一等賞になれなかった私
叶わぬ恋をした。フィクションの世界ならそれがどんな困難であってもハッピーエンドを迎えられるけど、残念ながら私がいるのは現実世界だ。どうしようもないのは分かっているけど、この気持ちは抑えても抑えてもどんどん膨れ上がって、忘れようとする程嫌というぐらい頭から離れなくなる。
どうしたらいいか分からなくてネットで『叶わぬ恋』と検索する。色んなサイトを見た結果、相手に恋人がいて順調な場合は諦めましょうというのが大多数だった。という事は私の恋は諦めなければならないという事になる。アドバイスとして友達に相談してみると書いてあったけど、こんな事友達には言えない。返ってくる言葉は大体想像がつくし、別の人見つけたら?なんて簡単に言われたくもない。背中を押された所で進む勇気もない。だからこの気持ちは一人でどうにかしないといけない。そんな事を考えているとスマホが通知音を鳴らした。
「うそっ、明後日ライブするの!?」
通知はTwitterからで、今一番好きなバンドであるディアマイのライブのお知らせだった。元々出演予定ではなかったが、出演バンドにキャンセルが出て急遽出演決定と書かれていた。
「チケットまだあるのかな?遊びに来て下さいって書いてあるからあるよね」
嬉しさのあまり一人言が止まらない。次のライブは一ヶ月後だと思っていただけに嬉しい誤算だ。早速チケットを買おうと思ったけど、晴海と沙友理の予定も聞いた方がいいだろうと手を止めた。二人とはディアマイのライブで知り合ったディアマイ友達で知り合って一年、予定が合う限り一緒にライブに参加する仲だ。そんな事を考えていると三人のグループLINEにメッセージが届いた。
『明後日渋谷でライブ!』『私は行くよ』と晴海からのメッセージで、私も行くと返事を返した。後は沙友理だけだ。
『私今からバイトだから沙友理の返事来たらチケット買っといてくれる?』
『オッケー』そんなやり取りをしてバイトへと向かう。明後日、彰人君に会えると思うとバイトに行く足取りが軽くなる。
ディアマイのボーカルギターの彰人君、それが私の好きな人だ。インディーズバンドだけど、動画サイトにあげられた楽曲は一曲だけミリオン再生されている。当初メンバーは三人共就職活動をする予定だったけど、ジワジワとライブ動員が増え彰人君以外の二人は就活を止めたらしい。彰人君は就職して一般企業で働きながらバンドをやっている。ちなみにディアマイの前のバンド名は弱肉強食で、あんなに素敵な歌を書くのにバンド名のセンス無いなって正直思った。それを変えたのが彰人君の彼女って噂だ。バンド名の真相は分からないけど、彰人君に彼女がいるのは間違いない。彰人君はメンバーに振られたら普通にステージで彼女の話しをする。ディアマイのファンの八割は女性だ。女性ファンが多いのはドラムの瑞葵君とベースの千里君の爽やかなルックスもあると思う。もちろん彰人君の魅力も。彰人君は目に前髪がかかっていて一見暗そうな感じがする。なのにMCになるとビックリするぐらい熱く語る。触れると直ぐに割れてしまうシャボン玉みたいな繊細な声と壁を突き破って空まで飛んで行くんじゃないかと思う力強い声を使い分ける歌い方が堪らなくいい。そしてたまに見える一重の目。笑った時に目がなくなるその顔に私の心は奪われた。私はステージ上の彰人君しか知らない。そして彰人君は私の存在すら知らない。それでも私は本気で彰人君の事が好きだ。こんな事やっぱり友達には言えない。
「沙友理残念だったね」
ライブの日を迎えていた。沙友理はどうしてもバイトのシフトを代わってくれる人が見つからないと今日は不参加だった。
「まぁ、来月ワンマンあるから無理しなくてもって思ったんじゃない?」
「そっか。私だったら仮病使っちゃいそう」
「代わり探した手前仮病はマズイでしょ」
「確かに。百パー仮病ってバレるね。ディアマイ何番目だっけ?」
「三番目。結構いい所まで行けるんじゃないかな」
急遽チケットを買ったから今私達がいる場所は最後尾に近い。でも今日は五バンドが出るから一バンド終わる毎にある程度人の入れ替わりがある。ある程度いい所というのは前の方という事だ。
「私、二バンド目の僕たちの教科書も結構好きなんだよね」
「確か去年、ディアマイ主催のライブに出てたよね?ツインボーカルが印象的だったのは覚えてる」
「そうそう。その時にハマっちゃってCD買ったんだ。ライブはその時以来だからメッチャ楽しみ」
最初は音楽が好きというよりディアマイが好きだった私だけど、ディアマイ目当てで色んなバンドを観る内に少しずついいなと思うバンドが増えてきた。でも他のバンドをいいと思ってもディアマイがステージに立つと心を全て持って行かれる。
「ねぇ、晴海は今好きな人っている?」
「いきなりどうしたの?あっ、楓好きな人出来た?」
「ううん、出来ないから悩んでるの」
正しくは彰人君以外好きになれないだけど。でも彰人君と同じぐらい好きになれる人が出来れば私の悩みは解決だ。
「今はいないかな。楓に言ってなかったったけ?一ヶ月前まで彼氏いたって事」
「うそっ!?」
かなり大声になってしまったけど、会場内は大音量でBGMが流れているので誰も気にしない。
「しかも一年ぐらい付き合ってた」
「えっ、なんで私知らないの?」
「それは私も知りたい。なんで言わなかったんだろうって。あっ、そうだ。恋バナしようとすると楓っていつも答え誤魔化すからあんまりそういう話ししたくないんだと思って話さない様にしてたんだ」
言われてみればそれには覚えがある。彰人君への気持ちがバレない様に適当にはぐらかしていたのだ。
「元彼とはなんで別れたの?」
