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分かりにくい優しさ



 そして待ちに待った放課後。

 第二体育館へ足を運ぶと、普段の部活とは違う熱気に包まれていた。二階の観覧席から対戦相手である瀧田西の陣営と、続けて津田のいる剣道部の様子を見る。

 主将である津田は部員たちに短く指示を出しており、やがて審判から先鋒の名が呼ばれたのを契機に、体育館の中がしばしの静寂に包まれた。


 向かい合い、礼。


『始め!』と短く叫ばれた審判の声を皮切りに、静かな息遣いと一瞬詰め寄る緊張感が場内に走る。

 わずかな時が流れ、しなやかな打撃音と共に主審と副審が一斉に旗を振り上げた。とりあえず一勝を得たようだ。

 小気味よい技の応酬を経て、いつしか試合は二対二。残すは津田の出る大将戦を残すまでとなっていた。戦いに敗れ、申し訳なさそうに戻ってきた副将に、津田が声をかける様子を春菜ははらはらと見つめる。


(大将戦……有効の本数は向こうの方が多いから、引き分けには出来ない……)


 そんな息も潜めるような緊張感の中、津田がふと、こちらを見て笑った気がした。気のせいだろうか、と思いつつも春菜はあたふたと狼狽する。


(声も出していないし、どこにいるかなんて分からないよね……?)


 審判が名前を読み上げ、各々の大将は相互の礼の後、竹刀をその手に握りしめる。一つ、二つと歩を進め竹刀を構えるとしゃがみ込み、蹲踞の姿勢をとった。


「始め!」


 主審の鋭い声に反応するように、二人の大将はすばやく立ち上がった。刀の切っ先を合わせ、間合いを計るように動く。

 極度の緊張感の中、敵将が津田の喉元めがけて素早く突いた。すんでのところでかわしたが姿勢を崩し、続けざまの右胴への叩き付けに「一本!」の声が挙がる。

 開始直後の突きに、こちらの陣営からわずかに異議の声が挙がる。


 開始線に戻り、再び対峙するが、津田は相手の挑発に乗るつもりは無いらしく、冷静に向き合った。

 中段の構えから号令の入った一瞬、津田は一気に間合いを詰めその正面に竹刀を振り下ろす。


(やった、入った!)


 敵の大将はあまりの速度に驚き、対処も出来ないままに一本を奪われた。勝負は最後の一本に持ち越され、これまでにないほど張り詰めた空気が会場内を覆い尽くす。

 静かに戦いは始まり、小手や面に繰出される打ち込みを、津田は竹刀の左方で支えた。鍔迫り合いになり、離れる一瞬を見越して敵将の小手に打ち込む。


「有効!」


 決定打ではないが、プレッシャーを与える判定だ。春菜は祈るような気持ちで両手を握り締める。再び試合が開始され、相手は再び津田の喉元を狙って突いてくる。

 しかし津田はその突きに左鎬で応じ、敵将が体勢を戻そうとした一瞬、右足を強く踏み込んで手首を返した。相手の竹刀を巻き落とし、正した構えのままその喉元を突く。


「一本!」


 あまりに鮮やかな手際に、会場はしばらく水を打ったように静まり返っていた。だが時間が経つにつれ、徐々に勝利の実感が溢れてくる。これで二対一、つまり――


(……勝った……津田先輩が勝ったんだ!)


 全員並んで綺麗な礼をした後、自分の陣へ戻った津田は同級生や後輩にとり囲まれていた。春菜も先程までの興奮を落ち着かせながら、嬉しそうにその光景を眺める。

 面を取り、穏やかに微笑む津田の姿は、どこか遠いもののように思えた。





 体育館を出ると、空は随分と暗くなっていた。

 山際には星がまたたき、やがて来る夜の訪れを予感させる。試合終了後、そのまま帰るのは何だか失礼な気がして、春菜は玄関口でうろうろしていた。


(うーん……でも私ストーカーみたいじゃない……?)


 やっぱり帰ろうと自分の靴箱から靴を出し、しばらく悩んだ後に「もう少しだけ待ってみよう」とそろそろ戻す。もう何度目になるやりとりだ。

 せっかく試合に勝ったのだから、おめでとうございますくらいは伝えたい。しかし剣道部のマネージャーでもないのにこうして待ちつづけるのは、とても不自然に思われないだろうか。

 いよいよ恥ずかしくなってきた春菜は再度靴に手を伸ばす。

 すると背後から、短く呼び止められた。


「四宮」

「うわ! はい、すみません! すぐ帰ります……って」


 取り乱した春菜に向けて、短い笑い声が漏れる。振り返ると、ジャージ姿の津田が立っていた。試合中の鬼気迫るような迫力はなく、いつもの寡黙な先輩に戻っている。


「お前、いつも慌てているな」

「そ、そうでしょうか……ではなくて先輩! 試合お疲れ様でした」

「ああ」


 無表情がわずかに崩れ、嬉しそうに目が細められる。その表情に胸をときめかせる春菜をよそに、津田は淡々と靴を履き変えた後、春菜の方を振り返った。


「まだ帰らないのか?」

「か、帰ります!」


 津田を追いかけるように、春菜も慌てて靴を履き替える。玄関口を出ると、肌寒い晩秋の風が二人の髪を揺らした。

 相変わらず大した会話もないまま、しばらく無言で歩く。春菜がちらと隣を見上げるとふと視線が合いそうになり慌てて視線を足元に下ろした。

 そこで春菜は一つ、妙なことに気付く。


(もしかして……先輩、いつも合わせてくれていた?)


 春菜の歩くペースに対して、津田の歩きが随分と遅いのだ。考えてみれば春菜と津田の身長にはかなり差があり、歩くペースも津田の方がずっと早いはず。だが昨日の帰り道といい、いつも急いで歩調を合わせた記憶はない。

 分かりにくい津田の優しさに、春菜が感激していると、ぽつりと声が落ちて来た。


「今日は、ありがとう」

「え?」

「試合」


 ああ、と春菜はすぐに顔をほころばせる。


「お礼を言うのは私のほうです。試合、凄かったですし……その、か、格好よかったです!」


 精一杯の勇気を振り絞った春菜の言葉に、津田から返事はなかった。その代わりに何かを思い出すような、短い呟きが続く。


 

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