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バニラアイスを、2個。  作者: エビアボカド
3/4

3話

 「では、これから新作アイス開発会議を始めます」


 「はいっ‼」


 「ふぁぁぁーい……」


 開店前の朝7時。宮先輩は大きなあくびをしている。


 『ポピー』でバイトを始めてもう2週間が経つ。


 正直言うと、お店はいつもガラガラだ。お客さんといえば大抵買い物帰りに涼みに来たオバさん一行か、プールバックを抱えた小学生くらいだ。皆、アイスではなく冷房を求めてやってくる。


 そして決まって一番安い180円のバニラだけを買う。


 問題なのは店内から「美味しい」という声が聞こえない事だ。


 「すずしー!」とだけ言ってバニラアイスを口に運び、食べてるアイスの話はせずに帰っていく。


 私にはそれがとても悲しいことに思えた。


 『ポピー』にはアイスを食べるために来て、「美味しい」と言ってもらいたいから。


 それには、どうしても解決しなければいけない問題があった。


 「店長! 私はまず、既存のアイスを作り変える必要があると思います!」


 「へ? どれを?」


 「バニラです!」


 さっきまで隣で船を漕いでいた宮先輩がぱちっと目を開いた。


 「それ、あるね」


 店長は首を傾げている。


 「今、3人で食べてみませんか?」


 私がそう言うと、宮先輩がすくっと立ち上がり、3人分のバニラを用意し始めた。


 見た目はいたって普通の、誰もが好むバニラアイス。


 でも……


 「なーんかイマイチだよねぇ」


 スプーンをふりふり揺らしながら呟く宮先輩。


 「そ、そんなことないよ? バニラって昔からこんな味じゃないか?」


 「で、でもっ、この店のライバルは『イタリアンジェラート』ですよ? 昔からの味を感じさせるだけでは絶対に勝てないんです!」


 「つまり?」


 「もっとアレンジを加えた新しいバニラを作るべきだと思います!」


 「今の古臭いバニラをクビにして、ちょ~美味しいニュータイプを作るってことだよね?」


 「大体そんな感じです」


 店長は腕を組みながら、視線を自分の膝の辺りに落としている。


 「それってそんなに簡単なコトかい?」


 「アイス屋にとってバニラはその店の看板ともいえるメニューだよ。それを無くして新しい看板商品を作るってのは大変だよ」


 「今まで大事にしていたモノを手放して新しいモノに置き換えるって」


 「口で言うほど簡単じゃない」


 店長は静かな口調で真っ直ぐに私を見つめた。


 「何か具体的なアイデアはあるの?」


 「いや……それはまだ……」


 店長はふっと息を吐くと、勢いよく椅子から立ち上がった。


 「じゃあこうしよう。毎年この時期に近所の公園を使って納涼祭が行われているのはミヤちゃんは知っているよね?」


 「あぁ、店長がプライド捨てて毎年かき氷屋で出店していますよね」


 「かき氷の方が売れるからね……だけど!」


 「今年はアイスを売る! そこで新しいバニラアイスをお披露目しよう!」


 「納涼祭を使って町の人にアイスを食べてもらって、またウチにアイスを食べに来てもらう!」


 店長は力強い声と気合の入った表情で語った。


 「それで今回は店番でミヤちゃんと花村さんに出てもらうから」


 「ぇぇぇ……めんどくさい……」


 顔をしかめる宮先輩。


 「納涼祭は2週間後。新作は今週中に3人で考案しよう」


 店長はそう言うとアイス工房に入っていった。




 それから私と宮先輩は店番をしながら納涼祭に出すアイスについて話し合った。


 「夏だからさっぱりしたアイスがいいですよね?」


 「でもこんだけ暑いとバニラアイスなんて食べなくない? 私だったらかき氷とかシャーベットが食べたいけどなぁ」


 「そうですよね……なんかこう……斬新な誰の目にも止まるような……革新的な……」


 「斬新なアイスなら店長の得意技だけどね」


 「あはは……」


 「アタシも思いつきそうにないなぁ。確かに店長の言う通りかもね。『今まで大事にしてきたモノを捨てて、新しいモノに置き換える』って、やっぱ難しい」


 私が言い出した以上、具体的な発案をしないことには始まらないし、納涼祭までは時間がない。


 私は静かに焦りとプレッシャーを感じ始めていた。




 空は徐々に曇り始め、時計は午後3時を指している。


 「お先に失礼しまーす」


 「お疲れ様。今日もありがとね」


 「おつかれー」


 制服をバッグに仕舞い、日陰の増えた道を歩く。


 朝の事もあってか、足取りはいつになく重い。口で言ったのはいいものの、私が皆に『美味しい!」と言ってもらえるようなアイデアは思いつきそうにない。


 「やっぱり無理かもな……」


 独り言を呟きながら家までの道を歩いていると、後ろから私を呼ぶ声が聞こえた。


 「すいませーーーん」


 振り返ると、私を追いかけるように待谷君が走ってきていた。


 「どしたの?」