「恋人じゃなくて友達っぽいよね私達って話しになってそれで別れた。最初の頃は恋人って感じだったんだけどね」
「友達感覚っていいなって私は思うけど」
「でもそれなら付き合う必要なくない?長年連れ添った夫婦ならともかくさ。それにまだ二十代だからもっと色んな人と付き合ってみたいって気持ちもあるし」
晴海がそう言った所で照明が落ちて一バンド目がステージに出て来た。
演奏が始まっても晴海のもっと色んな人と付き合ってみたいっていう言葉が脳内を駆け巡っていた。私は他の人を好きになれない上に叶わぬ恋をしている。いつかこの想いを若かったなって笑い飛ばせる日は来るのだろうか。
「やっぱり僕たちの教科書好きだわ。新曲メッチャ良かった」
ディアマイを前に私達は前から五列目まで来ていた。彰人君を充分に堪能出来る位置だ。
「私は二曲目が好きかな」
「あー、分かる。良かったらCD貸すよ?」
「ホントに?じゃあお願い」
ディアマイぐらい好きになれるバンドが出来たら気持ちが少し落ち着くんじゃないかと思ってお願いする事にした。僕たちの教科書のメンバーが楽器の撤収を終えるとディアマイのメンバーが楽器をセッティングして音合わせを始める。彰人君がそこにいると思うと一気に体温が上がる。存在そのものが愛おしいという気持ちになる。ずっと彰人君を見つめていたいけど、そんな分かりやすい事は出来ないから必死に平静を装って晴海と話す。
「ディアマイ楽しみだね」
「この前みっきーのツイートに書いてあった新曲とかやってくれないかな」
メンバーはあっきー、みっきー、リーと呼び名がある。私はいつまでも彰人君って呼んじゃうんだけど。
「超自信作ですって言ってたやつだよね?」
「そうそう。いつもの曲もメッチャいいのにそれ以上が来るんじゃないかって期待しちゃう」
「それ以上が来たら涙腺崩壊だね」
セッティングが完了して音合わせが始まる。そして彰人君がマイクチェックをする。彰人君の声が耳から入って全身に巡る。そして立つという事を意識しないと力が抜けてその場にしゃがみ込んでしまいそうになる。
「相変わらずいい声だね」
これぐらいは共通認識だから口にしても問題ないだろう。
「ホントに。最初聴いた時鳥肌立ったもん」
「それなのに仕方なくボーカルやってるってビックリだよね」
この話し何回もしてるけど、何回も言いたくなるのはしょうがない。晴海もまたかって感じは全くなくて、初めて話すテンションでいてくれる。
「あっきーの声あってこそのディアマイだよね」
「間違いない。でも今はボーカル嫌じゃないんだろうなって感じしない?」
「私は初めて観た時から特に印象変わらないな。別にあっきーが嫌々やってるとか思ってる訳じゃないから」
「分かってるよ。何か楽しそうに歌う様になったなって私は感じるんだよね」
「やっぱり彼女の影響かな?」
その一言に胸がズキンとする。受け入れているつもりでもやっぱり辛くなる。
「そうなんじゃない?彼女ってどんな人なんだろう?」
辛さを微塵も出さない様に明るく言った。
「あっきーってモテそうだし、すっごい可愛い人なんじゃない?」
すっごい可愛い人だったら元々ゼロの可能性がマイナスになる。私は別に可愛くないけど、そうじゃない訳でもない。びっくりするぐらい平均的。これは高校生の時、クラスメイトの男子に言われた。
「彰人君より千里君と瑞葵君の方がモテそうな感じがするんだけど」
「でもあぁいうタイプって密かに好きになって諦める人多そうじゃない?あっきーは悪く言うと見た目パッとしないから幅広い人達にターゲットにされるんだよ」
確かに瑞葵君か千里君がボーカルでとんでもない声の持ち主だとしても私はこんなに好きにはならないだろう。それってやっぱり彰人君ならって思ってるのかな?でも彰人君に彼女がいるって知りながら好きになってしまったからそうじゃないと思う。例え彰人君がボーカルじゃなくても私は彰人君の雰囲気が好きだ。だからやっぱり彰人君ならじゃなくて彰人君じゃないとダメなんだ。
「彰人君は手が届きそうって思っちゃうって事?」
「そういう事。まぁ、そう言っても他の二人よりはって話しであって、彰人君もただのファンには普通に手が届かない存在なんだけどね」
ただのファンには手が届かない。分かっているつもりでもやっぱり悲しくなってしまう。私は後何回こんな悲しみを味わうのだろう。
「もうこのまま始めちゃってもいいですかー?」
瑞葵君が言って、オッケーが出たらしくディアマイのライブが始まる。照明が暗くなって音が鳴るまでの僅かな静寂。この静寂が私は堪らなく好きだ。今からディアマイのライブが始まる高揚感と一曲目はどの曲だろうというワクワク。晴海に聞こえてしまうんじゃないかと思う程、鼓動が速まって大きくなる。彰人君が息を吸う音がマイク越しに聞こえる。そして一曲目が始まる。
「小さい頃は大人に憧れて、大人になる前には時が止まればいいと願う」という歌詞から始まる『案外大人って悪くない』という曲だ。彰人君のギター弾き語りから始まり、大人の良さを歌うロックな曲へと変わる。曲のテンポと共に私のテンションも上がる。この時間が一生続けばいいって本気で思う。
「三十分ってホントにあっという間だよね」
一生続けばいいと思えば思う程そんな時間はあっという間に過ぎ去ってしまう。
「新曲はワンマンまでお預けだね」
彰人君が来月のワンマンで新曲やります。チケット後ちょっとなので是非皆さん遊びに来て下さいって言っていた。来月のワンマンは定員三百人だ。私も売り切れて欲しいって心の底から願っている。その場にいる全員がディアマイファンだなんで最高の空間だ。ファンの私がそう思うんだから本人達はきっと私が想像出来ないぐらいの気持ちになるのだろう。でもこれは通過点とか思うのかな?
