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バニラアイスを、2個。  作者: エビアボカド
1/4

1話

 ――これはね? あまくて、しょっぱくて、すっぱくて……――



 「花村紗子(はなむらさこ)です! よろしくお願いします!」


 パリパリして固いチョコ色のエプロンとキャップにミルクジェラート色のシャツ。


 いつもとは逆側から見るショーケースに飾られた色とりどりのアイス。


 アイス日和な夏の陽射し。


 ちょっぴり緊張してるけど、ワクワクが止まらなかった。

 

 駅から少し離れた場所にポツンとある、ラムネ色に塗られたアイスクリーム屋『ポピー』。

 建物は小さくて古めなカンジだけど、大学進学で引っ越してきて、私はここをバイト先に選んだ。


 理由は2つある。1つめは私がアイスクリームをどうしようもなく愛してるということ。もう1つはここでバイトしたらタダでアイスが食べれるかも、と思ったからだ。


 今日はバイト初日。今は朝の10時でお昼に休憩が1時間あるらしいから、おそらくその時にアイスが食ベれるハズ。


 何を食べようかとショーケースを眺める。古めのお店ではあるけどアイスの種類は割と多い……けど変わったアイスも何個かあった。今日は暑いしやっぱオレンジソルベ? それとも定番のチョコレート? ここは敢えてあの端っこにある納豆クリームチーズにしちゃう⁉ いやいや納豆クリームチーズって何⁉


 そんなことを考えながらショーケースを覗いてると、隣から気怠そうな声が聞こえてきた。


 「タダじゃアイスは食べれないよ」


 ハッとなって振り向くと、私より背の高い綺麗な女性がショーケースに肘を置いてルービックキューブをカチャカチャと回していた。


 「べ、別にタダで食べたいなんて思ってないですよ! 宮先輩」


 この人は(みや)たんぽぽ先輩。フェイスラインに程よくかかった横髪と後ろでキレイに纏められているポニーテールがオシャレでルービックキューブを回す姿も様になっている。


 「そうなの? てっきりそうだと思ってた。だってアイスが食べたいだけならお客さんとして来たらいいだけでしょ? ここは時給も低いし」


「ちょっと前まではね、私もタダでアイスを食べれたの。だけど1年前に駅前にイタリアンジェラート専門店が出来てからはお客さんもあんまり来なくなっちゃって。それで店長も……」


 宮先輩は店の外にあるのぼりを見つめた。


 「『変わり種アイスあります!』なんて。イタリアンジェラートに納豆クリームチーズが勝てるわけないのにね」


 共感を求めるように宮先輩は私を見つめた。


 「でもこのイタリアンバニラは美味しそうですよ⁉ イタリアンだし、【新作‼】ってポップも付いてるし」


「それバニラに粉チーズ入れただけだから。粉チーズ入れたら店長の中ではイタリアンなの。そのポップだって作るの恥ずかしかったんだから……」


 後ろを振り返ると、店長は裏の入口から『業務用マヨネーズ』と書かれた箱を大事そうに抱えて入ってきた。


 ヨレヨレのポロシャツにベージュのズボン。髪はボサボサでとてもアイスクリーム屋の店長には見えない。


 「はぁ~~~」


 宮先輩は、大きく溜め息を吐いた。




 すると、ブロロロロ……と鈍いエンジン音を立てて店の前に赤いスポーツカーが停まり、助手席から私と同い年くらいの男の人が出てきた。


 男の人は頭をポリポリ搔きながら 『ポピー』に入ってきた。そしてショーケースをザっと見回すと、ボソッと呟いた。


 「なにがいいんだろ……」


 男の人は何度か車の方を振り返り、焦った様子でショーケースを見ている。


 そうして2分くらい経つと、注文を決めた。


 「イタリアンバニラを2つください」


 一瞬、私とディッシャーを持った宮先輩の動きが止まった。


 それはマズイ。この粉チーズバニラを食べさせたら、ただでさえアイスに興味なさそうなこの人はもう『ポピー』に来なくなってしまう。


 「他のにしません?」


 「え?」


 「ンフフッ」


 横から宮先輩の笑い声が聞こえた。


 「いやなんでもないんです! カップとコーンはどちらにしますか?」


 「うーん」


 「ゴミ増えるからコーンで!」


 お客さんは粉チーズバニラを持って店を出ると、運転席に頭を下げて帰っていった。


 「あのお客さん、デートだったのかな? 運転席に女の人が乗ってた」


 「そうだったんですか? ならデートの大事なアイスがあれでよかったんですかね? 彼女さんに『センス悪ーい!』って怒られそうですけど」


 「でもデートだったら店に入って2人で選ぶ気もするし……そんなことより……」


 宮先輩は私の方を向き、肩を指でつついてニコッと微笑んだ。


 「もうあんなこと言っちゃダメだよ?」


 「すいませんっ!粉チーズバニラはヤバいと思ってつい……」


 宮先輩は微かに口角を上げて私の頭に手を置いた。レッドブラウンの艶のある髪に絹のような滑らかな肌。すっーと整った鼻筋。私の憧れが全部詰まっていてあまりに眩しかった。

「これからよろしくね。紗子ちゃん」


 「私の方こそよろしくお願いします! 宮先輩!」


 私がそう返すと、宮先輩は私の頭にのせてた左手をパッと下げて眉を上げ、ムッとした顔になった。


 「その先輩って言い方やめて。部活じゃないんだから」


 「じゃあ、たんぽぽ先輩?」


 「もっと嫌! ていうか先輩が取れてない!」


 私達がそんな話をしていると、後ろから店長がスプーンを持ってこちらへやってきた。


 「新作のアイスの試作ができたんだけど、2人のどっちか食べてみない?」


 私達はしばらく顔を見合わせた後、宮先輩が店長に質問した。


 「ちなみにどんな味ですか?」


 「ショコラアイスにマヨネーズを混ぜた、名付けて『ショコラマヨネーズ』!」


 「ああ、それなら紗子ちゃんが食べたいって言ってました」


 「せ、せんぱい!」


 私がびっくりして声を出すと、店長は嬉しそうに頷いて、手招きして裏の休憩室に入っていった。


 私は無表情でルービックキューブを弄りだした宮先輩を横目に、タダでアイスが食べれるのだと言い聞かせて『ショコラマヨネーズ』の味を想像した。


 ……めちゃくちゃマズそう。


 





 




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