 「傘を返しに『ポピー』に行って。花村さんにお礼を言おうと思ったらさっき帰ったって聞いて、外出たら後ろ姿が見えて……」


 膝に手を付き息を切らしながら待谷君は答えた。


 「それで、もしよかったら……」


 顔を上げて私の目を見る。


 「焼肉、食べに行きませんかっ」


 「お礼も兼ねて、僕が全部奢るんで!」


 「別にいいけど……」


 「ならすぐ行きましょう!」


 待谷君はぱっと明るい表情になり、私の前に立って歩きだした。


 「本当に全部奢ってね? 私金欠なんだから」


 「大丈夫です! 好きなだけ食べてください!」


 「お金いっぱい持っているんで!」




 待谷君に連れられて何分か歩いた後、焼肉屋に着いた。


 冷房の効いた店内に入り、おしぼりで手を拭く。


 「どんどん注文してください!」


 やけに威勢の良い待谷君に少し戸惑いながら、差し出されたメニューを受け取る。


 「じゃあ……豚トロと牛ホルモンで」


 「じゃあ僕は牛タン塩と上ハラミにしようかな」


 呼び鈴を押し、待谷君が注文をする。


 「さっき、元気なさそうに歩いてましたけど何か嫌なコトでもあったんですか?」


 「ん-嫌なことはなかったけど色々考える事が多かったからかな」


 「2週間後に近所で納涼祭があって、そこに『ポピー』が出店するの。それに出す新作アイスを考案しなきゃいけなくて」


 「へぇ~。何味かも決まってないんですか?」


 「一応『夏に食べたくなるバニラアイス』ってテーマでやろうとは思っているんだけど……」


 「なるほど。自分もお役に立てればいいですけど……」


 「でもこないだ食べたイタリアンバニラは美味しかったですよ? アレはダメなんですか?」


 「絶対ダメ」


 それから数分が経って、テーブルに続々と注文したお肉が置かれていく。


 「それじゃあまずは豚トロを……」


 網一面に豚トロを敷き詰める。


 「ちょっと待ってっ!」


 ボォォォォォ‼


 瞬く間に網から私の顔に触れようかというほどの火柱が立ち上がった。


 「わっ! わっ! どうしよう!」


 私があたふたしていると、火柱の向こうから待谷君の怒鳴り声が聴こえた。


 「なんで初っ端から豚トロ焼くんすか! フツーは牛タンからでしょ!」


 「そんなルール知らないよ! それよりこのバカみたいな火柱なんとかしてよ!」


 私が怒鳴り返すと、待谷君はテーブルの側面に付いてるツマミを操作し、弱火に調節した。


 網に置いた豚トロはコゲが付いていて見るからに失敗作という感じだった。


 「なんで急にあんなキレるの? これから楽しい焼肉って時に」


 コゲの付いた豚トロを口に運ぶ。


 「豚トロなんか初めに焼いたら網が汚れますよね? まずはタンみたいな淡白な肉から焼いて、そっから脂の乗っている肉を焼く。これは焼肉をする上で絶対に覚えとかなきゃいけないルールですよ」


 箸を私に向けながら講釈を垂れる。


 「あの彼女とは焼肉来た事あるの?」


 「……先月ここに来ましたけど?」


 「焼肉屋で置き去りにされればよかったのに」


 「はぁ⁉ どういう事っすかそれ!」


 そこからは網に緊張感が張りつめられた状態で焼肉をすることになった。


 「待谷君はこの世で1番好きな食べ物何?」   


 「タンですかね」


 「ベロ?」


 そうですよ」


 「ベロがこの世で1番好きな食べ物なんだ。へー」


 「自分だって豚の首肉焼いて食ってたくせに……」


 「レモン汁かけても、塩だれかけても、普通のタレかけても、タンはタン。個性を失わずにどれも違った味で美味しい。タンこそが最強の食べ物ですよ」


 待谷君はトングで挟んだタンをひらひらさせながら得意気に話した。




 そこからはお互いの事について話をした。


 待谷君は宮先輩の()()()に感激したようで、「あの美人で優しい店員さんに是非お礼を言いたい!」とやや興奮気味に話していた。


 「はぁ~お腹いっぱい。今日はごちそうさまでした」


 私が軽く頭を下げると、待谷君はご機嫌そうにレジへ向かい、財布を開く。


 「いえいえ! 僕も花村さんにお礼が出来てよかったです!」


 「お会計12000円になりまーす」


 待谷君は受け皿に紙ペラ1枚と、1万円札を出す。


 店員さんがその紙ペラを手に取ると、それを受け皿に戻して言った。


 「あーこれ期限切れてますんで―」


 「えっ‼」


 イヤな予感を感じ取る。


 待谷君は私の方に振り返り、消え入りそうな声で言った。


 「あの~……2千円だけ貸してもらえると……手持ちが……」


 「私先帰っていい?」


 「ちょっと待って! ちょっと!」


 私は2千円を待谷君の手にねじ込むと、足早に家へ帰った。

   




 



 


 

 


 


 





 


 


 




 



 

 

 



 






 


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