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紅野の名を呼ぶ 6票

何も言わない 2票


貴方は「紅野」の名を呼んだ。



----------------------



「まもる……ちゃん?」


 口に出すと、思った以上にすんなりと舌に馴染んだ。

 間違いない。以前――前世の春菜は、この名前を何度も呼んでいた。可能性は確信に変わる。そうだ。

 私はこの名前を。この人を知っている。

 一方で、死神は驚きに目を見張っていた。


「どうして、その名を」

「思い出したの。ずっと、ずっと昔の記憶。髪の色も変わっていて、大人びていたから気づかなかったけど……あなたは『紅野真守』だった」


 夏の暑い日、指先に受けた約束。

 冬の寒い日、赤と白のリバーシ。

 契約を結んだ日から、見始めるようになった夢。やはりあれは、春菜の前世の記憶だったのだ。一度理解してしまうと、次から次へと前世の思い出が甦り、春菜は嬉しそうに微笑む。


「貴方はずっと覚えていてくれたのに、ごめんね。でもやっと会えた――」


 すると春菜の言葉を待たずして、死神はばさりと窓際に降り立った。春菜が驚きに身を引くのと同時に、腕を伸ばしてぎゅうと抱きしめてくる。


「思い、出したんですか」

「く、苦しいよ」


 突然の行動に春菜は真っ赤になるが、死神はいっこうに力を緩めようとしない。それどこかどこか嬉しそうに、海色の目を細めて笑った。


「ずっと貴方に会いたかった。僕を置いて先に逝った貴方に、どうしても追いつきたかった。守りたかった。……貴方が、好きだったから」


 前世の彼は、あまりに無力だった。

 家柄や知識はあっても、齢と血筋という絶対の制限が彼を束縛していた。


「僕ではだめだった。紅野では、貴方の傍にいられなかった。……でも今ようやく、貴方の傍にいられる。抱きしめることが出来る――」

「本当に、ごめんね……ずっと、覚えていてくれたのに」

「いいんです。今度こそ……貴方を助けることが、出来たのですから……」


 そう呟いた死神は、春菜の肩に頭を押しつけたまま、離れようとはしなかった。

 傍目に見れば春菜の方が年下だが、過去の記憶が作用しているのか、つい立場が逆転したかのような錯覚さえ起こる。

 やがて死神は、顔を伏せたままゆっくりと身体を離した。


「……すみません。取り乱しました。では、最後の契約と参りましょうか」

「最後?」

「はい。これで契約は完了です」

「そ、そうしたら、まもるちゃんは?」

「特に何も変わりません。まあ時々は様子を見に来ますよ」


 すると死神は少し幼い笑みを浮かべたかと思うと、優しく春菜の唇に自身のそれを重ねあわせた。今までに受けた強引なものではなく、触れるか触れないかという軽い口付けに、春菜は逆に羞恥を募らせる。

 その様子を見ていた死神は再び嬉しそうに微笑んだ。


「一つだけ、お願いしてもいいですか」

「なに?」

「今度は僕を子ども扱いせずに、男として見てくれますか?」

「へ⁉ そ、そそ、それと思い出したのとは、ちょっと……」

「ちょっと?」

「……ちょっと、……時間を、下さい」


 耳の端まで赤くなっている春菜を前にして、死神はふは、と笑った。やがて春菜の額に手を伸ばしたかと思うと、その大きな手の平で春菜の視界を覆う。


「あと、もう一つだけ。どうか……真守、と呼んで下さい」


 指の間から覗き見える死神は笑っているような、泣き出しそうな顔をしていた。春菜は少しだけ逡巡したものの、たどたどしくその名を口にする。


「……真守」


 それを聞いた死神は、満足したかのように口角を上げると、指先に軽く力を込めてきた。すぐに春菜の全身から力が抜け、ぐたりと眠りにつく。

 死神はその体を抱き上げると、優しくベッドに横たえた。








 数刻後――窓辺から、見慣れない青年が顔を覗かせる。青みがかった黒髪で、死神と同じような黒い服を着ていた。


「終わったか?」

「ええ」


 穏やかに寝息を立てる春菜を見つめたまま、死神はそれだけ答えた。


「送還法第二十三条、各構成員は当組織所属前の名称・所属他一切を周知してはならない――彼女はお前の名前を知っていた。これは明らかな契約違反だ」

「……」

「そして送還法第三十条、当組織所属前の時点で、配偶者及び三親等内に在していた者への関与を一切禁止する。……契約者の前籍は『紅野真守』の叔母にあたり、三親等に該当。……まあ要するに『自分の身内と知りながら、えこひいきするのはナシ』ってやつだ。違反は以上二点。相違ないか?」

「はい。でも良かった、監督官が貴方で」

「一応は教育係だったからな。まったく面倒なことしやがって……」


 愚痴る青年を見て、死神は静かに瞑目した。

 ――紅野がこの仕事を始めた時、彼がすべてのやり方を教えてくれた。口は悪いが、この絶望と悲しみしか生み出さない仕事の中で、どこか人情味に溢れる人だ。


「せめてこのお嬢さんが、お前のことを思い出していなけりゃ、上にもごまかしは効いただろうがな」

「それは……私も驚きました。まさか前世の記憶が甦っていたなんて」


 春菜と初めて再会した時、彼女は紅野のことをまったく覚えていなかった。

 それもそのはず、前世の記憶というものは生まれ変わりの際にすべて整理され、魂の奥深くに収納されるものだ。時折、処置の甘さから出てしまう例もあるそうだが、春菜にはそうしたミスは見られない。

 ではどうして、前世の記憶を思い出したのか。


(この契約が原因……でしょうね)


 春菜は今の肉体を維持するため、現世の自分が培った思い出を差し出した。結果としてそこに余白が生まれ……封じられていたはずの記憶が漏れ出した、という可能性は考えられる。

 だが今までそうしたケースはなく、あくまでも仮説の域は出ない。

 逡巡する死神に向けて、先輩の青年ははあと溜息をついた。


「まあオレには関係ないことだ。とりあえずお前は連れて行く。さっさとあのお嬢さんとの契約を解除しろ」

「……しません」

「はあ?」

「解除はしません。契約の変更を行います」

「たしかに今ここで解除すれば、あのお嬢ちゃんは死ぬ。だがあの子の肉体を維持するために必要な要素は足りていない。……まさか、まだ記憶を奪うつもりか?」

「彼女からもらう必要はありません。……記憶なら、ここに嫌と言うほどありますから」



 

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