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わすれられたひと



 すらりとした身長に黒のジャージ。津田先輩だ。


「今帰りか」

「あ、つ、津田先輩! ど、どうかされましたか⁉」

「ああ、いや、その」


 そこで一旦津田の言葉が途切れ、沈黙があたりを包んだ。吹奏楽部のトランペットの音が遠くで聞こえ、もしやこの空気が永遠に続くのかという錯覚に陥りかけた時、ようやく言葉の続きが引き出される。


「……途中まで一緒に帰らないか」

「は、……はい!」


 予約していた診察のため、家ではなく病院までの道を歩いていく。隣を歩く津田を、春菜はこっそりと見上げた。

 黒く短い髪、肩から下がった竹刀と胴着。その目はまっすぐに前を見据えており、その横顔に思わず見惚れてしまう。

 そういえば、明日は剣道部の試合だったはずだ。


(ど、どうして急に誘ってくれたんだろう?)


 すると、このまま病院に着くかという手前になってようやく津田が口を開いた。低く、重みのある彼の人格をそのまま音にしたような声で、何故か謝られる。


「……すまん」

「へ⁉ な、何がですか⁉」

「突然で驚いただろう。帰りを、……誘うなんて」

「そ、それは、確かにびっくりしましたけど……」

「退院したばかりで、何かあってはいけないと……つい出過ぎた真似をしてしまった」


 その言葉に春菜は何度も瞬いた。


(私が心配で、それで、玄関で待っていてくれた?)


 喜びで一気に満たされていく感情が抑えきれず、春菜はすぐに破顔する。


「あ、ありがとうございます! 嬉しいです!」

「嬉しい?」

「はい!」

「……よかった」


 やや食い気味に答える春菜を前に、津田はわずかに口角を上げた。安堵したような、でもどこか切なくなる笑み。

 津田のこの笑い方が、春菜はとても好きだった。


「こちらこそすみません。わざわざ病院まで遠回りしてもらって……。先輩、道を戻らないといけないですよね」

「別に大した距離じゃない」

「明日の夕方でしたよね、練習試合。絶対に応援行きますね!」

「無理はするなよ」


 先ほどまでの重苦しい沈黙が嘘のように、穏やかな会話が続く。

 だがすぐに病院の外観が見え始めてしまい、あと五キロほど向こうに今すぐ移転してくれないだろうか、という願望を春菜は思い浮かべていた。

 もちろんそんな無茶な願いは叶うはずもなく――あっという間にガラス張りの正面玄関へたどり着く。


「ありがとうございました。じゃあ先輩、また明日――」


 寂しさを気取られないよう、春菜は明るく頭を下げる。

 その直後、津田の口から思わずといった風に言葉が漏れた。


「顔が、見たかった」

「へ?」

「心配だったのは本当だ。それ以上に……お前の顔が見たくなった。だから――」


 普段と違う津田の様子に、顔を上げた春菜もつられて赤面する。いつまで続くのかと疑いたくなるような沈黙が流れた後、津田はそれ以上の言葉を飲み込んだ。


「……じゃあ、また」

「は、はい! し、試合、頑張ってください!」

「ああ」


 短くそれだけ答えると、津田は春菜に背を向け来た道を戻っていった。その背中を見送りながら、春菜の心臓はどくんどくんと高鳴っていく。

 一体津田は、何を言おうとしたのだろう。


(うう、なんでこんなに緊張してるの……ちょっと落ち着いて私!)


 必死になって動揺を抑えた後、春菜は病院の受付を済ませた。診察室に向かっていたところで、突然前からきた青年に声をかけられる。


「よう春菜。なんだ、来たんなら一番に俺に会いに来いよな」


 どうやらこの病院の医師なのだろう。

 白衣を着た堂々とした態度の青年だ。黒いフレームの眼鏡に癖のついた黒髪。黒い目にはうっすらと緑色の光が差し込んでいる。


「ん? どうした、ぼけっとして」

「ええっと……ああ、新しい先生ですね! はじめまして」


 春菜のその言葉に、青年はすぐに眉をひそめた。いぶかしむような顔つきで、再び春菜に問いかける。


「……春菜、だよな?」

「そうですけど……あの、なんで私の名前をご存知で……」

「いや、そりゃ知ってるだろ。だって」

「し、失礼します!」


 妙に親し気な態度が怖くなった春菜は、彼の脇をすりぬけると、そのまますばやく足を進めた。追いかけられたらどうしよう、とおそるおそる後ろを確認したが、どうやら追跡されてはいないようだ。



 

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