「ねぇ、あっきーが物販立ってる。初めてじゃない?」
「うそっ!?」
いつもは千里君と瑞葵君が順番に物販に立つ。彰人君がいるなんてレア中のレアだ。もうディアマイのCDもグッズも全部持ってるから新作がない限りは物販には行かない。でも今は適当に理由つけてでも行かなければいけない。
「私、ワンマンに着ていくTシャツ新しいの買おうかな」
「せっかくあっきーが立ってるんだから協力しなきゃだね」
もしかして晴海も彰人君の事を?って思ったけど
「あっきーが立った日に過去最高の売り上げ出たら面白くない?」
と言葉が続いて安心した。でも私が知らないだけで彰人君に本気で恋している人なんていっぱいいるんだろうな。
物販は五人並んでいて、並んでいる間彰人君を見られるなんて幸せだって思った。しかもステージに立っていない彰人君をこんなに間近で見るなんて初めてで、手で押さえていないと心臓が飛び出してきそうだった。少し、顔が熱いけどライブハウスは薄暗いから赤くなっていても分かりにくいはずだ。
後一人で私達の番だ。ただでさえ緊張していたのに
「せっかくのチャンスだから一人ずついこう」
と晴海が一歩下がったので私の緊張はピークに達した。もしかしたらピークを越えたかもしれない。あれ?ピークを越えたら落ち着いてくる?そんな事を考えていたら私の番になった。
「黒のTシャツSサイズお願いします」
声震えたりしないかなって不安だったけどそこは何とかクリア。
「いつも来てくれてるよね?」
言葉の意味を理解するのに時間が掛かった。いつもって言ったよね?って自分に高速で何回も確認する。
「後ろの友達と後もう一人いません?いつも一緒に観てくれてるなって思ってるんだけど」
多分、私は今人生で一番驚きが顔に出ている。それを見た彰人君が話しを続ける。
「ステージの上からって皆が思う以上によく見えるんだよね。こんな前髪だけど、ちゃんとお客さんの顔は見えてる」
「そうなんですね」
それだけ言うのが精一杯だった。油断してしまうと泣いてしまいそうだった。
「名前は?」
「楓です」
これは絶対に答えないといけないと差し出されたTシャツに視線を落として答えた。
「可愛い名前だね。また待ってるから」
可愛い名前で顔を上げるとニッコリ笑顔を向けられた。軽く頭を下げてその場を去るので精一杯だった。家だったら絶対に大声を出して悶えている所だ。もう感情が昂ぶって頭の中のゴチャゴチャを整理出来ない。
「あっきーってあんな親しげに喋るんだね」
Tシャツを手に晴海が話し掛けて来た。晴海も彰人君と話せたからかいつもより少しテンションが高い。
「私もビックリした」
さっきまでが夢の様で晴海とは冷静に話す事が出来た。気持ちの昂ぶりは帰るまで頑張って封印するとしよう。
「彰人君と何話した?」
「物販立つの珍しいねって」
晴海は自分から話し掛けたみたいだ。私もそれぐらいの積極性が欲しい。好きな人にアピールするってとんでもなく勇気がいる事だと思う。それが例えバンドマンじゃなくても。私は今まで二人と付き合った。二人共向こうから告白してくれたけど、私からはした事がない。積極的に好きな人にアピール出来る人が本当に羨ましい。
「なんで今日は彰人君だったの?」
「みっきーとリーの後輩がこの後に出るから二人はライブ観るんだって。で、本当はその後に物販するつもりだったけど、あっきーが引き受けたみたい。二人にメッチャ心配されたって」
「あの感じだったら余計な心配だったね」
「ねっ。でもあっきーってどっちかと言うとクールなイメージだったから二人の心配も分からなくはない」
「心配されるって事は普段はあんな感じじゃないのかな?」
「まぁ、心配ってそんなマジな感じじゃないかもね。コミュニケーションとかじゃなくてお釣りの計算間違えんなよーって軽い感じかも」
私はディアマイのボーカルである彰人君の事しか知らない。フルネームで生活している彰人君を知らない。普段もあんな気さくに話してくれるんだろうか?好きな食べ物は?映画は好き?知りたい事はいっぱいある。これぐらいならチャンスはありそうだけど、聞いてしまえばきっと今よりも彰人君の事を好きになるだろう。
「きゃーっ」
帰って速攻枕に顔を埋めて叫んだ。私は彰人君を一方的に知っていると思っていたけど、彰人君も私の顔を覚えていてくれた。そして今日は名前も聞いてもらった。ただのファンから顔見知りにランクアップした。次のステップに進む事はないと思うと悲しいけど、顔と名前を知ってもらえたっていうのは嬉しい。頭の中で彰人君の顔と声がリピート再生を繰り返している。この想いを一人で抱えるなんてやっぱり無理だ。誰かに聞いてもらいたい。でも彼女がいるバンドマンが好きって言ってまともな事を言ってくれそうな人の顔が思い浮かばない。チャンスがあるよって言ってもらいたいんじゃない。ただこの気持ちをバカにせずに聞いて欲しいだけ。さっさと諦めて違う人見つけたら?なんて簡単に言われたくもない。わがままだけどこの気持ちは大切だ。胸が苦しくなって涙が出そうになる。普通だったら辛いだけのマイナスな感情なのにこの気持ちに好きが足されると負の感情さえも嫌ではない。
「君が振り向いてくれるまで僕は何度だって君を呼ぶ。僕の隣はいつだって君のもの。君が来てくれるまで僕は一人で歩き続ける」
ディアマイの歌詞を声に出す。これは彰人君が当時はまだ友達だった彼女の為に書いた詞だ。何度だって君を呼ぶっていうのは何度だって自分の気持ちを伝えるって事なんだろうなって私は勝手に解釈していた。百万回彰人君の名前を呼んで振り向いてくれるなら私は何を置いても百万回名前を呼び続ける。そういう気持ちだけど、冷静に考えたらヤバイ女でしかない。冷静になれた所でお風呂に入る事にした。
洗面所でメイクを落とし、自分の顔を見つめる。奥二重じゃなくてくっきり二重だったら、もっと鼻が高かったらもっと美人だったらってないものねだりをしてしまう。例え私が女優みたいな顔だったとしても彰人君と付き合える可能性があるとは限らない。ため息を吐いた所で、せっかく今日は幸せを感じたんだからとまたリピート再生を始めた。
「楓ちゃん最近メッチャテンション高くない?」
そう言ってきたのは一つ上のバイトの先輩である平林君だ。今はバイト中だけどお客さんが少ないから呼び出し音が鳴るまで裏で待機していた。
「そうかな?」
最初は敬語を使ってたけど、平林君がタメ口の方がいいと言うのでそうしている。
「明らかにテンション高いし、何かちょっと肌の調子も良くない?」
肌の調子に気付くとは驚きだ。先週のライブ以来、少しいい化粧水や乳液を買った。ステージからだと見えないかもしれないけど、また至近距離で会えるかもしれないから念のためだ。
「来月から色々予定あるからそれでかな」
あんまり誤魔化すと変な誤解をされそうだから濁してだけどちゃんと答える。
「なら、柳さん今日一時間だけでも残業してくれない?」
