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バニラアイスを、2個。  作者: エビアボカド
4/4

4話

 納涼祭まで1週間半。私はまだ新作アイスのアイデアを出せずにいた。


 「何かいいの思いついた?」


 店の外を眺めながら宮先輩が呟く。


 「全然です」


 軽く頷きながら、足元を見る宮先輩。


 時計は午後3時を指し、今日のバイトが終えようとしていた。


 「花村さんお疲れさま。雨降りそうだから早く帰った方がいいよ」


 店長が店の奥からひょこんと顔を出す。


 最近の店長はいつもより乏しい表情で、見るからに疲れた様子だ。


 「実は君たちに謝りたいことがあってね」


 店長は私たちに向けて深く頭を下げた。


 「納涼祭の件。やっぱり俺1人で考えようと思うんだ。ただでさえこんなアイス屋に安い給料で働かせてるのに、そんな事まで背負わせちゃうのは申し訳ないからね」


 「最近はどういうアイスなら皆に喜んで食べて貰えるのか、わからなくなってるんだ。だけどもう少し頑張ってみるよ」


 「店長」


 宮先輩が店長の話を遮るように声を出すと、大きく手を挙げた。


 「今日1時間早くバイト上がらせてください」


 「え? 別にいいけど……」


 「すいません」


 宮先輩が頭を下げる。


 「早く着替えよ?」


 更衣室に行き、宮先輩に合わせて急ぎ目に着替える。


 「今日時間ある? 一緒に行きたいトコあるんだけど」


 「いいですけど……」


 「どこ行くんですか?」


 宮先輩は右手でピースを作り、ニコッと微笑んだ。


 「てきじょーしさつ」




 駅前にドスンと構えたイタリアンジェラート専門店、『マーレ』。


 赤褐色のレンガ造の建物に英字で書かれた看板。中に入ると暖色系の照明が店内を照らしている。


 ショーケースにはこれでもかと言うほどにアイスが並べられていた。


 「す、すごいですね……」


 「ねぇ……何にしよっか……」


 「制服もウチよりかわいくないですか?」


 「だってエプロンじゃないよ? コックコート着てる……」


 結局『マーレ』の雰囲気に気圧された私達は、食べたことのない味を選ぶことができず、私は『レアチーズ』、宮先輩は『ラムレーズン』を選んだ。 


 こ洒落たイタリアっぽい椅子に座る。


 ワッフルコーンに盛られたレアチーズ。なめらかな口どけにコクもありつつ、後味はすっきりしている。


 「めっっっちゃ美味しいですよ!」


 「イタリアンジェラート、凄いね……」


 宮先輩はラムレーズンが乗ったワッフルコーンをじーっと見ている。


 「『ポピー』はここに勝てないんですかね……」


 宮先輩はラムレーズンをアイスクリームスタンドに置き、両肘をつく。


 「別に勝とうとしなくていいんじゃないかな」


 「ウチは『マーレ』には勝てないよ。こんなオシャレなアイス、店長に作れないもん」


 「それに無駄に背伸びしてもダサく見えるだけ」


 「ウチにはウチの、アイス屋としての形があるはずだよ」

 

 「だってこんなオシャレなお店、町の納涼祭になんかダサくて出店できないんじゃない?」


 「宮先輩、アイスがっ!」


 「わわわっ!」


 スタンドに置かれたラムレーズンは表面が溶け始めていた。


 「納涼祭、頑張りましょうね」


 宮先輩はラムレーズンを食べながら、左手の親指を立てて私に向けた。




 陽はほとんど沈み、街灯もポツポツと点き始めた。


 「店長はいつも朝4時には店に来てるんだよ? 殆どが手作りだから、1人で作るのは大変なことだと思う」


 「何年も1人でお店を背負ってきただけに、『マーレ』が出来て店長もかなり苦しかったんだと思う。あんなに強い商売敵が近所に来るなんて思わなかっただろうし」


 「アタシも1年前に『マーレ』が出来た時は何とも思ってなかったけど、段々とお客さんが減って、店長も変なアイスばっか作るようになって。なんとかしなきゃって思ってたんだ」


 「でもアタシじゃ何も思いつかなくって。だけど紗子ちゃんが『ポピー』に入ってきてくれて、何か変わる気がしたんだ」


 「納涼祭、絶対に成功させなきゃね」


 「はいっ!」


 ふと空を見上げると、満月が出ていることに気づいた。




 私たちは『マーレ』への敵情視察の後、特に示し合わせるわけでもなく『ポピー』へ向かっていた。


 閉店した『ポピー』には微かに明かりが灯っていた。


 裏口からインターホンを鳴らすと、店長がバニラの香りを漂わせて出てきた。


 「何か忘れ物?」


 「違います! 納涼祭のアイス作りを手伝おうと思って!」


 「えぇっ! そんな申し訳ないよ」


 「アタシ達、店長と同じくらいここを大事に思っているんですよ」


 店長はハッとした顔を見せた。


 「じゃあちょっとだけ……力を貸してくれるかい」


 「「はいっ!」」


 私と宮先輩は勢いよく返事をした。


 すると、

 

