トナカイのプライド
12月24日、夜。
俺は駅前のコンビニでバイトをしていた。
「ケーキ売ってまーす! チキンもありますよー!」
寒いのに店の前に立って呼び込みをやらされていた。
しかも、
「ママ見て。トナカイさんがいるー」
「ふふっ、そうね。トナカイさんがんばってるね」
トナカイの着ぐるみを着ながらである。
どうせなら顔まで隠れるタイプならよかったのだが、顔だけはちゃんと見えるような構造になっている。
つまり、クソ恥ずかしい。
一時間くらい叫び続けて声が枯れ始めたころ、目の前――数メートル先にある駅の方がなにやら騒がしくなっていることに気付いた。
サボりがてら駅構内を覗いてみると、40歳くらいのサラリーマンが大きな門松に向かって倒れ込んでいるのが見えた。
「やべぇ。酔っ払いか? ってかなんで門松? 早すぎだろ。まだクリスマスイブだぞ。必死に働いてるトナカイの気持ちも考えろよな」
理不尽な怒りを抱えながらも、また仕事に戻った。
数分後、駅のロータリーに救急車がやってきた。
先程のサラリーマンが運ばれていくのが見えた。
12月25日、早朝。
夜勤が終わり、家路に着くため駅へ向かった。
ふと門松が目に入る。
俺の身長とおなじくらいの大きさだ。
とりあえずスマホで写真を撮ってSNSに投稿しておいた。
「そういやあのおっさん大丈夫だったのかな。……ん?」
竹の断面、その奥から、一瞬光が反射するのが見えた。
穴の中を覗くと、小さな箱が入っていた。
「なんだろう。重り代わり? なわけないよな。怪しいからとりあえず警察に言っとくか」
夜勤終わりで疲れているのに、交番では住所や名前まで記入することになりめんどくさかったが、何とか対応し、その日は泥のように眠った。
起きたら真夜中で、俺のクリスマスは終わっていた。
翌年、4月5日、朝。
桜もほとんど散って、暑いくらいの日が増えてきた今日この頃。
知らない番号から電話がかかってきた。
「はい、もしもし。……警察? はい。はい。あぁ、あれね!」
春の陽気を忘れ、一瞬で冷や汗をかいてしまったが、別に悪い話ではなかった。
去年、警察に届けた箱の持ち主があらわれなかったから、俺の物になったとのこと。交番まで取りに来いと言われた。
「ご協力ありがとうございました」
「ういっす。じゃ、失礼します」
箱を受け取った後、俺はそのままコンビニのバイトへ向かった。
退勤後、店の前で箱を開けてみることにした。
「なんじゃこりゃ。達磨……の化け物?」
ぬいぐるみだった。
タグに名前が書いてあり、ダルマッカというポケモンだと判明した。
可愛いといえば可愛いが全然いらなかった。
「あぁ!」
突然近くで大声がして、ぬいぐるみを落としかけた。
「びっくりした……。なんだサっちゃんか。あ、お母さんもこんにちは」
小学校低学年くらいの女の子と、大人の女性。
よくコンビニで買い物をしていく親子で、時々会話をする間柄だ。
「おじさん、ダルマッカ好きなの?」
俺はおじさんじゃねぇ。と言いたかったが、お母さんもいることだし、口をつぐんだ。
ふと見ると、お母さんの様子が少しおかしいような気がした。
悲し気なような、少し目が潤んでいるような……。
気になるもののスルーして、返答する。
「あー、いや別に。サっちゃんは今からどっか行くの?」
「うん。トイザらスに……その、ダルマッカのぬいぐるみ買いに行くとこだったの」
「へぇ、じゃ、これやるよ」
「えぇ! いいの!? サンタさんだ! ママ、サンタさん来た!」
もう春なのに、サンタさん?
話の流れがよくわからなかったが、一つ言っておく必要があった。
「俺はサンタじゃない、トナカイだ」
謎のプライドである。
「ふぅん。じゃあ、ダルマッカなんで持ってるの?」
「それは……サンタさんから預かってきたんだ」
その言葉を聞くと、サっちゃんは嬉しそうに笑った。
お母さんは、顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。
「えぇ!?」
「お母さん……どうしたの?」
お母さんは、サっちゃんをぎゅっと抱きしめながら泣き続けた。
俺はその姿を見ながら、どうすることもできなかった。
ひらりと、桜の花弁がサっちゃんの肩にとまった。