横で話しを聞いていたチーフが話しに入って来た。チーフも店長も喜んで雑談に入ってくるので、こうやって話していても怒られない。私が働いているのはチェーンのファミレスで先月三人辞めて募集をかけているが、来ては辞めてを繰り返されて人手不足が深刻だった。
「明日大学昼からなんで、二時間は大丈夫ですよ」
「助かる。ありがとう」
さっきまでお客さんが少なかったのが嘘みたいに一気に入って来た。ホールには一人居るけど、急いでホールに出て彰人君を糧に残業まで頑張った。
会えないと思うと会いたくてしょうがなくなる。考えたら余計に想いは深まるばっかりだって分かってるけど、大学に行ってもバイトに行っても友達と遊んでいても彰人君はどうしてるかな?同じ時間を過ごしたいなって考えてしまう。ディアマイは個人ではSNSをやっていない。だからライブがない時はバンドのアカウントだけが彰人君の近況を知る唯一の手段だ。近況って言ってもプライベートな事はほとんど更新されないからバンドの近況になるんだけど。でもそれでも今は曲作ってるんだなとか詞を書いてるんだなって彰人君の時間を想像出来る事が嬉しい。
「楓、明日ご飯行けない?」
授業中、物思いに耽っている私にこっそり話し掛けて来たのは高校からの同級生である結羽だった。定期的にご飯には行くけど、こんな急なのは初めてだったから何かあったのかなって心配になる。
「二人で?」
「そう」
「明日はバイトなんだよね。今日か金曜なら大丈夫」
「一応、今日空けといて欲しい」
多分、バイトの代わりを探すのだろう。結羽は机の下でこっそりとスマホを触り始めたから私はまた物思いに耽り始めた。
「急にゴメンね」
無事に結羽の予定が調整出来たので、二人で個室がある居酒屋に来ていた。いつも二人の時は安さ重視だからよっぽどの話しがあるのかもしれない。
あんまりお酒が好きじゃない私は甘いカクテルを注文する。結羽はレモンサワー。本当はジュースでもいいぐらいだけど、結羽に付き合う事にする。
「で、何があったの?」
飲み物が届いても結羽はメニューの話しばかりなのでこっちから聞いた。きっと聞いてもらうのを待っているのだろう。
「私、付き合ってる人いたじゃん?」
結羽の表情も声も暗かったからいい話しではない事は直ぐに分かった。そもそも過去形で話してるからそういう事なんだろう。そうだろうって思っていたけど、実際にそういう話しだと私も辛くなる。
「うん」
「結婚してたの」
「えぇっ!?」
てっきり別れたって話しだとばかり思っていたから全く予想していなかった話しに大声で驚いてしまった。あまりの大声に自分でも驚き、さっき感じた辛さは吹き飛んでいた。
「えっ、付き合って二年ぐらいだよね?」
確か結羽の彼氏は五歳上の社会人だった。結婚しててもおかしくはない。おかしくはないけど、不倫ってもっと年上の人がするイメージを勝手に持っていた。
「正しくは一年八ヶ月」
「最近知ったって事だよね?」
「うん、昨日」
結羽の声は少し震えていて少し落ち着くのを待つべきかと思ったが、何となく聞かれたら答えるよって雰囲気を感じたので質問する事にした。
「言いたくなかったらいいんだけど、どんなタイミングで言われたの?」
「昨日、ゴールデンウィークに旅行行きたいって言ったの。そしたらもう予定あるって言われたからもしかして浮気?って冗談で聞いたら実はって」
何から言えばいいか分からなかった。いや、何を言えばいいか分からなかった。
「付き合い始めた時、ギリだけど私十代だよ。最低じゃない?」
何歳だろうと不倫は最低だけど、確かに十代の女子大生相手ってロクでもない男なんだろうなって思う。
「向こうは結婚してどれぐらいなの?」
「六年だって」
「六年!?えっ、結婚して六年って事だよね?」
「念押ししないでよ」
「ゴメン、だって普通にびっくりするじゃん」
「十九でできちゃった婚だって」
「えっ、じゃあ子どもいるの?」
驚きの発言の連発に申し訳ないけど、心配より好奇心の方が強くなる。
「結婚した後に流産しちゃったらしくてそこから子ども出来てないみたい。そうなるって分かってたら結婚しなかったのになって最低な事言ってた」
確かにその言い方は子どもが出来たからしょうがなく結婚したって感じだけど、結羽に奥さんの事あんまり好きじゃないって事を伝えたかったんじゃないのかな?でも奥さんの立場からすれば最低以外の言葉出て来ないか。
「で、別れたんだよね?」
「ううん」
うんの聞き間違いかと思ったけど、結羽の首はしっかりと左右に振られた。
「別れてないの?」
「うん」
頷くのを確認して私の勘違いではない事を改めて確認した。
「でもさっき、彼氏がいたって過去形で話してなかった?」
「ホントに?そうだとしたらそれ無意識かも」
「で、向こうは何て言ってるの?」
「奥さんも浮気してるから気にしなくていいって」
そんな台詞、現実で言う人が本当にいるだなんてまた驚いた。
「それは本当なのか判断が難しくない?本当だとしても不倫していいって事にはならないよね?」
「やっぱりそうだよね。でもさ、メッチャ好きって思ってる相手に結婚相手がいたとしてもいきなり嫌いにはなれないし、じゃあ別れようって私は言えなかった。彼に対する気持ちはそんな簡単じゃない」
その言葉に私も同じだって思った。彰人君に彼女がいるからってこの想いは簡単に消せる物ではない。形は違うけど、気持ちは同じだ。
「ちなみに奥さんと別れるとかは言ってないの?」
勝手なイメージだけど、不倫している人ってもう直ぐ奥さんと別れるからって言うイメージがあった。
「学生結婚だったからお互い親に結構な額援助してもらって簡単には別れられないって言ってた。一旦お互い好きにしようって話しをしたみたい」
「思った事はっきり言っていい?」
「いいよ」
ちゃんと許可を得たけど、ちょっと躊躇ってしまう。
「それって最終的に奥さんと上手くいく気がする」
「私もそんな気がしてる。それに私は彼がいないと生きていけないとかは思ってなくて、いきなり過ぎて気持ちの整理が出来てないだけだと思う」
結羽の言葉に安心する。何が何でも彼と別れないと言われたらどんな言葉を掛けていいのか分からない。でも段々と二人がいいならありなのかな?って気持ちが芽生えてきた。なんでこんな気持ちになってきたんだろうって考えて、私が彰人君の事を諦めるって言った時に周りにホッとされたら悲しいなって無意識の内に思っていたんだって気付いた。どういう状況であっても本人の気持ちを優先させてもいいんじゃないかって思い始めていた。でもそれは周りの事を何も考えない場合だ。
「結羽の言葉って本音?」
奥さんと上手くいくんじゃない?って言っちゃったけど、最初声が震えてたし段々強がってるんじゃないかって心配になってきた。
「本音だよ。彼が結婚してなかったら話しは違うけど、奥さんと別れてって泣いてすがる程じゃない。じゃあ、結婚してるって分かった時点で別れろって話しなんだけど」
結羽は残っていたレモンサワーを一気に飲み干して大きくため息を吐いた。
「よしっ、ウジウジタイムは終わり。楽しく食べよう」