 「すいませーん」


 後ろから誰かの声が聞こえた。


 振り返ると、待谷君が壁の横からひょこんと顔を出していた。


 「お客さんかい? 今日はもう閉店だけど……」


 「いえ違うんです! 宮さんへのお礼と、花村さんにはお詫びとお金を返したくて……」


 「クーポン期限切れ男……」


 ふっと数日前の記憶が思い起こされる。


 「お礼はいいからさ。ちょっと手伝って欲しい事があるんだけど、いい?」


 宮先輩がそう問いかけると、待谷君は背筋をピンと伸ばし、


 「はいっ! 勿論です!」


 と夜には迷惑な程の声量で答えた。




 「じゃあ俺は向こうで仮眠してるね。重ね重ね申し訳ない……」


 「後は私たちに任せてぐっすり寝ててください!」


 私がそう答えると、店長は穏やかな笑顔を見せて休憩室に下がっていった。


 工房に入ると、冷蔵庫の中には大量のバニラアイスが入っていた。


 「ま、まずは食べてみるか……」


 宮先輩はそう言うと、3人分のカップにバニラアイスを盛り付けた。


 「美味しいですね!」


 待谷君はぱくぱくとバニラアイスを口に運んでいる。


 「そういえばお金が~とか言ってたけど2人でどっか出かけたりしたの?」


 宮先輩は大きめにバニラアイスを頬張る。


 「実はですね……」


 「ちょっと待っ」


 「待谷君は牛タンがこの世で1番好きな食べ物らしいんです」


 「牛のベロがこの世で1番好きなの?」


 「その言い方はちょっと嫌ですけど……」


 「アタシも好きだなぁ。牛タン」


 「美味しいですよね! 僕は牛タン塩にレモンをかけるのが一番好きなんです。さっぱりしてて……」


 「ちょっと待って!」


 脳内に電流を受けたような衝撃が走る。


 「牛タンに塩レモンはさっぱりしてて美味しい?」


 「うん。美味しいけど……」


 「バニラにそれかけたらどうなるかな?」


 「考えたことないけど……さっぱりして美味しくなるんじゃないかな?」


 「「それだ‼」」


 私と宮先輩はテーブルを両手で思いっきり叩いた。


 「『オキザリッコ君』! 塩とレモン買ってきて!」


 「え? 今すぐにですか?」


 「お礼‼ アタシにしたいんでしょ!」


 「はいっっっ!」


 待谷君は勢いよく裏口から飛び出て行った。




 ――それから数分経って、私たちは『塩レモンバニラ』の試作を完成させた。


 「「「いただきまーす」」」


 私達の間にはアイスを今から食べるとは思えない程の緊張感が張り詰めていた。


 スプーンを持つ手が震える。


 恐る恐る『塩レモンバニラ』を口に運ぶ。


 ……。


 「おっいっしい……!」


 「いける! イケるよ! これ!」


 「美味いです! すげぇ!」


 私と宮先輩は急いで店長の寝ている休憩室に駆け込む。


 「店長! 『オキザリッコ君』のおかげで出来ましたよ! 最強のアイス!」


 「『クーポン期限切れ男』のおかげです! 店長起きてください!」







 ――納涼祭の当日。私は居ても立っても居られなくなり、朝5時に会場の公園に向かった。


 『塩レモンバニラ』は寝起きの店長からも高評価を貰い、納涼祭に出店するアイスとして決まった。


 店長は感激したらしく、暫くの間涙を流していた。


 「あれ? 花村さーん!」


 後ろから走ってくる待谷君の姿が見えた。


 「どうしたの? 納涼祭は夕方の5時からだよ?」


 「へへっ。何か緊張しちゃって」


 「私もそんなトコ」


 昇り始めた朝日を正面に受けて、ベンチに腰掛ける。


 「でも不思議ですね」


 「なにが?」


 「皆が悩んでたアイス作りも、あんな事で簡単に決まっちゃうんですもんね」


 「フツーのバニラアイスに塩と搾ったレモンを混ぜただけだし」


 「確かにそうだね」


 「私も店長も『斬新』とか『新しい』って事に囚われすぎてたのかも。そんなモノは全然必要じゃなくて、答えはうんと近くにあった」


 朝日が私を包み込むように照らしている。


 体がじわりじわりと暖まっていく。


 「僕、アイス大好きです。」


 「私も~」






 ――陽は沈みかけ、公園にはぞろぞろと人が集まっている。


 やぐらには提灯がぶら下げられて、子供からお年寄りまでが楽しそうに踊りを踊っている。


 ラムネ色の屋根を付けたアイスクリームカート。


 ケースの中には『塩レモンバニラ』がたくさん入っている。


 店長と待谷君は公園の外を出て呼び込みをしてくれているらしい。


 「緊張してる?」


 2人で店番になった宮先輩が私の顔を覗き込むように見る。


 「もちろん。緊張してますよ」


 「そっか。私はね……」


 「『ポピー』でバイトしてきた中で、今が一番楽しい」


 宮先輩は珍しく、くしゃっとした笑顔を見せた。


 「「いらっしゃいませー!」」




 開店から30分で、『ポピー』の出店は大盛況をみせていた。


 途切れることのない行列に、私は何とも言えない充実感を感じていた。


 「それってどんな味ですか?」


 列の先頭にいる小さな女の子が私をじろっと見る。


 私は答えた。


 「これはね? あまくて、しょっぱくて、すっぱくて……」


 「なんかそんなカンジ」


 「それでいて……」


 「最ッッッ高に美味しい!」

 




 


 




 


 


 


 


 


 

 




 




 

 


 




 


 


 




 





 




 



 


 

 


 


 

 

 


 


 

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