表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/39

死神は電気羊の夢を見るか




 帰宅した春菜は、制服が皺になるのもかまわずベッドに倒れ込んだ。津田の試合、知らない後輩……色々なことがありすぎて頭の中が揺らいでいる。

 ぼんやりと視線を動かすと、赤い跡の残る手首が見えた。


(………言わなければ、伝わらない)


 剣道部で戦う津田の姿は、本当に勇ましく誇らしかった。でも彼は三年で、もうじき引退してしまう。そうなれば、試合を追いかけることも学校で会うことも、出来なくなってしまうのだ。


(私は……どうしたい?)


 出来ることなら、津田が卒業した後も彼の隣にいたい。だがそれは普通の先輩後輩では難しい――と春菜は深くため息をついた。

 隣を歩いていても、手を握ることすら出来ない関係性。春菜は持ち上げた手を何度か握ったり開いたりする。そこでふと、強く掴まれた腕の痛みを思い出した。


(文芸部の後輩……森山君、だったっけ……)


 強い力。でも不思議と嫌な感じはしなかった。綺麗な髪と目をした、後輩を名乗る男子生徒。

 彼はどうして、あんなに怒っていたのだろうか。


(何かを書いたって、待ってたって言っていた……。私……なにか大切な約束を忘れていたのかもしれない……)


 彼の見せた表情には、既視感があった――彼が見せたのは、昨日も覚えにあるあの表情だったからだ。




「春菜。お前、何があったんだ?」

――癖のある黒髪に少しだけ香る煙草の匂い。



(私、忘れている……いったい、誰だったの?)


 言いようのない不安に襲われ、春菜は授業の内容や両親の名前、祖父母の名前などを一つ一つ思い返してみる。

 だがそれらはしっかりと春菜の記憶の中に残っており、抜け落ちた思い出などないように思える。


「私は、誰を忘れているの……?」


 気持ちを落ち着かせようと、春菜は静かに目を瞑った。赤金色の空の向こうで、カラスが伸びやかに鳴いている。

 気の抜けるようなそれはゆっくりと遠ざかり、春菜の意識もまた闇の中に落ちていった。




「――ちゃん、待ってよー」

「待たない。――がそんな動きにくい格好してるから悪いんだ」


 いつもより視線の位置が高い。ふと空を見上げると初夏の強い日差しと、青草の匂いが鼻をくすぐった。改めて前を向くと、艶やかな金の髪を揺らしながら、小さな男の子が走っている。


(……これは、夢?)


「あんまり走ると危ないよ。おかーさんに言いつけちゃうよ」


 春菜の意思が介在しないところで、女性は勝手に言葉を発する。

 夢の中の自分はどうやら二十過ぎほどの女性になっているらしく、髪は春菜よりもずっと長かった。声の感じも違って何だか不思議な感じだ。


「いいよ。……どうせ母さんは、カズの方が可愛いんだ」


 前を走っていた男の子が振り返り、泣き出しそうな表情でこちらを見ていた。その目は濃い海の色をしていて、どこか不安そうにゆらゆらと潤んでいる。


「そんなことないよ。今は病院にいるけど、もうすぐ帰ってくるよ。おねーさんを信じなさい」

「……ほんとに?」

「嘘だったら、――ちゃんの欲しいもの、買ってあげる」


 女性は歩み寄ると、その子の頭に手を乗せた。しばらくされるがままになっていた男の子は、やがて口角を上げて笑う。


「じゃあ、約束」


 すると男の子は乗せられていた女性の手を取ると、その指先に素早く口付けた。


(……ええ!)


 春菜と夢の中の女性が同調したかのように、慌てて手を引く。

 その反応を前に、男の子はけらけらと明るく笑った。


「まもるちゃん、今、何を…!」

「約束の儀式。父さんが母さんと約束する時は、いつもしてるよ。本当は手じゃなくて――」

「はいはい! 遊ぼうねえー」


 笑顔でその先を聞き流す女性を、男の子は不満げに見つめていた。だがすぐに彼女の後を追うように走り始める。

 再び強い草の匂いがした。



(……夢)


 春菜が目を覚ますと、辺りには見慣れた自分の部屋が広がっていた。

 どうやら制服のまま寝入ってしまったらしく、室内は真っ暗になっている。おそらく夕食に起こしに来た母親からもスルーされたようだ、と春菜はゆっくりと体を起こした。

 だが窓辺に目を向けた瞬間、ひぐと驚きの言葉を呑み込む。


(……寝てる?)


 月の光が差し込む出窓に、死神が座っていた。

 しかもいつもの不敵な笑いは無く、あろうことか顔を伏せ、目を瞑っている状態だ。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
よければこちらの作品もお願いします!

死の間際「来世で結婚してくれますか」と誓った部下が、現世では年上の騎士団長様になっていて、本当に結婚を迫られている件【完結済】

前世で結婚を誓った部下が、現世では年上で美貌の騎士団長様に。それなのに結婚の約束はしっかり覚えられていて……⁉
前世から始まる婚約攻防(?)ラブコメディ!


― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