気の利いた言葉が思い浮かばないし、結羽がそう言ってるからこっちも気持ちを切り替えよう。でも一言だけどうしても言いたい。
「何かあったらまた話してね」
「うん。ってか聞いて欲しい。でも今ってチャンスだよね」
「チャンス?」
「新しい彼を作る。傷心をアピールすれば一人ぐらい何とかなりそうじゃない?」
あまりの切り替えの早さに思わず笑ってしまった。結羽の口調も表情も無理をしている感じではない。
「その前にちゃんと別れなきゃでしょ」
「そうだった。でも私が別れてもきっとまた別の誰かと不倫するんだろうな」
「結婚って自己申告だもんね」
「家庭の匂い全くしなかったからね。上手く隠せるんだなーって思った」
「彼の言う通り本当に奥さんも不倫して自由にしてるから家庭感でないのかもね」
「そうかも。今度は絶対に結婚してない人がいい」
「それ当たり前じゃない?」
「そっか」
そう言って二人で笑った。結羽は結婚していたという事実を知って好きという気持ちを持ったまま別れる事になった。私もこの気持ちを持ったまま諦める道を見つけたいと思い始めていた。
『ワンマンソールドアウト!』そんな言葉と共に三人で肩を組んだ写真がアップされて、私は彰人君を拡大してそれを保存した。写真でニッコリ笑っている彰人君を初めて見る。私はやっぱり彰人君の事知らない事ばかりなんだなって当たり前の事を思って悲しくなる。友達の前ではこんな顔当たり前にするのかな?彼女の前ではもっと特別な顔を見せるのかな?羨ましくてしょうがない。最近まで顔見知りになれたってそれだけで涙が出そうなぐらい嬉しかったのにどんどん欲が出て来てしまう。この欲がこれ以上深くならない為にも何とかこの気持ちに決着をつける方法を考えないといけない。
「楓ちゃんこれ何だと思う?」
出勤すると同時に平林君が可愛いキャラクターが描かれた封筒を見せてきた。
「可愛い封筒だね。平林君そういうの好きだったんだ」
大体予想はついたけど、敢えてとぼける。素直に答えたら平林君が調子に乗るのが目に見えていた。
「私、先に着替えて来るから」
「ラブレターだよ。俺生まれて初めてもらった」
平林君は私が着替えに行こうとしているのをお構いなしに話し続ける。
「良かったね。とりあえず着替えて来るから」
ラブレター自慢に付き合って遅刻になったらシャレにならない。着替えていて平林君に確かめたい事が出来て急いで着替えを済ませた。平林君はまだ同じ場所にいた。いつもなら鬱陶しいけど今はありがたい。
「それ誰から貰ったの?」
「お客さん。いつも平日のお昼過ぎに来るOLっぽい人がいるんだけど、その人に」
今からシフトに入るのだと思っていたけど、どうやら休憩中の様だ。
「キレイな人?」
平林君はそこそこカッコイイと思う。スカウトされてモデルになるんだって冗談を言われた時に本気にしてしまうぐらいだ。少し背は低いけど、爽やか系イケメンだ。
「顔立ちはキレイかな。まだ化粧とか慣れてませんみたいな感じの人なんだけど、あれは化けるな」
「そんな言い方するって事は付き合う気はないんだ?」
「そうだな」
「それでもラブレターって嬉しい物?」
これが一番聞きたかった事だ。個人のSNSが無い以上、手紙か直接しか伝える手段はない。直接は論外だから手紙を書こうって思ったけど、今時ラブレターってどうなんだろう?って思ったのだ。
「俺はメッチャ嬉しい。お客さんと店員だからこうするしかないんだろうけど、俺の為に手紙書いてくれたって気持ちがすげー嬉しい。しかも字もメッチャキレイで人柄が伝わってくる」
「じゃあ、平林君も手紙で返事するの?」
「いや、連絡先書いてあったからそこにするよ」
「連絡先知られてもいいんだ?」
「だって別に嫌いじゃないし」
「そろそろ時間ヤバイから行くね。ラブレター良かったね」
私もラブレターを書こう。ワンマンだったらプレゼントボックスがあるからそこに入れよう。読んで貰えるかは分からないけど、それでも何もしないよりいい。
手紙を書こうって決めたまでは良かったけど、いざ書こうとすると何から書けばいいか分からない。そもそも彼女がいるのに熱烈な想いを書くのはどうなんだろう。
自分勝手を承知で素直に気持ちを全部書くべきなのか省略して書くべきか。でも中途半端な書き方をしたら私は次に進めないと思う。後悔しない為にも全てを手紙に込める事にした。
まずは自分の気持ちを整理しようと彰人君の好きな所を書いていく。ギターを弾く長くてキレイな指、シャボン玉みたいな声、笑った顔、熱く語るMC、立ち姿、私が知っている彰人君の全てが好きだ。だけど、この彰人君はほんの一部でしかないんだなって思ったら涙が出て来た。勝手に好きになって勝手に悲しくなるなんてバカみたいだって思うけど、私の中は彰人君でいっぱいで本気で彰人君の事が好きだからの感情だ。バカみたいだけど嫌だとは思わない。この気持ちをそのまま手紙に書こう。下書きせずに出て来た想いを文字にしようって決めた。
「出来たー」
出て来た想いを書こうって決めたまでは良かったけど、何度も同じ事を書いたり訳が分からなくなったりで何度も書き直して二時間近く経っていた。ずっと集中してたから書き終わったと同時に一気に疲れてベッドに寝転んで読み直す。
『彰人君へ
彰人君に彼女がいるのを知っているけど、自分勝手なのを承知で手紙を書きました。
最初は単純にファンとしてライブを観ていました。観る度に彰人君の声が素敵だな。キレイな手をしているな。笑った顔が好きだなって思うようになりました。
大学に行く電車の中で一駅でいいから彰人君に横に座って欲しい。私の知らない時間を見せて欲しいって思う様になってその想いが止まらなくなってきました。
苦しくて切なくて泣きそうになるのにそんな気持ちが嫌じゃなくてこれが恋なんだなって思いました。
いつかこの気持ちは消える。身近で好きな人が出来る。そう思っていたけど、そうはならなくて手紙で気持ちを伝えられたら前に進めると思って手紙を書きました。返事が欲しいとかではなく、ただ自分の想いを彰人君が読んでくれたら嬉しいなという気持ちです。読んでもらえないと思うとまた進めなくなりそうなので、読んでもらったと勝手に思わせて下さい。これからもファンとしてディアマイのライブを楽しみにしています。 楓』
この手紙にはちゃんと私の想いが詰まっている。後は彰人君が読んでくれる事を信じるだけだ。
「ここにいる全員がディアマイを観に来てるなんて感動だね」
あれから毎日手紙を読み返して書き直したりしてみたけど、結局一番最初に書いた手紙がいいという事になった。そして今日はワンマンソールドアウト記念にとメンバーが新曲の歌詞カードを帰りに手渡ししてくれるらしく、プレゼントや手紙もその時に手渡せる事になった。まさか手渡し出来るとは思っていなかったから一週間前からずっとドキドキしていた。
「これで感動してたら今後大変じゃない?」
今日はもちろん沙友理も一緒だ。早くにチケットを取ったお陰か私達は三列目にいた。
