしづらくなってきたエリオットは、息も絶え絶えに何とかスージーに問う。
「ど、して……た、たすけ……」
エリオットは助けを乞うが、スージーは彼を真っ直ぐ見つめながら、残酷な言葉を返した。
「なんで?わざわざ高いお金払って買ってきたのに?私、もう疲れたの。あなたが私だけのものになるのを待つの。他の女と別れても、新しい女が出来ても、私だけは手放さなかったから、いつかはって期待したけど……結局、何にも変わらなかった。私以外の女が入れ替わるだけ。私、あなたの今までの女のこと、みーんな知ってるのよ。女の名前、全員言ってあげましょうか?」
そんなこと承知の上での付き合いではなかったのか。今更何を言うのか、と思っても、意識は朦朧としてきて言葉にはならない。
エリオットはスージー含めたお相手に、かわいい、綺麗だ、と容姿は褒めても、好き、愛してる、といった言葉は使ったことがなかった。
何故、自分が責められねばならないのか。エリオットは憤った。
夜の営みも、自分のような「〝王子様〟に抱かれる夢を女たちに見せてあげる」慈善事業のような気でいた。
だから、女から関係を終わらせたいと言って来ても、女たちの「夢に満足して現実に戻る活力を得て旅立って行く」後ろ姿を笑顔で見送っていた。
スージーと別れなかったのは、スージーがそれを望まなかったからだ。未だ夢から覚めぬ彼女を憐れんでいたが、エリオットから別れる理由もないので続いていただけだった。
何の解決にもならないが、エリオットは苦痛に悶えながらも必死にスージーを睨みつけた。
スージーは、ハッ!と鼻で笑うと、
「ああ、言っとくけど、この薬、私だけで買ったわけじゃないから。魔女の秘薬は本当に高いのよ。何人でお金を出し合ったのか…知りたい?」
愕然とするエリオットを見て、スージーは嗤った。
「これは眠り姫の薬。王子様は真実の愛のキスで呪いから目覚めるの。素敵なお姫様が来てくれるといいわね、顔だけ男!」
耐え切れずに意識を手放したエリオット。
スージーは彼の頬を撫で、優しく口づける。だが、彼は目覚めない。
甲斐甲斐しく看病するかのように、エリオットが眠りやすいよう彼の体勢を整え、そっとブランケットをかけた。
今日の昼にエリオットの婚約者に手紙を送った。明日の午前中には手紙が着いているはずだ。
スージーは用意していたボストンバッグを手にすると、部屋を後にした。
次は婚約者レベッカの登場です。