表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/39

最初の選択肢



 その後自宅に戻った春菜は、授業の遅れを取り戻すべく予習に励んだ。土日もゆっくりと体を休め、明日はいよいよ学校だとわくわくとした気持ちでベッドに入る。

 だがその夜――『彼』は突然訪れた。

 最初に気付いたのは百合の香りだった。かぐわしい独特の匂いを引き連れて、彼はその部屋に音も無く侵入する。

 気配に気づいた春菜はがばっと体を起こすと、無言のまま掛布団を引き寄せた。


「おや、随分と警戒されてしまいましたね」

「あなた、誰」

「申し上げたはずです。『死神』です、と」


 死神は一定の距離を保ったままベッドに近づくと、テディベアの脇にあった黒い羽根を手に取り弄び始めた。

 室内は暗く、彼の表情は読み取れない。見えるのは、うっすらと光を弾く銀色の髪だけだ。


「やっぱりあれは、夢じゃなかったのね」

「夢でしたら良かったですね」

「……取りにきたの? 私の記憶を」


 口に出したら真実になってしまう、そう思いながらも春菜は口にした。音にすることでこれが現実だとよりはっきりとかたちどられ、室内に緊張が走る。


「話が早い。まあ我々も鬼ではありませんから、いきなりすべてをとは言いませんよ」


 こちらからすれば鬼も死神も大した変わりは無いと思ったが、春菜はそのまま押し黙った。どうやら予想していたよりも、少々複雑なものらしい。


「私の欲しい記憶。それは『思い』の記憶です」

「……思いの、記憶?」

「学問で得る知識や日常生活で得る知見ではなく、簡単に言うとそう――『誰か』に対する感情や共に過ごした時間の記憶」


 誰かに対する記憶。

 それを失うと言うことはつまり――その人に関する感情や思い出が、春菜の中から一切なくなってしまうということだ。


「誰かに対する気持ち、行動の動機が欲しいのです。幸い、あなたの心には人に対する多くの記憶がある。その中の一部を私に差し出してください」


 次第に目が暗闇に慣れてくる。

 死神と名乗る男は、月光を溶かし込んだような白い肌をしており、その目は綺麗な青色をしていた。宝石サファイアのようなそれを睨みつけながら、春菜は怯えを見せぬよう虚勢を張る。


「一部って……誰との記憶のことを言っているの」

「これは話が早い。しかしもう少し続きを聞いていただきたいですねえ……。先程も申し上げましたが、私も鬼ではない。大切な契約者様の『一番大切な人』くらいは残してさし上げようと思いまして」

「……一番大切な人……?」


 ええ、と答えながら死神は一つ、また一つと足を進めると、いつぞやと同じように彼女のすぐ傍らに腰掛けた。古いスプリングが軋み、春菜はびくりと身を固める。

 間近で見る死神の顔は非常に端正で、彼がそうした『人外』であると確かめるには十分すぎる風貌だった。

 死神によっては美しい姿で人を欺く者もいるという。

 これがその魔性の姿なのかと春菜は息を吞んだ。


「そうです。貴方にとって、大切ではない、忘れても構わない記憶から選ぶんです。それを私は奪い糧とする。貴方は『私に記憶を奪われている』ことは覚えていても、それが『誰のこと』であったかまでは思い出せない」

「……そうやって、いったい何人の記憶を奪うつもりなの」

「さあ……? 命の代償に足りうるまで、ですかね」


 どうします? と死神は微笑む。

 だがどうするも何も、答えはニつしかない。


 記憶を無くすか、再び「死」を選ぶか。

 春菜はわずかに逡巡したが、やがて小さな声で取引を受け入れた。


「では早速、最初の記憶を選びましょうか。対象は――この二人。貴方を導き、護る優秀なただ一人の騎士『春川直人』。そしてもう一人は……幼い思い出と軽口で惑わす魔術師『谷崎久志』。このどちらかの記憶をいただきたい」

「直兄か、先生の記憶……」


 死神から示された提案に、春菜は眉を寄せた。

 いつだって優しく、春菜を実の妹のようにかわいがってくれる直人。からかわれてばかりだけど、仕事をしている姿がたまらなく好きな谷崎。

 どちらも小さい時から春菜と共におり、もはや家族のようにすら思える二人だ。

 そんな二人のどちらかを、忘れる。


「さて……どちらを残したいですか?」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
よければこちらの作品もお願いします!

死の間際「来世で結婚してくれますか」と誓った部下が、現世では年上の騎士団長様になっていて、本当に結婚を迫られている件【完結済】

前世で結婚を誓った部下が、現世では年上で美貌の騎士団長様に。それなのに結婚の約束はしっかり覚えられていて……⁉
前世から始まる婚約攻防(?)ラブコメディ!


― 新着の感想 ―
[良い点] 新たな試み、期待してます! [一言] 春川直人さんに一票!
[良い点] シロヒ作品全ての完結力の高さと主人公のひたむきさ! [気になる点] 裏ルートで死神さんエンドあり得そう⋯⋯。 ぼっちルートとかももしかして? [一言] 谷崎久志さんに1票を投じます! 私も…
[一言] 春川くんで!忘れられると病んでしまいそう…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