「私はその度に感動するよ」
「その気持ち分かるなー。でもちょっと寂しくもあるんだよね」
「寂しいって?」
「前はあんなに近かったのにって」
「それ分かる。もっとこのバンドの曲知って欲しいって思ってたのにいざそうなるとちょっと複雑なんだよね」
私はディアマイが初めて好きになったバンドだからまだ分からないけど、色んなバンドを観ている二人が言うならそうなのだろう。遠くにいってどうしようもなくなる前に気持ちを伝えられる事は幸せなんだなって思った。
「開演までの三十分とライブの一時間半って時間同じぐらいに感じない?」
「えー、私は圧倒的にライブの時間の方が短いけど」
「私もそうかも。ライブの時間って本当に一瞬だよね」
「でもこうやって喋ってると結構早く感じるよね。私、この前一人でライブ行った時三十分が永遠に感じた」
「それはキツいだろうね」
そんな事や曲の話しをしている内に開演三分前になった。もう少しで目の前のステージに彰人君が立つ。そう思うとまた鼓動が早くなってきた。
「すっごいドキドキしてきた。心臓の音聞こえてない?」
沙友理がそう言って皆ドキドキするのかって安心した。ならこれはライブが始まるって高揚感だ。
「私、デートの時とかよりライブ始まる前の方がドキドキするな」
「分かる」
「それ歴代の彼氏に失礼だよ」
「だって事実だもん」
沙友理がそう言った所で照明が落ちて音楽が流れ始め客席では手拍子が鳴らされる。瑞葵君、千里君、彰人君の順にステージに現れる。いつもは無造作ヘアの彰人君だけど、今日は全体を横流しして左目が見えている。そのカッコ良さに息をするのを忘れた。次第に苦しくなって、息をしないとって思ったけど一曲目が終わるまで意識しないと息が出来なかった。
『焼き肉食べたい 可愛いあの子とデートしたい お金も時間も体力も全てを注ぎ込んで欲望を満たせばいい』
『退屈な毎日だと思うならそれをぶっ壊して新しい日を作ればいい』
『僕が通る道はいつだって未来へ続いている そこに行き止まりはない』
弱肉強食時代の曲は勢いが強い。
『どんなに打ちのめされて倒れたとしても這ってでも前に進む』
『君が下を向くなら僕は下に希望の道を描くよ』
『音楽が無くても自然の音で踊ろう』
『この道が間違いだったって思うなら正解に変えればいい』
バンド名がディアマイに変わってからの曲は優しくて希望を持たせてくれる歌詞が多い。
前の方がいい、今の方がいいって色々な意見はあるけど私は三人が音を鳴らして彰人君が歌うのならどんな曲も好きだ。
「新曲やります」
千里君の言葉に会場から歓声と拍手が響く。三百人の声と音はビックリするぐらい大きい。これがもっと大きくなるのを感じたい。きっとディアマイの三人もここにいる三百人も同じ気持ちだと思う。でももしかしたら晴海と沙友理が言ってたみたいにそれを寂しいって思う人もいるかもしれない。
瑞葵君がスティックを叩いてカウントし、三人が一斉に音を鳴らす。疾走感がある気持ちのいいメロディだ。そして曲を聴く内に涙が出て来た。曲がいいのはもちろんだけど、こんな歌詞を書いてもらえる彼女が羨ましいって思ってしまった。
「次で最後の曲なんですけど、その前にあっきーから重大発表があります」
会場がザワつく。私はいい発表である事を祈った。
「俺、仕事辞めます」
会場からはイエーイという声と共に拍手が送られる。これは拍手する所なのかな?って私は疑問に思った。
「辞めましたじゃなくて辞めますなのな」
「今日言いたかったからしょうがないだろ。って事でこれからは平日でもバンバンライブしていくんでいっぱい遊びに来て下さい」
あっ、そうかそういう事になるのか。私は嬉しくて今日一番の拍手をした。
「メッチャ良かったね」
「もうそれしか出て来ないわ」
「この余韻でしばらく生きて行けそう」
ライブが終わって幸せな気持ちでいっぱいだったけど、
「メンバーの準備が出来たので今から順番に退場お願いします」
というスタッフの声で幸せが緊張に変わる。
「一瞬でライブの感想言えるかな?」
「笑顔でメッチャ良かったで充分に伝わるでしょ」
「そうだね」
ライブが始まる前はあんなに時間が長く感じるのに緊張してどうしようと思っている時はあっという間に自分の番になる。もう私の前には沙友理と晴海しかいない。そしてあっという間に私の番が来た。ちゃんと手には手紙を用意している。
「あっ、楓ちゃん。今日もありがとう」
今日は左目が見えているから笑って細くなる目がバッチリ見えて気持ちに決着をつけたつもりなのにキュンとしてしまう。それに名前覚えていてくれたんだって感動した。肌の調子を整えていて本当に良かった。
「あの、これ読んで下さい」
「ありがとう。絶対に読む。楓ちゃんもこれ読んでね」
そう言って歌詞カードを交換でもらう。笑顔で頷いて緊張の時間は終わった。
「楓、手紙書いて来てたんだね」
「うん。直接渡せるってツイッターで見たから」
「私も書けば良かったかな。思えばファンレターって書いた事ないな」
「私も。ライブの感想ってSNSで送れるしね」
私はラブレターだから手紙じゃないとダメだったんだけどなんて言えない。
「ご飯食べて行く?」
「私、明日早いから今日は帰るね」
「そっか。じゃあまた」
二人に手を振って別れた後、私は思いっ切りため息を吐いた。スッキリした気持ちになると思ったけど、私の目からは涙が流れてきた。
『言葉は偉大だ たった二文字で君への想いを伝えられる
だけどたった二文字が言えない
月がキレイですねなんて洒落た事も言えない
アイラブユーなんてもってのほか
だから僕は君の名前を呼んで愛を伝えるよ
僕の想いは三文字にのせる
五十文字の組み合わせで君を笑顔にしたり時には泣かせたり
辞書に君の名前を載せるなら意味は日だまり
君の隣にいるといつも気持ちが温かくなる
僕の名前を辞書に載せるなら意味はなんだろう
君に意味をもらえるならなんだっていい
辞書には想い出も載せよう
いつか行ったあの場所 見た景色
そう言ったらそれはアルバムだねと君は笑った
言葉は難しい
だけど僕は君の為に言葉を紡ぐ
そうして生まれた言葉にメロディをのせて君に届けるよ
君の為に紡ぐ言葉 君の為に鳴らすメロディ
君はどんな顔で受け取ってくれるだろう
その顔を想像して今日も僕は歌う
僕と君の想い出
これからも僕は歌い続ける
いつか迎える人生最後の時
その時流れるエンディング曲は僕の曲であって欲しい』
帰って歌詞カードを何度も読み返していた。歌詞だけ見ると優しくて切ない印象を持つけど疾走感のあるメロディがのると爽やかな恋の歌になる。みっきーが自信作と言っていたのも納得だ。これは彼女の為に書いた曲なのかは分からないけど、多分そうだろう。こんなにも素敵な曲を書いてもらえる彼女が羨ましくてしょうがない。私も彰人君に曲を作ってもらいたい。そんな叶わない願いを持ってしまう。
「楓ちゃん、最近テンション低くない?この前までメッチャ高かったのに」
普通にしているつもりだけど、やっぱり負のオーラっていうのはにじみ出てしまうものらしい。
「楽しみが終わったから」
「じゃあ今日は残業無理?」
いつものごとくチーフが入ってくる。そもそも雑談の間に残業を頼んでくるって事自体間違っている気がする。友達にヒマな時は店長を交えて雑談する事があると言ったら、私のバイト先では雑談一つ許されないって言ってたからここは特殊なのかもしれない。
「いや、します」
「ホントに?助かる。最近柳さんの残業のお陰で本当に助かってる。もしも帰り道不安なら平林君に送って貰ったらいいから」
「俺?」
「柳さんに一時間残業してもらったら今日上がり時間一緒でしょ?」
「まぁ、そうっすね。じゃあ着替えたら更衣室の前で待ってて」
「駅まで十分だし大丈夫だよ。それに今まで残業しても一人で帰ってたんだし」
「その十分でなんかあったら俺が嫌だから待ってろよ」
あんまり断るのもなと思ってお願いする事にした。
「いやー、疲れた。せっかくだからお茶でもしていく?」
「おごりならいいよ」
冗談で言ったつもりだったけど、平林君は任せとけと言って駅と反対方向に歩き出した。
「ここ来てみたかったんだけど、男一人じゃ入りにくくてさ」
平林君が連れて来てくれたのはパフェ専門店でカワイらしい内装とパフェは確かに男性では入りにくそうだ。
「平林君甘いの好きなんだね」
「だからバレンタインチョコくれって去年散々頼んだろ?」
「バレンタインチョコって頼まれてあげるもんじゃないじゃん。ってかパフェ専門店がこんなに遅い時間までやってるんだね。お客さんも結構いるし」
「じゃあ来年のバレンタイン期待してる」
「私、ストロベリーパフェね」
カウンターで注文するタイプだったので注文とお会計を任せて先に座る。平林君の姿を見ながらこれが彰人君だったらってまた彰人君の事を考えてしまっていた。少し離れた所に座っている女性のグループが平林君を見て何か言っている。声は聞こえないけど、平林君を見る目は明らかに好意的だ。平林君ってやっぱりカッコイイんだよなって思う。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
平林君はチョコレートケーキバナナパフェを幸せそうな顔で食べ始めた。
「平林君ってモテる?」
「自分で言うのもなんだけど、モテなくはない」
「だよね」
「いきなりなに?」
「いや、私をここに誘うって事は彼女いないって事だよねって思って」
「だって好きな子は全然俺の方見てくれないから」
「へー、平林君好きな人いるんだ」
だったら私とパフェを食べてる場合じゃないって言おうとする前に平林君が先に口を開いた。
「いるよ。目の前に」
「えっ、平林君私の事好きなの!?」
周りの人が振り向くらいの大声が出てしまった。それでも平林君は何でもない顔でパフェを食べ続けている。
「うん」
「なんで?」
「なんでって好きって感情が生まれたから」
「あっ、ゴメン。そっちじゃなくてなんで今ここで言ったの?」
「雰囲気ある所でカッコつけて告白しても答えはノーでしょ?」
「まぁ、それは」
「なら、どこで言っても一緒ってかとりあえず俺の気持ち知ってもらっとこうと思って。楓ちゃんに好きな人がいるの分かってるし」
「えっ!?なんで知ってるの?」
「見てれば分かるって。楓ちゃん俺の事バカだと思ってる?」
「バカだとは思ってないけど、賢いとも思ってないかな」
「それ結局バカって言ってる様なもんじゃん」
「バカまでは思ってないって」
「まぁ、別にいいんだけど」
「いいなら言わなくてよくない?」
ハハッと笑って平林君はまた何事もなかったかの様に食べ始めたので私もそうする事にした。きっと今後の人生を考えたとしても平林君以上のイケメンに告白される事はないだろう。私はきっと今あんな地味で真面目しか取り柄が無さそうな女がイケメンに告白されてるって何事だろうって思われてるに違いない。
「ねぇ、私って地味じゃない?」
食べ終わって駅までの道をゆっくり歩きながら私は平林君に聞いた。
「見る人によってはそう思うかもな。でも俺からしたら清楚系でいいと思うけど。俺だってイケメンって言ってくれる人もいれば大した事ないって言う人もいるし」
「平林君でもそうなんだ」
「顔で金稼ごうとか思わない限りは好きな人からの評価が高ければいいんだよ」
そう言って笑った平林君の顔は間違いなく爽やかないい顔だった。それでも彰人君の笑顔を見た時みたいな感情にはならない。このままだと私はずっと平林君と彰人君を比べてしまう気がする。
「平林君、私の恋は絶対に叶わないの。で、もう私の中では決着をつけたつもりだった」
いつもなら絶対に平林君にこんな話しはしない。でも今日は平林君ならバカにしないんじゃないかって思ったから話す事にした。
ディアマイの曲を初めて聴いた時の事、ライブに行く内に彰人君の事を好きになっていった事、ラブレターを渡した事。一から十までを話した。
「それって無理に断ち切る必要ある?」
「えっ、だって私が彰人君の彼女になる可能性ゼロだよ」
「ゼロだったら諦めないといけないってルールはないじゃん。楓ちゃんに結婚願望があるなら別の人探せばって言うけど、まだ学生なんだし無理に忘れなくていいんじゃない?」
「平林君がそれ言うんだね」
「忘れて俺にすれば?って言っても楓ちゃんの気持ちは変わんないでしょ?」
「そうなんだよね。平林君って何気にいいこと言うね」
「でも、気持ちの整理ついたら俺にすれば?とは思ってる」
真面目な顔で言われてさすがにドキッとしてしまった。平林君の事好きになれたらどんなにいいだろう。
「とりあえず、今後もバイトでは普通に話してよ」
「うん、ありがとう」
「じゃあまた」
平林君は爽やかな笑顔で手を振りバス停へと向かって行って、平林君はバスで来てるんだって初めて知った。私は平林君の事もほとんど知らない。
電車の中で平林君の事ばかり考えてしまった。前向きな考えではなく、平林君と付き合ったら絶対に楽しくて大切にしてもらえるのにって平林君の気持ちを受け取れない事に涙が出そうになっていた。
駅からアパートまで早歩きすれば三分で着くのに私はゆっくり歩いて平林君との会話を思い出す。無理に忘れなくていいって言ってくれた事、可能性はゼロじゃないよって根拠なく励まして来なかった事、バカにしなかった事。平林君の言葉は優しくて素敵だ。多分、彰人君の存在がなければ私は平林君の事を意識していただろう。これだけ考えて意識していないっていうのも変な話しだけど、今私が平林君の事を考えているのは今日の出来事を流してしまうのは悪いという罪悪感からとやっぱり彰人君の方が好きだという確認だ。そもそも平林君は私のどこを好きになってくれたんだろう。そこは聞いておけば良かったなって今さらながら思った。
彰人君への気持ちを整理出来ないまま日々は進んでいく。あれは夢だったのかな?って思うぐらい平林君は今までと変わらないし、新しいバイトは相変わらず増えない。大学の授業も単位を取る為だけに出ているって感じだ。退屈な毎日の希望はやっぱりディアマイのライブだ。彰人君の退職記念に五カ所だけだけど全国ツアーをする。東京以外は五組ぐらいで回るみたいだけど、東京は二組だけ。つまりディアマイの持ち時間が多いという事だ。そのライブがちょうど一週間後だった。Twitterではライブに行った先で楽しそうにしている彰人君の写真が上げられ、私は前と変わらず保存して何回も見ている。平林君と話した日から無理に気持ちに蓋をするのは止めた。無理すれば余計に気持ちは膨れる。だから自分が納得出来るまで彰人君を好きでいようって決めた。もちろん密かに。あれだけ気持ちに決着をつけようって思ってたのに。でもこんな気持ちを持てるって幸せだと思う事にした。私が彰人君の事を好きだという事を言わなければ誰も不幸にも不快にもならない。
ワンマンの一週間後には今回のライブの告知があったけど、沙友理も晴海も別のバンドのライブに行く予定が既に入っていて今日は初めての時以来の一人だった。最初にディアマイを観に来た時は会場に入って数分で二人が話し掛けてくれて初めてのライブで雰囲気に戸惑っていた私は本当に助かった。だから、開演までの時間をずっと一人で待つのはこれが初めてだ。それに一組目が終わってからの楽器の入れ替え時間もあるから今日はディアマイまで長い時間を過ごす事になりそうだ。隣の少し年上ぐらいのお姉さんが一人で来てそうな感じだけど、私から話し掛ける勇気はない。大人しく時間が過ぎるのを待つ事にする。
一人だとどうしても彰人君の事を考えてしまう。初めて生で彰人君の歌を聴いた時は思わず泣いてしまったな。笑った顔を見た時は胸がキュンとしたな。たまにギターを弾かずにマイクを持って歌う姿が素敵だよな。そもそもディアマイの曲に出会えたのすごい偶然だったなと色々と考えが頭を巡る。
一組目のバンド、トロピカルサーチがステージに立つ。バンドメンバーがステージに立ったらさすがにライブに集中する。初めて観るバンドでも何かに夢中になっている人の姿ってカッコイイなって思う。曲があまり好みじゃなくても生き生きとした顔で演奏しているのを見るとこっちも楽しくなってくる。そして熱中出来る事があるって羨ましいって思う。そんな事を考えている時点でライブに集中していないのか。
一時間のライブが終わった。という事はきっとディアマイのライブも一時間ある。一時間ディアマイを観られるなんて贅沢だ。まだ頻繁にワンマンをする訳じゃないから普段は三十分って事が多い。そしてワンマンじゃないって事は楽器のセッティングを自分達でする日だ。そんな事を考えているとメンバーがステージに出て来た。今日は髪の毛をセットしていない。一人だと何も気にせずに彰人君を見続けられる。よく考えたらラブレターを渡した後にこんな熱視線を送るなんて気持ち悪いかもしれない。そもそもラブレターは読んでもらえたかも分からない。見ても見なくても意識してる感じがする。そしてこれは第三者からしたら考えすぎって間違いなく笑われる。でも私もさすがにそれは考えすぎじゃないかって思う。ファンとしてライブを楽しみにしてますって書いたからファンとして堂々としていよう。
音合わせが始まると珍しく彰人君がキョロキョロしていた。そして目が合った。これは勘違いじゃなくて私と目が合って彰人君の視線は止まった。三列目の彰人君の真ん前だし、私が目が合ってると思えばそうなのだ。そして彰人君は軽く頷いた。来てくれてありがとうなのか手紙読んだよなのか意味は分からないけど、秘密のやり取りみたいですごくいい。
ディアマイのライブが始まる。また私の鼓動は早くなって呼吸を忘れる。そうやっていつもみたいにライブの時間は過ぎていく。
「新曲やります。走り出した想い」
ワンマンでも新曲を聴けたのにまた新曲を聴けるなんてと私のテンションは更に上がる。
彰人君のギターで曲は始まる。曲はスローテンポで温かくて優しいメロディ。私が一番好きな雰囲気の曲だ。ドラムもベースも心地いい。
『一駅でいいからあなたを独り占めしたい そんな願いさえ叶わなくて』
彰人君が歌い始めてこれはもしかしてって思った。
『一方通行のこの気持ちが苦しくて切なくて』
『見えない時間を思い浮かべる日々 私が知らないあなたを知りたい』
彰人君が歌う言葉が手紙に書いた言葉と重なっていく。
『手渡された想い ちゃんと受け取ったよ 君は自分勝手だって言うけど抱いた想いを消さないでくれてありがとう いつかは誰かの一等賞になって欲しい 僕はそう心から願うよ』
最後はずっと私の方を見て歌ってくれた。これは彰人君からの返事だ。だからライブ始まる前に私の姿を探してくれたんだ。素敵な歌を作ってもらえる彼女が羨ましかった。それと同じ事をしてもらえた。これ以上の幸せはない。私の目からは涙が溢れていた。これは嬉し涙だよって伝える為に私は笑った。そしたら彰人君も笑い返してくれた。なんて幸せなんだろう。とてつもない幸福感に浸った。気持ちが伝わればいいと思っていたけど、こんな最高の形で返事をもらえるなんて思ってもなかった。絶対に叶わないと思っていた事を叶えてくれた。振られたけど、悲しくはなかった。
ライブが終わって直ぐにTwitterに歌詞が掲載された。画像と一緒に『素敵な手紙を貰ったので勝手に歌にしました。俺なりの解釈も入れました。多分、本人からも許可をもらってます』と書かれていた。ちゃんと笑顔の意味を分かってくれた様だ。歌詞は電車で読んだら泣きそうだから帰ってからじっくりと読んだ。
『一駅でいいからあなたを独り占めしたい
そんな願いさえ叶わなくて
溢れる想い
抑えても抑えても溢れ続ける
とめどない想い
いつかは違う道に向かうと思っていた
泣き出しそうな想い
いつかは平気になると思っていた
張り裂けそうな想い
苦しくて泣いた
一方通行のこの気持ちが苦しくて切なくて
だけどそんな気持ちさえ愛おしくて
走り出した想い
この気持ちを伝えたい
あなたは今何をしているのかな?見えない時間を思い浮かべる日々
私が知らないあなたを知りたい
あなたが知らない私を知って欲しい
あなたを想って何度苦しくなっただろう
あなたを想って何度泣いただろう
あなたを想ってどれ程幸せを感じただろう
止まらない想い
伝えたいって思うのは自分勝手かな?
走り出した想い
だけど一等賞にはなれなくて
手渡された想い
ちゃんと受け取ったよ
君は自分勝手だって言うけど抱いた想いを消さないでくれてありがとう
いつかは誰かの一等賞になって欲しい
僕は心からそう願うよ』
そうか私は彰人君の一等賞になれなかったのか。彰人君の言葉は本当に素敵だ。彰人君が願ってくれるのなら私は誰かの一等賞を目指そう。こんなにも前向きな失恋があるんだなって私は彰人君の温かさに泣いた。泣き止んだらきっと私の気持ちは次に向かえるはずだ。辛くて切なくて苦しかった想いが優しくて温かい気持ちに変わった。私はこれからもディアマイのライブに行き続ける。もちろんただのファンとして。




